妖精に魅入られた音楽家
ある日、現代音楽の世界的な巨匠が失踪した。
だが、身代金目当てでも、怨恨によるでも、本人の意思でもなかった。失踪したその日、身近な人々の誰もが、異変はなかったと証言している。その朝の日常の痕跡は、普段通り残されていた――例えば、片付けられていないティーカップとか、作曲途中の五線譜とその横の鉛筆などが……。
つまり、音楽家クーデェアルトは、神隠しにあったのだ。
そして、噂を確かめる術もないまま、彼はある日突然帰ってきた。服装に乱れひとつなく。
彼、クーデェアルトによると、こういうことらしい。
※ ※ ※
――あの朝は、いつものように食後のお茶を済ますとですね、なんともいい難い気分に襲われましてね。それで、何となく森の奥にあるシーノロス湖に向かったのです。とてもすてきな気分でした。空は青く、雲は白く、雲雀は囀り、鳳蝶は舞い、そうですね、岩魚も鱗を光らせて湖面を跳ねたでしょうか。でも、不思議なことにそのような光景を目にしても、音楽的な霊感が起こらなかったのです。いやむしろ、わたくしの中の音楽がすべて死に絶えたかのようでした。
その時のことでした、あれを見たのは。そうです皆さんもよく知るであろう、プーカです! いきなり湖の中から現れたのです。そして、わたくしに向かってこういったのです。
「お前か、最近、儂らの世界に騒音をもたらしているのは」
わたくしは狐につままれた気がしました。いや、実際はプーカにつままれたのですが(彼はここで、照れ隠しなのか咳き込んだよ)。――しかし、わたくしには現代音楽の世界的な巨匠という自尊心がありましたから、こういってやったのです。
「お見かけしたところ、あなたはどうやらわたくしの音楽を、このクーデェアルトの楽曲を聴いたことがないのでは?」
プーカは不機嫌な顔になりました。
「お前の音楽だ? あれが音楽だというのか? 笑わせるな」
わたくしの自尊心は激しく燃え上がりました。
「あれが音楽でなくて、何が音楽だと仰るのですか!?」
するとプーカ――ようするに馬人間なんです――がいきなり背中を向けたかと思うと振り返って、「俺の背中の乗れ」と指図したようでした。そして、こういいました。
「お前に本物の音楽を教えてやる」と。
いい度胸だ! と、そのときのわたくしは、まんまとその挑発に乗ってしまったのです。わたくしは水に濡れるのも構わず、凪いだ湖面を波立たせ泡立たせて、彼の背中に飛び乗ったのです。こうしてわたくしはプーカの国に連れていかれたのです――。
――その道中で見た光景は、奇妙の一言に尽きました。ですが、それを言葉では語れません。いや、この巨匠であるわたくしの音楽をもってしても、表現しきれないのです。湖の底へ底へと進みながら見た光景は、いまでも脳裏に焼きついて離れません。その幽玄さは、今もわたくしに音楽的な霊感を授けてくれるのです(ここでまた、クーデェアルトは咳をして照れ隠しをしたよ)。
さて、そうして着いたのがプーカの国でした。
ついてすぐに案内されたのは、音楽堂でした。それは目を瞠るものがありました。とはいえ、あの道中の生き生きとした世界と比較すると、そこは死んだ世界のようでした。様々な岩を加工し積み上げて作られた音楽堂は、そのままウィーン楽友協会のムジークフェライン大ホールを模倣のようでした。いや、むしろ本当はその逆でしょう。今ではわたくし、ムジークフェラインがその音楽堂を真似したと確信しています。なにしろ、見た目とは異なり、その音響効果の素晴らしさは、世界に比肩しうるものがないと断言できます。このわたくしがそういうのですから、間違いありません(ここでクーデェアルトはエヘン虫を追い払ったよ)。
ところがです、みなさん!(ここでクーデェアルトは、指揮者が、「はいここ、注目!」というような言い方と身振りをしたよ)。ここの楽団員というのがまたおかしいのです。全員、百歳を超えたような老婆ばかりなのです。なかには何人か、年齢不詳の老婆も見られました。腰が曲がり、顔が床につくほどの老婆も数人います。全員が入れ歯! そんな塩梅で声楽家だというのですから、わたくしは腰を抜かしそうになりました。
ところがです、みなさん! その音楽堂と老婆たちの演奏の完全性といったら、これはもう形容のしようもないくらい素晴らしかったのです!! わたくしは自分の目と耳と心のすべてを疑いました。でも、それは間違いなく現実であり事実であったのです。
確かに老婆ばかりの楽団は、いろいろと制約がありましてね。高いキーの楽曲は演れないとか、あまり早いテンポの曲は難しいとか。なにしろ老婆たちときたら、耳も遠ければ目も悪いですし、動きも緩慢。楽譜を捲っている間に数小節先に進んでも、その間、老婆は何もしてないこともありました。しかし、そうした具合でも、彼女たちは、神をも喜ばせる、心地よいうねるような躍動感を生みだすのです――。
「ああ! 是非ともあなたがたにも、あの生演奏を聴かせてあげたい!(クーデェアルトの表情から、冗談ではなく本気だとわかったよ)」
――こうしてわたくしは、プーカに説明をうけながら、その世界での音楽のイロハを学びに学んだのです。かつての若かりし頃の青春の日々のように、貪るように音楽に身を捧げたあの頃のようにです。もともと、わたくしは(ここでクーデェアルトは、自分の胸を叩いて誇らしそうにしてね)押しも押されぬ世界的な一流音楽家ですから、すぐにイロハを覚えることが出来ました。しかし、気づくと三年の月日が流れていたのです。もっとも、それを知ったのはここに帰ってきてからのこと。プーカの国にいたのは、ほんの数日のような気がしたのです。それほど充実していたのでしょう――。
――さて、それからのわたくしの没落については、詳しくお話する必要はないでしょう。この七年間に味わった苦悩と窮乏いえば、三度殺され三度生きかえり、また殺されそうになったようなものです。わたくしはそれぐらい落ちぶれたのです。いや、本当のところどうだったのかはわかりません(このとき、クーデェアルトは目に涙を一杯ためていたよ)。恐らく、その頃の現代音楽はわたくしにとっては偽物であって、人々にとっては本物だと感じられたのでしょう。そのズレこそが不幸なのです。そうです! 断じて誰も不幸ではなかったのです。そうなんです! 大体……大体ですよ!……(ついに、クーデェアルトの目から涙がポロポロと溢れて、彼はハンカチで拭うのに忙しかったよ)。
……音楽が人を不幸になどするものですか!! 確かにわたくしの音楽的転向は、世間にとって衝撃的だったのでしょうが――。
「あんな塵屑塵芥な楽曲しか作れず、下手で疎かな演奏ばかりする連中を集めた、クーデェアルト・コンセルト・ヘボウなど、音楽界の面汚しだ!」と言われても仕方なかったのでしょう。「ヘボウね……。この頃ほど、"ヘボウ"という言葉を嫌いになったことはありません。"ヘボ!"とはなんですかヘボとは!」
――その絶望から、わたくしはある日、死を決意しました。どうせならあの湖に身を投げて死のうと、シーノロス湖に足を向けたのです。そして、そのときまたプーカに出会ったのです。彼は青ざめ、痩せ衰え、変わり果てたわたくしを見てこういいました。
「ははあ、その様子じゃお前は本物の音楽を伝えられなかったのだな」
わたくしはハッとしました。どうしてこの馬人間はわたくしの気持ちがわかるのだと。
「ならば、気休めにときどきは婆さんたちとでも楽しめばいい」
彼はそういってくれました。その必要はなかったのでしょうが、最後までプーカは名前を教えてくれませんでした。教えてさえくれれば、彼の名前を冠した献呈曲のひとつも、彼に捧げることもできたのですがね(ここで、クーデェアルトはまた涙ぐんで、洟を噛んだよ)。そんなことで、彼はわたくしが絶望の底ですごした七年の間、ときどきわたくしを跨らせては、海底の音楽堂に連れて行ってくれたのです――。
※ ※ ※
誰にいうでもなく内心の吐露を終えたクーデェアルトは、それまで立っていた指揮台の上で背筋を伸ばした。
「それでは、はじめましょう! 新しい音楽を今からはじめるのです」
彼がコンサートマスターのヴァイオリニストに合図を送ると、調音のためのラ音が音楽堂に鳴り響いた。なんだか間の抜け音ではあったが、心の奥底を温ためるような音色だった。
楽団員がそれぞれ持ち寄った楽器の調律を終えると、音楽堂を静寂が包んだ。
クーデェアルトは胸を膨らませ深呼吸すると、手にした指揮棒をそっと振り下ろした。
こうして田舎村での演奏会は、大喝采のなかで幕を閉じた。
クーデェアルトの脳裏には、指揮している間ずっと、あの地上と地底のあいだでみた光景があったという。
それは、人魚と白い鱒が互いに惹かれあい、つかず離れず遊び戯れる光景だったといわれている。
没落したクーデェアルトは、現代音楽の世界から姿を消し、誰にも知られない片田舎村の楽団を率い生涯を閉じた。
伝え残された記録によると、クーデェアルトが最後に演奏したのは、モーツァルトの交響曲第41番「ジュピター」であったとか。
きっと彼が伝えたかった音楽の精髄は、それに込められているのだろう。
――完――
参考文献(原典):
ちくま文庫、W・B・イエイツ編『ケルト妖精物語「笛吹きとプーカ」』




