雪原の村と閉ざされた檻
目を覚ました航が見たのは、一面の雪に覆われた静かな森だった。
氷のような冷気が、体を容赦なく突き刺す。
「……寒いな」
ゴーグル越しにキャサリンの声が響く。
『アンタ、忘れてない? リュックにガントレット入れてたでしょ?』
「あ……そうだった!」
航はリュックからパンツァーファウストを取り出して装着する。
自分で設計・改良した多機能のガントレット。
キャサリンとリンクして、体温調節から攻撃までこなせる頼れる相棒だ。
体温調節モードを起動すると、じわりと温かさが腕から伝わる。
少しだけ気持ちが落ち着いた。
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非常食はわずか二食分しかない。
現地で水や食料を探さないと生き延びるのは厳しい。
周囲を慎重に散策すると、小川を発見した。
雪解け水のように澄んだ透明度に、思わず息をのむ。
そっと水をすくうと、キャサリンが反応した。
ガントレットのセンサーが青く光り、
水の成分をスキャンしていく。
『ちょっと待ってねぇ……。
ふむ、微生物レベルの汚染もほとんどなし。
飲めるわよぉ! 地球じゃ考えられないくらい綺麗ねぇ〜』
「天然で飲めるなんて……」
航は感心しながら水を口に含み、
キャサリンのサーチを頼りに秀吉の反応を探す。
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『微弱だけど、秀吉くんの生体反応はこの村にあるわねぇ』
森の奥に現れたのは、雪深い中にひっそり佇む小さな村だった。
人口は二十〜三十人ほど。
年寄りと女子供ばかりで、男の姿は見当たらない。
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村の外れにある倉庫のような建物の窓をのぞき込むと、
縛られたままの秀吉の姿が見えた。
「……秀吉!」
思わず声をかけると、秀吉は驚いた顔をしてから安堵の笑みを浮かべる。
「航か……無事だったのか……!」
「大丈夫か!? 何があった?」
「村人に捕まったんだ。
空から落ちてきたって怖がられて……でも俺は平気だ」
航はすぐにでも助けに入ろうとする。
しかしキャサリンが慌てて制止した。
『ちょっとアンタ! 昼間にそんな派手なことしたら
アンタまで捕まるに決まってるでしょぉ!
人気のない夜にしなさいってば!』
「……わかった。夜まで待つ」
航は悔しさをこらえながら、その場を離れた。
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夜更け。
村人たちが寝静まったころ、航は再び倉庫に戻る。
ガントレットで鍵を破壊し、中に入った。
「無事か?」
秀吉はほっとしたように笑った。
「お前も生きててよかった……」
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そのとき、村の外から女の子の悲鳴が響く。
「キャーッ!!」
窓から外を見やると、虎のような魔物が
小さな女の子に襲いかかっていた。
「行くぞ!」
『あーもう! また無茶するのね!
どうなっても知らないわよぅ!?』
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航はガントレットを構えた。
キャサリンが即座に支援に入る。
『超電撃モードよぉ!
あんな虎みたいなのでも一発で黙らせられるわ!』
青白い閃光がガントレットの先からほとばしる。
放電音を伴って放たれた稲妻が、虎のような魔物に直撃した。
「ギャオオォン!!」
けたたましい悲鳴を上げた魔物は体を震わせ、その場に崩れ落ちる。
航は肩で息をしながら、その光景を見据えた。
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助けられた女の子が震えながらも言う。
「ありがとう、お兄ちゃん……!」
駆け寄ってきた村人たちは、
倒れた魔物と航のガントレットを交互に見て目を見張った。
「まさか……この人が魔物を倒したのか?」
「助けてくれたのか!」
その中のひとりの老人が、震える声で深々と頭を下げた。
年老いたその姿に、航は村の長だと直感する。
「本当にありがとう……。
そして、空から来たという理由で仲間を捕らえたこと……すまなかった。
許してくれ……」
秀吉も頷きながら声をかける。
「もう大丈夫だ。俺は平気だから」
航は笑って応えた。
「気にしてないさ。無事ならそれでいい」
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その晩。
助けた女の子のお母さんが、
「せめてものお礼に」とパンとシチューを振る舞ってくれた。
航は、故郷の地球で味気ないペーストしか知らなかった。
口に広がる温かさと香りに、思わず感動する。
『レシピ、しっかり学習させとくわねぇ♪』
キャサリンの声が、どこか優しく聞こえた。
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焚き火のそばで一息ついたところで、
秀吉がその老人に問いかける。
「ところで……どうしてこの村には
年寄りと女子供しかいないんですか?」
老人は重く沈んだ目をしながら説明した。
「……王都で新しい神殿を造るとかでな。
村の男たちはみんな徴用されてしまった。
戻ってこない者も多い……。
お主たちも気をつけるんだぞ」
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航は雪の向こうに広がる暗い夜空を見つめた。
「王都か……いずれ調べる必要がありそうだな」