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《第六話:冒険者》

 (はりつけ)にされていた村人達を解放する。

 村人たちは涙を流しながら、駆信彦美香子の三人に感謝や賞賛(しょうさん)の言葉を述べた。


「本当にありがとうございます! あなた達がいなかったら、私達はみんなオークに殺されていました!」


「あなた達はすごいわ! あんなに大勢のオークの群れを倒せるなんて! あなた達はこの村の英雄よ!」


 荒廃(こうはい)した村で、急場しのぎの小さなお祭りが開かれた。

 村人達は三人を歓待する。三人はオークとの死闘(しとう)で心が疲弊(ひへい)していたが、村人達の優しさに、多少痛みも和らいだ。


「オークは家畜(かちく)であった豚が魔物になった姿だ」


 宴席(えんせき)で、信彦は駆に語り掛けた。


「愛情を持って育てられていると思っていた豚が、自分たちが人間の食料となる家畜に過ぎなかったと気づき、その裏切られたという絶望が生んだ復讐心(ふくしゅうしん)が、彼らをオークへと変貌(へんぼう)させるんだ」


 駆は信彦の横顔を見つめる。

 信彦は酒を片手に、淡々と話した。


「だが、だからと言って俺たちは豚を食べる。肉食を止めるわけにはいかない……出来るのは、彼らに感謝して、命を頂くこと……それだけだ」


 ソーセージに食らいつく。

 信彦の声には悲しみや怒りが感じられなかった。だが駆は父の瞳を見て、心の奥底には何か別の想いを抱えているように思えた。

 自分にそう言い聞かせているように思えた。


「このソーセージ、美味しいね」


 駆もそれに(なら)う。


「あぁ、上手い。本当に上手いな……帰りにこの村の豚を一頭を買って帰るのも悪くない。駆の初クエストだ、豪勢(ごうせい)にいこうじゃないか」


「そうだね、楽しみ。ママ、お勧めの豚料理って何かな?」


「そうねぇ……例えば――」


 冒険者というのは、ゲームのように気楽な職業ではない。


「どうか今日は村長である私の家に()まってください! 急いで片づけさせました! こんなことしか出来ませんが、私共はあなた方に最大限のお礼がしたいのです」


 だが社会に必要とされる職業であることだけは、間違いないようであった。




 翌朝、目覚めた駆は驚いた。


「一体、どういうこと?」


 起床した彼がいたのは《テントの寝袋の中》であった。両脇には両親の寝袋もある。だが、中身は空っぽだ。

 昨日、三人は村長の家で《ベッドの上で》就寝したはずだった。

 駆は不安に駆られて寝袋を飛び出し、テントの外に出た。


「起きたか、駆」


 外には鎧を身にまとった信彦の姿。


「パパ、これは一体……」


 外に出ると、目に飛び込んできた光景は、大自然のそれだった。草原に点在する木々、流れる河川。

 そして近くには山があり、そこから村へと続く山道が延びている。昨日駆たちが死闘を繰り広げた村へと続く。


「分かってるわ、駆。あなたが何を疑問に思っているか……今からそれを話すわね」


 そう。駆たちがいるのは、一昨日の野営地であった。

 呆然と立ち尽くす駆に、古代ギリシア風ドレスを身にまとった美香子は、神妙な面持ちで事情を語りだした。




 時は(さかのぼ)る。

 冒険者ギルド:エメラルド・ウイング。信彦と美香子、駆の三人はそこで依頼を確認していた。

 《クエスト》と呼ばれる様々な依頼があったが、彼らが選んだのは、オーク討伐の依頼。『村を襲ってくるかもしれないオークを撃退してほしい』というものであった。


「報酬一万デナリウス……妙に高いな」


「あら、割の良いクエストなら言うことないじゃない」


「そうだよパパ、受けてみようよ」


「……そうだな、まあ駆の初クエストだ。駆がやりたいと言うのなら」


 『村がオークに占拠されたので追い払ってほしい』。

 もしそういう依頼ならば信彦が訝しがることもなかったであろう。だが襲ってくる《かもしれない》などという不確定な防衛クエストに金一万デナリウスという高額の報酬。彼は違和感を感じる。

 ちなみに『外食するなら、一人一食一〇デナリウス以下に抑えたい』というのが、この世界の物価である。


「《ウォーリアーズ》か。確かに《ゴールドクラス》のあんたらになら、任せられる案件だな」


 エメラルド・ウイング、ギルド長:ハイネ。

 信彦が受付嬢に討伐依頼を出すと、彼女は奥に引っ込み、代わりに窓口からハイネが出て来た。


「訳アリか?」


「まあな。どうする? あんたの息子、初クエストだろ?」


 ハイネが小声で信彦に囁く。

 依頼受諾書の提出は、その傭兵団(クラン)の代表者の役目で、他の者は離れた場所で待っているのがルールであった。

 信彦はウォーリアーズという名の小規模なクランの団長である。メンバーは自分と美香子と駆の三人を含めて二十数人。


「……とりあえず、話を聞こうか?」


「分かった。この依頼が出たのは二週間ほど前でな、子供からの依頼だった」


「それで、この報酬か?」


 信彦が眉を(ひそ)める。


「いや、依頼料は八〇〇デナリウスだったよ、大体な。まあ、見た感じ一二、三歳だったから、それでも彼にとっては十分な大金だったろうがね」


「すまない、続けてくれ」


「いや、いいさ。それでな《シルバークラス》の傭兵団に依頼したんだ」


「……それ、赤字だったんじゃないのか?」


「あぁ、報酬は一〇〇〇デナリウス。赤字だったな。まぁ、俺も人間だ。子供がなけなしのお金をはたいて、遠方の地までやってきたと知っちゃあ肩入れしたくもなるだろ?」


 ハイネは強面の人物であったが、人情派であり、それゆえ冒険者たちにも(した)われていた。

 一介の傭兵から一代でギルド長にまでのし上がれたのは、そういう人間性もあってのことであった。


「でまあその傭兵団は村に向かって、難なくオークを撃退したそうだ。ちなみに村は既にオークに占拠されてたらしい。傭兵団が村に到着した日の前日の夜に襲撃を受けたらしくてな……だが、奇妙なことがあったのはそれからだ」


「なんだ? 奇妙なことって」


 ハイネは声を潜める。


「《討伐に成功したその日の夜》にも《また》オークの集団に村が襲われたってんだ。そしてまた次の日も、そのまた次の日も」


「……群れが撤退と攻撃を繰り返したってことか?」


「いや、それがどうやら違うらしい。襲撃は常に百人規模のオークの集団。襲撃のあった次の日の朝には、傭兵団はオークを全滅させたが、次の日も、また次の日も同じ規模のオークの群れに村は襲撃されたらしい」


「ありえないだろ?」


 オークの群れの規模は普通二〇~三〇。一〇〇というのはかなり大規模だ。

 そんな群れが三日も連続で現れ、しかも同じ村を襲い続けるなど、ありえないことだった。


「あぁ、これは何かあると俺も踏んだ。だから、これは実は討伐依頼でも、防衛依頼でもなくてな。本当は――」




『わたし達は調査のためにこの村に向かったの。そのシルバークラスの傭兵団が本当のことを言っているのか、それとも何か勘違いしているのか。そのことを調べるために』


 三人は再び山道を歩き、村を目指していた。

 村に到着すると、昨日と同じ状況。人気(ひとけ)はなく、不気味な雰囲気が漂っている。


「間違いなさそうだな」


「えぇ」


「どうするの?」


「計画通りに。もう一度、彼らと戦う。いくぞ」


 三人はアクロポリスへと向かう。


「助けて!」


 そこにはやはり柱に磔にされた人々の姿。

 ほどなく、丘をオーク達が包囲し、攻撃を仕掛けてくる。撃退する。全滅させる。


「ありがとうございました」


 村人たちは祭りを(もよお)し、三人を歓待する。


「今晩は是非、我が()にお泊り下さい」


 村長の家で眠りにつく三人。




「間違いないわね」


 駆達が起床すると、そこはやはり村のある山の手前に設営した、野営地であった。


「パパ、ママ。一体何が起きているの?」


 信彦が考え込む。

 彼は優秀な戦士であったが、自分たちの力だけではこの奇怪(きっかい)なオーク襲撃事件を解決することは困難であると(わきま)える分別も持ち合わせていた。


「どうします、信彦さん?」


 美香子が尋ねる。

 彼女は冒険者であったが、家族を愛する母であり妻でもあった。息子と夫を守ること。それが彼女の最優先事項。

 彼女は『このまま突き進むのは危険』と感じていた。


「……引き返すしかない。このままでは、いずれ俺たちもあの村の住人たちのように、奇怪な現象の犠牲者(ぎせいしゃ)になってしまうかもしれない」


 信彦が決断する。


「俺たちが()け負ったのは《調査クエスト》。ギルドに報告して援軍を頼む。あるいは、少なくともウォーリアーズの他のクランメンバーを連れて戻ってくる。そしてこの元凶を探るため、村や山を徹底的に洗い出す……それまでは村を見捨てるしかない」


 彼は冒険者としての村人たちへの責任と、家族の命を守らなくてはいけない父や夫としての責任、この二つの狭間(はざま)の中で苦悩した。

 しかし、彼は家族を守ることを最優先にすると心に(ちか)っていた。逡巡(しゅんじゅん)はあった。だが、答えは決まっていた。


「わかりました」


 美香子は、ほっとした様子。

 彼女にも冒険者としての使命感はあった。

 だが、息子や夫を失うことを何よりも恐れていた。


「……うん」


 駆も(うなず)く。

 いち人間として、村人たちを見捨てることに罪悪感は感じる。

 だが冒険者として、訳も分からず異世界に放り出されている現状。

 彼は信頼できると感じる、熟練の冒険者然とした両親に従うことを決めた。


「必ず助けに戻る。それまで待っていてくれ」


 三人は村のある山を見つめ、(きびす)を返した。


「ま、待ってけれ!」


 そしてその時、彼らの背後から声が聞こえた。

 振り向く三人。


「あなたは?」


 少年だった。彼は息を切らしていた。山道を駆け下りて来たようだった。


「おらはこの山の村の人間ずら! あんた達に話したいことがあるずら」


 (なま)りの強い方言を話す金髪碧眼(きんぱつへきがん)の少年。太眉(ふとまゆ)で、愛嬌(あいきょう)のある顔をしていた。

 悪い人間には見えず、恐らく一〇代前半の年端(としは)もいかない子供。不気味な現象の発生している村とはいえ、捨て置く訳にもいくまい。駆達家族三人は足を止めた。

 ホッとした様子になった少年は、息を切らせながら、必死の形相(ぎょうそう)で語りだしたのであった。

・あとがき


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 それでは、次話でまたお会いできると信じて!

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