第13話
「いや、どうするって……そんなの決まってるだろ」
「まぁ殺すでしょ」
「や、やめてくれ!助けてくれ!頼む!私に出来る事なら何でもする!」
会長が命乞いをすると、三人はそれぞれ違う反応を示した。
一はため息を吐いて「はいはい」と怠そうに受け流し、良子は「出た!いつもの!」と言って腹を抱えて笑い、綾は特に何の反応も示さず会長の言葉を無視した。
「お前らは金で雇われたんだろう!?いくらだ!?1億か!?2億か!?」
「そんな高くねぇよ馬鹿。2000万だ。お前の命の価値はそこまでの額じゃねぇんだよ」
一が鼻で笑いながら言うと会長は怒りと絶望と羞恥心がごちゃ混ぜになったような複雑な表情になった。
「わ、私ならそれくらいの額すぐに払える!1億でも2億でも払ってやる!だから助けてくれ!」
会長は必死に捲し立てて喋る。その言葉に二人の姉妹達は一瞬黙り込んだ。
「オイオイマジで悩んでるのか?連合組合に知られたらペナルティを喰らうぞ。だからやめとけ」
「でも3億だよ?このおっさんの命一つ見逃しただけで3億貰えるなら良くない?それにバレないように色々すればいいだけだし、それに二度目のチャンスは与えてあげなきゃじゃん?」
「ふ、増えてるぞ!?私は1億か2億と言ったんだ!」
「あ、今口答えした。はい4億ね」
「そんな!?」
「良子、まさか今までぶっ殺してきた奴らにもそうやってお慈悲は与えてやってたのか?」
「なわけないでしょ」
良子は「当たり前じゃん」と当然だとばかりにシレッと言ってのける。一は良子の言葉に怪訝な目で睨みながら黙り込んだ。
「そうだ、綾にも聞いてみよっと。綾はどう思う?」
「良ちゃんが良いと思うなら私はそれでいいと思うよ」
「お前はもう少し自分の意見を持てよ」
一は綾の他人任せ気味な言葉に違和感を抱き、綾にそう言ったが綾の心には特に響かなかった。
「そ、それで、どうなんだ?助けてくれるのか?」
完全に蚊帳の外にいた会長が割り込んで話かける。
一は自身の後頭部を右の指の腹で書きながら数秒考え事をし、そして良いことを思いついたのか「あぁ」とだけ言って会長に顔を向けた。
「そうだな。セカンドチャンスってのは誰にでも与えられるべきだよな」
一はそう言って頷きながらしみじみと感傷に浸るように言った。
「俺もさ、殺し屋家業最大の出世の仕事を不意にしてな、もう俺に明るい未来の話はやってこない。もし俺にもう一度だけ機会を与えられたら、なんていつも思うよ」
「そ、それじゃあ……!」
「ああそうだ。お前は会社で脱税したり部下を脅したり競合他社の社長に女送り込んで色仕掛けで破滅させるカスだが…やるよ、チャンス」
一がそう言うと会長は涙を流しながら一の足元に縋りついた。一は張り付いたような笑顔で会長を見下ろす。
「ありがとう!ありがとう!この恩は一生忘れない!必ず返すよ!」
会長は一に何度も感謝の言葉を述べながら立ち上がった。
「それじゃあ、私はもう行くとするよ。本当にありがとう!」
会長は地下駐車場をから出るべく足早になりながら走り出した。
だがすかさず一は拳銃を抜き、会長の後頭部に弾丸を撃ち込んだ。
会長はビクン、と一瞬痙攣した後、直ぐにコンクリートの地面に倒れ伏して動かなくなった。
「あれ、殺しちゃったの?なんで?」
「あぁ?逃げるチャンスはやったろ。でも予想以上に足遅かったからアウトだ。次生まれ変わる時はもうちょいマシな仕事でもして世の中に貢献してくれればいいな。それに、殺し屋は信用第一だ。殺せと言われた奴を殺さない殺し屋に明日はない」
「ヒュー、流石プロだね」
「経験者からの貴重なアドバイスだ」
混乱しつつもさほど残念には見えない良子に対し、一は「お前らもプロだろうが」と言ってスマホを取り出し電話を掛ける。
『ん、フェイスレス。あのクソ野郎はぶっ殺したか?』
「デイヴィス。ターゲットはやった。送金よろしく……いや一人じゃない。助けがあった」
一は雷我姉妹の名前を出し、報酬は山分けすることに決め一は帰ろうとして踵を返した。
「ちょいちょちょい。何帰ろうとしてんのさ」
良子が帰ろうとする一の肩を掴んで引き留めた。
「いや、もう仕事終わったし帰ろうとしてたところだが」
「いや、はこっちの台詞だよ。仕事を終えたら飲み会に行くのが普通でしょ!?」
「いや知らねーよ。俺はいつも一人でやってるからな。俺はさっさと家に帰ってシャワー浴びてビール飲みたいんだよ」
「そんなつまんないこと言わないでよ。あたし達協力して一つのデカめの仕事成し遂げたんだよ?飲みいこうよ飲み!」
「いやだから俺は……」
一はどうにかして飲み会を断る口実を考えていたが、全く引き下がる気の無い良子を見て、一は抵抗するのを諦め、折れてしまった。
*
「2000万ゲットを祝して……カンパーイ!」
「ちょ、お前あまり大きな声で言うな……!」
一と雷我姉妹は結局とある某所の居酒屋で酒とツマミを囲みながら打ち上げをしていた。
「いやー、やっぱりクズぶっ殺した後の酒は格別だねーッ!」
「いや、結果的に殺したのはフェイスレスさんだよ良ちゃん」
綾は本当に高校生だったのか、オレンジジュ―スをちびちびと少しずつ飲んでいた。
「なぁ、ここ堅気の居酒屋だってこと分かってるか?もう酔ってるのか知らないが、ふざけるのもほどほどにしとけよ?」
一は気が気でないというような表情で生ビールを口腔内に運ぶ。
だが一も酒は好物なので口いっぱい入れた後、「くぅ~」と感嘆の息を漏らしていた。
「良い飲みっぷりじゃん?さては普段から飲んでる?」
「仕事が無い時は常にな」
「いやいやいやそりゃ飲み過ぎだよ!そんなんじゃアル中になっちゃうよ?」
「なんだお前、俺が引退直前の干された殺し屋だとでも言いたいのか?おっ?」
「いやそんなこと言ってないけど。てかめっちゃ怒ってんじゃん!そりゃアンタの被害妄想だから!そんな後ろ向きに考えんなよ~」
良子は岩のようなゴロゴロとした唐揚げを一口で方張りながら器用に喋った。
「どうせ、俺は落ち目の殺し屋だ。もう一生ダイアモンドクラスの昇級試験は俺の元には回って来ない。俺は所詮そこまでの男だったんだよ」
一が自身を嘲るようにポテトサラダを口いっぱいに詰め込む。
口に入れ過ぎたのか、飲み込む時に顔が一瞬紫色になったような錯覚を良子と綾は覚える。
「ねぇ、フェイスレス。一体何があったわけ?昼はあんなに頼りになる良い男だったのに、今はマジで後ろ向きのダメ人間じゃん」
良子が混乱しながら一を見る。すると綾が良子に耳を貸すように言って良子は綾に従う。
絢はこしょこしょと良子に耳打ちをし、良子は「ああ~…」と納得するように返事を返した。
「フェイスレス、失敗なんて誰にでもあるって。あたし達もさ、新米だった頃はいつ首が飛んでもおかしくない状況になったこともあったんだよ?」
「は、伝説になる一歩手前で仕事をフイにするマヌケよりも更にドマヌケな奴がいるだと?だとしたらぜひ会って慰めてもらいたいモンだな」
「んー、あたしらがこの仕事始めて半年経った時かな、ヤクザの若頭が敵対組織に攫われてさ、助けて欲しいって依頼があったんだよね。まぁ敵もわんさかいたから綾と二人で処理してたんだけど、アイツ等見た目がほとんど同じで見分けつかなくてさ、救出対象の若頭の坊ちゃん殺しちゃったんだ」
良子のしくじり話に、一は目を輝かせる。他人の失敗談で心を躍らせるのは人としてどこか問題があるが、今の一を慰めるにはまさしくそれが必要不可欠であった。
「それで?」
「うん、まあ当然ヤクザの親分さんは怒るよね。ウチらの事殺しに来たよ。ウチらと同じ同業者も使ってきたね。ウチ等の居る組合ってさ、私怨とか仕事以外の殺しってタブーじゃん。依頼主ぶっ殺す場合最低でも依頼機嫌過ぎてからじゃないと組合から追放か殺されるじゃん。でも私達怒り心頭だったワケ。直ぐにでもぶっ殺したかったから私達の代わりに友達に依頼出してもらって殺しのライセンスを得てその日のうちに処理したんだ」
「ああ、業界内でも一時その話題で持ち切りだったな。同業者とヤクザの構成員200人に板挟みになりながらも下っ端も幹部も組長もまとめてぶっ殺したって。その事件がお前らの名を一気に押し上げたんだっけなぁ」
一はそう言うと泡が少し残った空のコップに新しいビールを注ぎながら思い出すように言う。
「結果的にはねー。でも私が言いたいのは──」
良子が話をまとめようとした時、綾がオレンジジュースを飲み干し、テーブルに勢いよく叩きつけた。
「結果的には!でも私達が言いたいのは!いつまでも失敗した事をほじくり返して自己憐憫してんじゃねぇってことだよ!」
綾の今まで聞いたことのない大きな声に、一は驚いて背中を壁にぶつけた。
「お、おい良子。コイツなんだか様子がおかしいぞ。まるで酔っ払ったみたいだ」
「あー、綾ちゃん居酒屋でオレンジジュース飲むと雰囲気に中てられて酔っちゃうんだよ」
「そんな面白人間いるわけないだろ」
「現にいるじゃんか。それに、いつも喋らない分鬱憤が溜まっちゃったんだろうね。主にアンタに」
綾はさらにオレンジジュースを煽りながら座席を移動して一に近づく。良子の隣から移動し、かなり一と密着し始めた。
「他の奴からしてみれば成功話になってっけど、あの時私は殺し屋としては素人に毛が生えた程度で、私の失敗が原因で命が狙われる事態になった」




