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第14話

「綾、あれはアンタだけのせいじゃない。あたし達ふたりのせいだったでしょ」

「ううん、違う。私が間違って若頭を撃ったせい。あれは、私の、せいなの」


 綾は自分を責め、良子はバツの悪い顔になり、一は呆然とする。だが、綾は焼き鳥を頬張り、さらにそれをオレンジジュースで流し込んで「でも」と話を続けた。


「私はあの時ずっと自分を責め続けた。今でもこんなに未練がましく話してる。でも、私はあの時決めたんだ」

「決めた……?何を?」

「私はそこで止まらないって決めたんだ。生きて、邪魔な奴は殺して生き抜いて、良ちゃんと隣に立って歩く殺し屋になるって。後悔と一緒に前に進むって決めたの。あなたは?フェイスレス。あなたは止まるの?進むの?どっちにするの?」


綾は酔っ払いながらも今の一に核心を突く言葉を投げかけた。


一はどう答えるかを決めかねていた。2年間ずっと引きずってきた悔恨の想い。

 その想いをどう扱うか、それを即断で決めるのは簡単なことではなかった。


 だが綾の真っ直ぐな言葉と熱い想いに押され、一は何か胸の中で熱を感じた。

 今まで燻っていたモノに火の粉が飛び、再び燃え上がるような何かを胸の中で感じていた。


「俺だってよ……俺だってよ……!」


 一が顔を上げ、「俺はァ!」と声を荒げて何かを言おうとした時、一の肩に何かがぶつか

った綾の頭が一の肩に乗った。

 寝息を立てて気持ちよさそうに寝ている。


「えっ、まさか寝たのか。言うだけ言って?俺の話も聞かずに?」

「あーあー、綾ちゃん。溜めてたストレス出しきって寝ちゃったねぇ。夜はまだこれから

だってのに。フェイスレス、ちょっとそこ代わってもらえる?」


 良子はそう言って一が座っていた席と彼女が座っていた席を交換し、良子は眠っている綾の隣に座って、彼女の顎を人差し指と親指の腹で掴むと、綾の唇に自分の唇を重ねた。


「えっ!?お前何してんの!?」

 一は良子のあまりの予想外な行動に驚いて声を上げた。

「…!?ふぇ?……えっ!?ちょ、良ちゃん!?」


 一の声で目が覚めたのか、はたまた良子のキスで目が覚めたのか、眠っていた綾は目を大きく瞬かせ、顔を一気に紅潮させた。


 綾は良子の接吻を中断させるべく、両腕に力を入れ彼女を突き飛ばそうとするが、良子は両手で綾を力強く抱擁し、遂には口内に舌を這わせた。


 良子は綾の歯や葉の裏側、歯茎までも蛇のように舌を這い廻らせ、綾の思考を白濁色へと染めていく。


「!?…やら……した、いれないれ……」


 良子に口内を優しく蹂躙するような濃いディープキスをされた綾は、次第に抵抗する意思を無くし、良子の後ろの肩に手を回して良子のキスを受け入れ始めていた。


「油断してっとー、その可愛いお口あたしがまた食べちゃうからね」


貪るように口内をなめまわした後、銀色の涎の糸の橋が造られた。

 綾は壁にもたれかけて顔を赤く火照らせたまま、肩で息をして呆然としていた。


「殺しのスキルが相性抜群だと聞いていたが、まさかそっちの方も相性抜群だったとはな」

「んん?こういうのは苦手かな?」

「いやぁとんでもない。イイ物見させてもらいました」


 一はビールを少量飲みながらつくね棒をムシリとつくね棒を食らいながら言った。良子は未だ呆けている綾の顔を自分の肩に乗せて改まったような顔で一を見据えた。


「なんのためにこの仕事を続けてるか、考えた事はある?」


 良子の真面目くさった質問に、一は「さぁな」と誤魔化すように目線をずらして答えた。


「あたしはさ、中卒でこの子より年上だし、得意な事がこんな事しかないけど、綾と一緒にいると楽しいから続けてるんだよね。この子とやる仕事が楽しいから。逆にこの子がいないと、全部が全部積まんなく感じちゃうんだ。あたしと綾が仕事に失敗したあの時はさ、本ッ当に生き死にが懸かっててさぁ毎日が大変だったけど、今はその日々が宝物になってるんだ。アンタはどう?フェイスレス。アンタは何のためにこの世界にいるの?」


良子の問いに、一は綾に問われた時と同じような感情を抱いていた。

 俺は何がしたいんだ?何を目標に生きているんだ?一は自分の胸の内で自問自答する。


 だが答えは出てこない。


「…最近、自分でも何がしたいか分からない。前に進めないんだ。あの時の、あの時の失敗から俺はずっと止まったままだ。妹には良い恰好してるが、こんな体たらくじゃ見透かされるのも時間の問題だろうな」

「そんなにずっと悩んでるなら、殺せばいいんじゃない?」

「誰をだ」

「ホワイトノイズ」


 良子がその名前を出した瞬間、一はドクン、と心臓の鼓動が一瞬大きく聞こえるのを感じた。


 今まで自分の記憶の奥底に封じ込めようとしてきた、忘れようと努めてきたあの名前、自分をここまで堕落せしめたあの男の名前。


「…何言ってる。連合組合の掟を忘れたわけじゃないだろ。私怨での殺しは厳罰対象だ。しかも同業者同士のいざこざなら尚更だ。最悪こっちが連合に殺される」

「それは依頼を受けてない状況での話。でももし誰かがホワイトノイズに殺しの依頼をしたら?しかも懸賞金をどっさりと。もし狩る側が狩られる側になったら、アンタはどうする?」

「ふん…ソイツはもしもの話だ。ダイアモンドクラスの殺し屋は人を殺してきた数も恨みの数も下の奴等と比べると段違い。幾度となくターゲットにされたこともあるだろう。だが過去の一度も、ダイアモンドクラスの人間が殺されたことはない。何故か分かるか?」

「誰もその依頼を受けないからでしょ。あたしだって受けたくないね」


 殺すということを生業としている者達は逆に自らが殺される可能性があると言う事を忘れてはならない。


 歴戦最強の猛者である伝説の殺し屋を相手にしてまで手に入れる報酬は自分の命に見合うかどうか、命を奪う仕事をしてきた人間なら命がどれだけ大切か分かっている。


 だから誰もダイアモンドクラスの人間を殺そうなどとは露程も思わない。


 あるとすれば命知らずのネジが外れた者だけである。一は今の所そのような人種ではなかった。彼には守るべき場所と人がいる。


「本当なら殺してやりたい。だが自分の命を懸けてまで殺すことが出来ない事情があるんだよ」

「誰か家族でもいるの?」

「妹が一人な」

「あぁ~。妹一人残して死ぬわけにもいかないもんな~」


 良子は一が殺される前提で話していることに若干苛立ちを感じたが、実際成功する可能性はほとんどゼロに近いため、反論の余地もなかった。


「アンタの妹ってさ、そんなに大事?」


 良子の質問に対し一は「何を馬鹿な事を」と言って目を細める。


「俺が派手に失敗しても未だに仕事をやめてないのは、妹の学費のためだ。俺の妹は頭がとんでもなく良い。将来アイツは海外の超頭の良い大学に入る。その日のためにも、俺は金をためておきたい。アイツが向こうで暮らしてても何ら困らないくらいの金をな」

「ふ~ん、あのフェイスレスがそこまで妹想いだとはね。めっちゃ意外だよ」

「一だ」


 物珍しそうに言う良子に、一は自分の名前を明かした。


「一でいい。一緒に仕事をして飲み会もした。名前くらいは教えてやってもいい」


 一がそう言った途端、良子はぽかんとした表情で口を開けて、一を数秒凝視した後、口元を大きく三日月状に歪めてニヤニヤと笑い出した。


「フェイスレスがデレた~!」


 良子は面白おかしくからかった後綾を起こし、肩を揺らしながら一に人差し指を向けて大笑いした。


 綾は未だ呆けているが、話を聞いていたのか「ぷふ」といった明らかに彼を小馬鹿にするような笑い方で笑いながら一を見た。


「ああクソ、言わなきゃよかったぜ」

「そんなこと言うなよ。せっかく仲良くなれたんだから今夜はめいっぱい楽しもうぜ~」


 良子は酒が回って一に近づいて彼の腕に自分の腕を絡めてきた。

 酔っているから面倒な絡み方をしているのだろうが、面倒くさい事には変わりはない、と一は鬱陶しく思っていた。


「良ちゃん!私以外にそんなエロい絡み方しないでよ!」

「おら!もっと嫉妬しろ!」


 良子はわざと一に過度に接触して彼をだしにして綾を煽っていた。


 そんな二人に挟まれて碌に酒も飲めず食事もできない状態の一はイラつきが頭の先にまで達し、二人を強引に引き剥がした。


「俺をおもちゃにするな!」


 一の叫びが狭い個室の中で響いたが、だれも彼の助けに入る者は来なかった。


 三人の男女の小さな宴は深夜まで続き、お互いもうアルコールを摂取できないほどに飲み尽くし、意識が飛びそうになったところで宴会はお開きとなった。


「じゃ~ね~一ェ~。困ったことがあればいつでも言いなよ。良心的な価格で嫌いな奴ぶっ殺してやるからね~」


 良子はそう言って綾に肩を担がれて一と反対方向へと歩いて行った。


「あれェ~綾~?この道ってラブホ街じゃない~?」


「そんなことないよ良ちゃん。ほら行くよ」


 良子の問いに綾は否定してズカズカと歩いて進む。その姿はなんとも堂々としていた。


「……ありゃ朝までコース確定だな」


 一は鼻で笑いながらそれを見送ると、自分も家路へと帰るべく、歩き出した。


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