旅立ち、そして墜ちた星で
長距離運航可能な豪華リゾート宇宙船の初航行。
この船は、航の父が設計を担当し、秀吉の父が出資して完成させた夢の結晶だった。
未来の地球では、食事さえも効率重視で、味気ないペーストを摂取するのが当たり前。
そんな合理化の進んだ社会で、宇宙を超える旅に挑むことが――航の夢だった。
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航には長年の親友、秀吉がいる。
二人は父親同士の縁で子供の頃に出会い、
学校生活でもずっと一緒に過ごしてきた気の置けない存在だ。
今回の試験航行には、その秀吉と一緒にVIPとして立ち会っていた。
父親たちは地球に残り、モニター越しに見守っている。
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航は視界に情報を浮かべるゴーグルを装着していた。
オリオン――航の父が開発した支援AI搭載のゴーグルだ。
そのAI人格の名前は「キャサリン」。
おネェ口調で軽口やツッコミを飛ばす、頼りになる相棒のような存在だった。
日常の雑談から医療・修理のサポートまで、
航にとって欠かせないパートナーである。
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船内の構造を眺めながら、航はため息をついた。
「父さんの設計……本当にすごいな。あの人にしか作れない技術だ」
ゴーグルの中でキャサリンのアイコンがウインクする。
『アンタの血にもその才能、流れてるわよぉ? どうせなら活かしなさい!』
秀吉は肩をすくめて笑う。
「お前の家ってやっぱ変わってるな。」
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船は展望ラウンジや人工重力プールなど、未来的で豪華な設備に満ちていた。
一般の乗客も楽しそうに宇宙旅行を満喫している。
航は胸を熱くした。
「これが人類の長距離航行の最初の一歩か……」
人工プールを見た秀吉がさらっと口にする。
「うちにあるプールより少し小さいな……でも宇宙船でこれなら十分か。」
航が思わずツッコむ。
「お前んちの基準で語るなよ。」
キャサリンが笑い声をあげる。
『さすが資産家の坊ちゃん、うらやましいわぁ〜』
秀吉は少し照れてそっぽを向いた。
「おい、からかうなよ。」
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キャサリンが続ける。
『でもホント、何も起こらないで帰れるといいわねぇ』
秀吉も同意するように頷いた。
「俺たち、平和に帰れるだけで十分だよ。」
未来への期待と、わずかな不安が交錯していた。
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だが、その不安はすぐに現実となる。
突如、船体に激しい振動が走り、
緊急アラートが響き渡った。
「キャサリン、状況確認!」
『ちょ、ちょっと待ってぇ!……なんかシステムに……干渉されてるぅッ!!』
客室に悲鳴が響き、司令室からも声が飛ぶ。
「制御不能です!」
航の血の気が引く。
「非常用ポッドは!? 全員乗れるのか!?」
『ダメ! 動くのは一人用だけよぉ!』
「なんで……!?」
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緊急ランプが赤く点滅し、
揺れる通路を走りながら航と秀吉は目を合わせる。
「まぁ……なんとかなるさ!」
秀吉が力なく笑う。
「……こんな時でもお前は変わらないな、笑」
キャサリンが叫ぶ。
『あんたたち無事でいるのよぉぉ!!』
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二人は別々のポッドに乗り込み、
射出シーケンスが作動する。
船の残骸が小さくなっていく視界に、
不安と悔しさがよぎるが、
もう戻ることはできない。
激しい加速と重力で視界が暗転し――
航が次に意識を取り戻した時、
そこは見知らぬ星の大地だった。