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《第二章 最終話:始まり》

 春遠城(ネヴァースプリング)の戦いより月日も流れ、季節は冬。


「人で溢れかえっていますね、美香子さん。以前訪れた街とは、違う所に来てしまったのだと錯覚(さっかく)してしまいそうです」


 年の瀬の雪樹郷(ウィンターウッド)の街は、祭りの賑わいでいっぱいだった。


「えぇ、この時期は例年こんな感じですね……」


 寒空の下、美香子はアルフレッドに手を握られながら、人混みを縫うように雑踏(ざっとう)の中を歩いていた。


「美香子さん、あちらの屋台の食べ物、美味しそうですね」


 アルフレッドが指差すのは、串に刺した餅に甘いたれをかけたお菓子。


「えっ? あぁ……それはみたらし団子ですわ。この街の名物です」


 一方の美香子はうわの空で返事を返す。


「そうなんですね。美味しいですか?」


「え、えぇ。わたしも大好きです」


「ふふっ。買ってきますね」


 ウィンターウッドの街は、冬の訪れと共に、幻想的な美しさをまとい始めていた。雪の被さる木々が太陽光に照らされてきらめき、まるで星々が地上に降り注いでいるかのよう。


「(観光客でいっぱいだし……大丈夫よね?)」


 美香子は、白い息を小さくつきながら、周囲を警戒していた。

 彼女の心は『知り合いに見つからないか』という不安でいっぱいだった


「美香子さんのおっしゃる通り、この食べ物、美味しいですね」


「本当ですか? 良かったですわ」


 みたらし団子二本を購入したアルフレッドは、その内の一本を美香子に渡し、残る一本を食べている。

 美香子は、彼の感想に微笑みを返しながら、頷いた。

 彼の瞳は、子供のような無邪気さで輝いている。それが彼女の心を少しだけ和らげる。


吟遊(ぎんゆう)詩人の(もよお)しがあるみたいです。行ってみませんか?」


 美香子とアルフレッドは、お祭りの賑わいを肌で感じながら、静かに歩を進める。


「ここが街の劇場ですわ……あっ、あれが吟遊詩人の方ではないでしょうか?」


 半円形の、街の屋外劇場に辿り着く。ちょうど吟遊詩人がステージ脇に到着したところのようだ。既に観客で席の大半は埋まっていたが、


「美香子さん、こっちです!」


 アルフレッドが空席を見つけ、美香子を誘った。

 二人が席につくと、ほどなく拍手が起きる。吟遊詩人がステージに立ったのだ。

 観客への軽い挨拶を終えた後、詩人が歌唱を始めた。


「(これは……)」


 吟遊詩人の歌声が劇場に響き渡る。さすがプロであり、遠く祭りの喧騒も聞こえるが、すぐに気にならなくなった。


「(トゥルバドゥールかしら?)」


 トゥルバドゥール文学。

 ホノリア王国で広く親しまれる物語の様式であり、吟遊詩人も好んで歌唱する。


「〈彼は雇われ商人、彼女は雇い主の妻。愛は、社会の(ことわり)に背いてはならぬ〉」


 歌は、青年と中年既婚女性の悲恋の物語を(つづ)るものであった。

 最も一般的なトゥルバドゥールだ。かの様式は『騎士が仕える主人の、その奥方に想いを寄せる』形式の物語として誕生し、現在では『年若い男性が人妻と恋に落ちるが、叶わぬ想いに身を焼かれる』というのが、定番の流れとなっている。


「〈『これは運命か、それとも偶然のいたずらか?』青年は自問する。禁断の感情に苦しんで。〉」


 吟遊詩人の歌唱と語りはさるもの。聴衆は物語に引き込まれ、その歌は深い感動を呼び起こしていた。


「〈『あぁこの心の痛み、どうすれば収まるのでしょう?』熟女は静かに呟く。恋と家庭の狭間(はざま)で心は揺れ動いて。〉」


 気づけば美香子も、その歌に心を癒され、物語に心を奪われていた。


「〈『私たちの愛は星のように美しく、しかし遠い宇宙のように手の届かないもの……』〉」


 無意識のうちに、アルフレッドに身を寄せていた。慌てて気づいた美香子は離れようとするも、今度はアルフレッドが美香子に体を寄せてくる。


「〈『しかし私たちは互いに惹かれ合う運命にある……』〉」


 吟遊詩人は、愛と別れ、そして運命の残酷(ざんこく)さを歌い上げる。

 気づけば美香子は、アルフレッドの腕を取っていた。彼もそれを受け入れている。


「〈『もしもこの愛が罪だというのなら、私たちはその罰を受け入れる……』〉」


 吟遊詩人の歌は、次第にクライマックスへと向かい、その悲劇的な結末に、聴衆からはため息が漏れた。


「〈商会の主の命に従い、

 青年は遠き地へと旅立つ。

 貿易風に()を広げ、

 未知の海原へ()ぎ出す。


 その前夜、星の下、

 禁断の愛実り。

 熟女との一夜、

 静かに時流れ。


 愛という名の罪と罰、

 彼の心に重くのしかかり。

 旅立ちの朝、胸に秘め、

 新たな世界へ歩みを進める。


 遠き地で何見つけ、

 何学び、何感じる。

 愛の記憶をその胸に、

 旅の中へと消えてゆく。〉」


 物語は美香子とアルフレッドの心にも影を落としていた。彼らは、歌の中の登場人物と自分たちを重ね合わせ、その悲しみを共有しているようだった。アルフレッドと美香子はお互いの手をそっと握りしめ、寄り添い合うことで、その悲しみを和らげようとしていた。


「〈商会の塔に囚われし熟女、

 身重の証を抱いて。

 愛の逃走夢見るも、

 夫の怒りに閉ざされた窓。


 心は鳥の如く、

 最愛の人へと飛び立つ。

 しかし、冷たき壁は高く、

 自由への道は遠い。


 夜の帳下りて、星(またた)く、

 熟女は決意を固め。

 一歩、また一歩と窓辺へ、

 運命の風が彼女を呼ぶ。


 だが、足は空切(くうき)り、

 暗転す。

 愛のため翼広げ、

 訪れし終焉(しゅうえん)


 夢は、星屑(ほしくず)となりて、

 夜空に溶けん。

 愛しき人への想いだけが、

 永遠に煌めく。〉」


 物語を語り終えた吟遊詩人の、最後の絞めの歌が静かに広場を包む中、美香子はふと視線を感じて周囲を見渡した。


「〈愛の歌は、風に乗り、遠く離れた心にも届く。〉」


 その瞬間、彼女の目は知人女性と合い、心臓が一瞬で冷たくなるのを感じた。

 飽食街(ミルトン)冒険者ギルドの受付嬢:ミラ。

 『ホノリア王国王子と出会う機会があれば自分のことを紹介してほしい』と美香子に冗談か本気か頼んでいたあの若い女性であった。


「〈愛は、時に甘美な夢を見せ、時に苦い現実を突きつける。〉」


 美香子の表情は一瞬にして固まる。


「〈愛の歌は、運命の糸を紡ぐ。〉」


 しかしミラは驚いた表情を浮かべた後、やがて穏やかな微笑みを浮かべ、何らか言葉を口にした。

 そして隣にいた《同年代の若い男性》の腕を取り、劇場から静かに去っていった。


「〈愛の歌は、時を超え、心を繋ぐ。〉」


 アルフレッドの手を無意識のうちに強く握りしめていた美香子。彼は美香子の手の力を感じ取り、彼女の心中を気遣うように、おもむろに手をまわし、優しく肩を抱いた。


「〈愛は、心の奥深くに響き、魂を揺さぶる。〉」


 (ささや)く彼の声は下心以上に、心配と愛情に満ちていた。美香子は彼を見上げ、小さく頷き、再び吟遊詩人の歌に耳を傾ける。


「〈愛の調べは、静かなる夜に響く、

 運命の糸に導かれし二人の影。

 月の光は、彼らの秘めたる想いを照らし出し、

 星々が見守る中、誓いの言葉が囁かれる。


 彼の心は、彼女の美しさに囚われ、

 彼女の魂は、彼の優しさに魅了される。

 だが、世界の理は残酷で、

 彼らの愛は、禁じられた果実のように。


 彼は雇われ商人であり、彼女は主の妻。

 愛は、社会の理に背いてはならぬ。

 それでも彼らは、ひと時の幸せを求め、

 秘密の逢瀬(おうせ)を重ねる。


 運命は彼らを試す。

 彼女の夫が疑念を抱き、

 二人の関係が露見する日が近づく。

 彼らの愛は、試練にさらされる。


 彼は決断を迫られ、彼女は涙を隠す。

 愛することの代償は、重く。

 心は、痛みで満たされて。


 そして、別れが訪れる。

 彼は旅立ち、彼女は家庭へと戻る。

 愛は、時の砂に埋もれていく。


 歌は、二人の物語を永遠にする。

 愛と悲しみの歌が。


 時に至上の喜びを、時に甘美な毒を。

 物語は、私たちの心に深く刻まれ、

 愛の真実を、静かに語りかけるのだ。〉」


 歌が終わると、人々は拍手を送り、吟遊詩人に感謝の意を表した。

 美香子もアルフレッドも、心からの拍手を送る。


「……おぉ」


 吟遊詩人の歌が静かに終わりを告げると、二人は立ち上がり劇場を去ろうと歩き始める。腕を組んで。黄昏に照らされて。

 

「素敵ね……」


 雑踏に(まぎ)れ劇場を後にする二人。数人の周囲の観客たちが、美香子達を見て驚きの声をあげた。

 物語の中の《若い男と中年女性》を彷彿とさせる二人の姿に。

 アルフレッドは、美香子の手を優しく握りながら、反応する観客たちに微笑みを返した。美香子もまた。

 観客数人が、何らか言葉を口にした。ミルトン受付嬢:ミラと同じ口の動き。

 美香子とアルフレッドの未来を祝福する言葉であった。




 アルフレッドと美香子は互いに寄り添いながら、(うたげ)の賑わいに包まれた雑踏を抜けていった。

 彼らの足音は、雪に覆われた石畳に静かに吸い込まれ、街の喧騒とは対照的な、ふたりだけの静寂を作り出していた。


「美しい夜ですね」


 賑わいから離れ、二人は静まり返った広場のベンチに腰を下ろした。冬の空気は冷たく、息は白く、しかし彼らの間に流れる空気は温かかった。

 美香子はアルフレッドの肩に頭をもたせかけ、彼の体温を感じながら、安堵の息をついた。アルフレッドは彼女の肩を優しく握りしめ、自分の元へと引き寄せる。


「えぇ……本当に」


 アルフレッドの声は穏やかで、夜の静けさに溶け込むようだった。美香子は目を閉じ、彼の言葉に耳を傾けながら、静かに同意した。

 広場には、色とりどりのお祭り飾り。

 月光を反射する雪樹は、幻想的な雰囲気を(かも)し出していた。二人はその美しさに見とれながら、互いの温もりを感じていた。


「アルフレッド様、今日は本当にありがとうございました」


 美香子の声は柔らかく、彼女の感謝の気持ちが込められていた。

 アルフレッドは微笑みを返し、答える


「美香子さん、私こそ感謝しています。あなたと過ごす時間はかけがえのないものです」


 二人は星空を眺めながら、未来について語り始めた。彼らの夢、希望、そして不安。

 美香子は、アルフレッドの隣で、自分の新しい居場所を見つけたような安心感を覚えていた。

 彼らの会話は時に笑いに包まれ、時に真剣なものとなり、そして時に沈黙が包んだ。しかし、その沈黙の中でも、互いの心は通じ合っているように二人は感じていた。


「アルフレッド様……どうしてあの時《偽名》を名乗ったのですか?」


 美香子は沈黙の後、彼に問いかけた。

 静かであり、そこには深謀遠慮(しんぼうえんりょ)が込められていた。

 アルフレッドは美香子の目を真っ直ぐに見つめ返した。

 そしてしばしの沈黙の後、やがて穏やかな笑みを浮かべ答えた。


「私はあなたに|《偽名》を名乗ったことはありませんよ」


「……」


 美香子は怒気を(はら)んだ(いぶか)し気な目線をアルフレッドに送る。

 一陣の冷風が吹き抜ける。

 しかしアルフレッドは悪戯っぽい笑みを浮かべて、次のように答えた。


「ヴァレンタインは私の《(いみな)》なのです」


「……えっ?」


 美香子が気の抜けたような返事を返す。

 ヴァレンタインは続ける。


「アルフレッド・エドアルト・ヴァレンタイン・ド・ホノリア。それが私の名前です。アルフレッドは王家の一員として使う公の《通称:(あざな)》。そして――」


 一拍(いっぱく)置いて、一際(ひときわ)真剣な表情で、


「ヴァレンタインは私の《本当の名前》。家族や……《想い人》にしか明かさない、《諱》なのです」


 心(ゆだ)ねる人への、特別な信頼の証。


「アルフレッド様……いえ、ヴァレンタイン」


 気づけば美香子の目には涙が浮かんでいた。


「わたしは……とんでもない誤解をしていたのね」


 ヴァレンタインは美香子の頬に優しく触れ、零れる涙を指先で(ぬぐ)い取る。


「美香子、私たちの出会いは運命だったと思います」


 夜空には星々の煌めき。


「んっ……ちゅっ……」


「ちゅぅ……んぅ……」


 気づけば、二人は口づけを交わしていた。

 どちらからという訳でもなく、自然と、さながら重力に引き寄せられるかのように。


「好きよ、ヴァレンタイン」


 美香子とヴァレンタインは静けさの中で、互いの心を通わせるかのように、何度も何度も口づけを交わし合った。

 唇が触れ合うたびに、美香子は自分が人妻であるという現実を忘れ、ただただヴァレンタインとの愛に浸る。

 彼女の心は、今この瞬間だけは、自身が何者であるか、どんな責任を背負っているか、それを忘れさせるほどの強い感情に包まれていた。

 

「私もです、美香子」


 ヴァレンタインもまた、美香子との深い絆を感じながら、その言葉に愛を込める。彼女の髪を優しく撫でながら。


「はぁはぁ……美香子、今日の事一生忘れません……ちゅぅ……」


「……んはぁ……嬉しい……」


 一際長い口づけを交わした後、美香子とヴァレンタインは、お互いの目を見つめ合い、気恥ずかしそうに微笑み合った。互いの瞳に映る、満たされた表情。

 かくして青年と熟女は恋仲となった。


挿絵(By みてみん)

・あとがき


 という訳で、第二章完結です。


 お楽しみいただけていたら幸いです。

 ブックマーク、リアクション等、本当に励みになっております(≧▽≦)


 次は《第二章 エピローグ》を投稿する予定です。

 さて話は変わるのですが……


 実は本日Amazonでオリジナルのライトノベルを出版させて頂きました!


 『きっとあなたは運命の人だと思うから 《歴史オペラ ふぁんたじー×たいむ》』というタイトルで、ファンタジー世界に存在する、近未来の日本が舞台の小説です。


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 イラストは七一枚。すべてカラーイラストで、見開きイラストも八枚あり、イラスト集としてもお楽しみ頂ける作品となっております。

 試し読みも、五〇ページ以上ございますので、もしよろしければ一度お手に取って頂ければ幸いです。


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 自信作です!

 よろしくお願いします。

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