《第四話:遭遇》
駆は一先ず信彦と美香子と共に、魔物の襲撃を受けたという村の様子を見に行くことにした。
「(訳わかんないけど、これ以上やっても不審がられるだけだし……ここは大人しくしておこう)」
『駆、どうしちゃったの? 貴方は間違いなくわたしたちの息子よ。ずっとこの世界で生きてきたの』
美香子は駆に抱きついた。駆は美香子の胸に顔を埋められた。
駆が現実世界のことを両親に思い出してもらおうと話していると、美香子が泣き出してしまい、そうなった。
『駆、どうか信じてくれ。これが現実なんだ。俺達は冒険者であり、家族なんだよ。駆、共に大魔王を討ち果たそう』
『分かった。そうだよね。ちょっと寝ぼけちゃってたのかも……ごめんね、パパ、ママ』
そう言う訳で、色々納得しがたい状況であったが、ひとまず飲み込むことにした駆。
三人は草原を歩きながら、村へと向かった。
その道中、狼のような魔物:ルガルの群れに遭遇した。
「はぁぁぁぁぁああっ! はっ! たぁっ!!」
襲い掛かって来た魔物の群れを、信彦が剣技で蹴散らす。何匹かが切り裂かれ、警戒した残りの魔物達が距離を取る。
「――癒しの力よ! キュア!」
狼のモンスター達は、チームワークを駆使して慎重に攻撃する方針に切り替えた。
美香子や駆を狙い、あるいはそうと見せかけて二人を守るために態勢が崩れた信彦に攻撃を仕掛ける。
美香子の回復魔法で、信彦が戦いで負った傷をたちまちに治していく。
駆はなんとか両親の陰に隠れてやり過ごそうと、
「炎の精霊よ、僕の声に応えて。この世界にあなたの力を示してください。あなたの熱き魂をこの手に集め、敵に向かって放ちましょう。フレイム! 焼き尽くせ!」
していたが、気づくと口がそんな言葉を紡いでいた。
手に持っていた魔導書が宙に浮き、つむじ風が巻き起こり、ページがパラパラと独りでに捲れていく。
「やるじゃないか、駆!」
そして数多の火の玉が魔導書の周りに現れ、ルガル達に向けて飛んで行った。
信彦にばかり気を取られ、油断していた狼モンスター達。半分以上に火炎が直撃し、焼かれ、息絶えた。
形勢の不利を悟った群れは蜘蛛の子を散らすように、一目散に退いていった。
残ったのは、十数の焼死体と血を流し倒れるルガル数匹。
地獄絵図だった。
「埋葬とか……しないの?」
駆のそんな言葉を受けて、三人は穴を掘り死体をその中に入れ、埋めた。例のスマホもどき:魔動機で両手用スコップを取り出し、使った。
美香子は倒れたルガルを回復魔法で治療した。
起き上がった狼モンスターは、警戒した様子ではあったが、直ぐにどこかへと去っていった。
「……自慢の息子だわ。ねえ信彦さん」
「あぁ。エルダリオンに行かせたことは間違いではなかったな、美香子」
再び村へと歩き出す三人。
後ろから付いてくる息子に気づかれないように、二人は涙ぐみながらそう囁き合うのであった。
美香子は駆のことを心配しており、折に触れて気遣い、声をかけた。信彦は駆のことを認めており、時々アドバイスや励ましを送った。
駆は、服装や言動などに多少の違和感を感じていたが、この世界の信彦と美香子も、間違いなく自分の両親だと確信を持てた。違和感は感じながらも、二人の優しさに感謝した。
「村まではもう近いが、このままだと日暮れの到着になる。魔物がいて危険かもしれないし、今日はここで一泊しよう」
信彦の提案で、一泊野営することになった。
「駆、お願い」
「え?」
美香子に突然そう頼まれ、困惑する駆。
「魔動機にしまってくれてた野営道具、お願いね」
事情を呑み込めていない駆にそう続ける。
駆には記憶がないが、どうやら荷物運びの任を任されていたようだ。
とりあえず、魔動機を起動しアイテム欄を見てみる。
「おお! 凄いな!!」
らしきものをタッチして、野営道具を取り出していく。寝袋、テント、薪、料理道具。こんなところだろうか?
「食材もお願いね」
「どれにする?」
アイテム一覧を見せて、美香子に必要な食材をチョイスしてもらう。
旅は意外にも順調であり、快適であった。
「駆、本来冒険はこんなに生易しくは済まないぞ、荷運びを雇わなきゃいけないし、食べ物は保存食が原則だ」
そんな訳で、美香子が作ってくれた食べ物を家族三人で焚火を囲んで食べながら、信彦は語る。
「薪だって自分たちで集めるのは中々骨が折れるし、テントは嵩張るし、寝袋なしで土の上に寝転ぶことすらある。こんな綺麗な水、冒険中にはそう入手できるものじゃない。確かにエルフの魔法技術は凄いが、これに慣れてしまっては……いいかい駆、本当の冒険というものは――」
完全に説教であった。『近頃の若者は』という奴である。
駆は適当に流す。
「信彦さん、明日も早いわ。そろそろ寝ましょう」
そして説教はいつの間にか信彦の冒険譚へと変わっていった。美香子は頃合いを見計らってそう声をかけた。
「「「おやすみ」」」
三人は同じテントの中で、それぞれ寝袋に包まり夜を明かした。
「異世界、悪くないかも」
さながらグランピングを思わせる快適さに、つい駆もそんなことを思ってしまうのであった。
次の日、三人は村のある山に到着した。
あまり整備されていない荒れた道を上っていくと、立て看板があり、その先に村があることが分かった。しばらく歩き、三人は村に到着した。
村には木造の家々が並び、農場や牧場が広がっていた。中々大きな村。
しかし、どこを見渡しても人の姿はない。村は静寂に包まれており、そこはかとなく不気味な雰囲気が漂わせている。
「どうしたんだろう? 村人はどこにいるの?」
駆が首をかしげた。
「もしかしたら、魔物に襲われて逃げ出したかもしれないわ」
美香子が心配そうに言った。
「それは大事だ。早く調べよう」
信彦が提案した。
三人は村を探索し始めた。中でも一番大きい家――村長の家かもしれない――に入ってみる。
家の中は荒らされていた。家具は壊され、割れた食器が散乱していた。床や壁には血痕や引きちぎられた布切れが付着していた。
明らかに何者かに襲われた痕跡。
しかし、村人の姿や死体は見当たらなかった。
「これは一体……」
一階で捜索する信彦が呟いた。
「駆、信彦さん……!」
三階の窓から外を見た美香子が階段の上から二人を呼んだ。
「どうしたのママ?」
二階にいた駆が美香子のいる三階に向かう。窓から美香子の指さす方角を見た。
美香子は村のはずれ、この村の集会所と思しき高台にある広場、を指差していた。広場には木製の柱がいくつも立っており、その柱に何かが縛られていた。
距離が離れているため、はっきりとは見えないが、想像することは出来る。
おそらくそれは村人だろう。老若男女問わず、村人が何十人も柱に縛り付けられているのだろう。
みな血だらけで、苦しそうに呻く様子が駆にも簡単に想像出来た。
「酷い……」
駆は言葉を失う。
「魔物の仕業だな」
信彦は怒りを込めて言った。
「どうしてこんなことに……」
美香子は涙を流した。
三人は家を出ると、広場に向けて慎重に歩みを進めて行った。
・あとがき
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それでは、次話でまたお会いできると信じて!