《第二五話:破》
両手剣を交えるは、ルドマンとリザードマン。
薄明かりが差し込む古びた石畳の上で、互いに一歩も譲らない二者の鍔迫り合い。
しかし、その一進一退の攻防は、
「え?」
リザードマンの突然の消失によって幕が下ろされる。リザードマンの体は突然光に包まれ、次の瞬間には戦場から消えていた。まるで夢幻のように。
「何が起きた?」
周囲の敵味方共に一瞬静まり返る。呆然とする衛兵のそんな呟きが漏れる。
だがほどなく、ウォーリアーズの団員たちから歓声が上がった。
駆は、手にした《転移の小水晶》をじっと見つめていた。アルフレッドから託されたこの小さな水晶が、今、運命を決する鍵となる。
心は決まっていた。
「天空の精霊よ、僕に力を。光に溶け、影も形もなく、世界に満ちる空気の如く。クリア……! 姿を消せ……!」
彼の唇から《クリアの魔法》の詠唱が静かに零れ落ちる。水晶を透明化させる。
その透明な水晶は、まるで空気に溶け込んでしまったかのよう。全く見えない。
「フォース……!」
駆の手が軽く宙を切ると、《転移の小水晶》は静かに浮かび上がり、彼の意志に従って動き始めた。
彼は集中を深め、ウォーリアーズ前線部隊と交戦する両手剣リザードマンに向けて、見えない力|《フォースの魔法》で水晶を突進させた。
不可視の水晶は矢のように飛び、リザードマンの鱗に触れる。
一瞬の出来事。リザードマンは光の粒子へと変わり、戦場から消え去った。
「(やった! うまくいった!!)」
駆は半分小躍り、半分安堵の内心。上手くいくか、彼にも確信はなかった。
モビル・ポーターは二つで一つ。対となる小水晶同士が反応しあいテレポートの魔法を発動させる魔動機だ。
「(あとは、アルフレッドさんの《聖魔》を信じよう)」
当初の計画では、アルフレッドが対となる小水晶を持つ《聖魔》――モンスターマスターの仲間の魔物を区別して特にそう呼ぶ――を、自身の持つ小水晶で呼び出す算段であった。
「(次は……)」
だがもちろん反対も可能だ。つまり、駆の持つモビル・ポーターで、アルフレッドの聖魔達の元にテレポートすることが。
駆はクリアの魔法で透明になった転移の小水晶をフォースの魔法で動かし、リザードマンにそれをぶつけることでテレポートの魔法を発動させ、この戦場から遠く先へと標的を瞬間移動させたのである。
今あるいはほどなく後、アルフレッドの聖魔とリザードマンは交戦状態に入るであろう。
「クリア……!」
駆は、もう一つの《転移の小水晶》を取り出した。魔法を唱える。
彼の目は、リザードマン弓兵の姿を捉えていた。かの弓兵は戦場を俯瞰し、ウォーリアーズの攻撃圏外から油断なく隙を窺い、急所となるポイントを的確に射抜いてくる。美香子・美姫の二神官がいなければ、ウォーリアーズはとうの昔に戦線を崩壊させていたことだろう。
そうでなくとも、ウォーリアーズの前衛数人が重傷を負い、後衛へと退く憂き目を見ている。危険な存在だ。
「フォース……!」
駆は、クリアの魔法を唱え、水晶を透明化させた。それはまるで空気のように見えなくなった。彼はフォースの魔法を使い、水晶をリザードマン弓兵に向けて静かに動かした。
「覚悟はいいな、衛兵達よ!」
ルドマンの声が、戦場に響き渡る。彼は荒い息を整え、再び剣を構える。
「希望の光が、闇の力を打ち払う。絆を結び、力を合わせん――聖なる領域で味方を癒やし、敵を退けん。共に歩む道を照らす光よ、今、ここに輝け! ホーリーサークル!」
美香子は祈りの言葉を唱え、癒しの光を仲間に送り続けている。
「オラァオラァ! どうした、トカゲ野郎! その程度か?!」
信彦とジェイクもそれぞれの武器、片手剣と拳を駆使し、リザードマンと数多の衛兵相手に大立ち回りを続けている。
「(今だ!)」
そして勢い先程と同じく、今度はリザードマン弓兵に向けて転移の小水晶を突進させた。
「……え?!」
避けられた。
リザードマン弓兵は唐突に矢を放つ手を止めると、身軽に飛び上がり、素早く巧みに身をかわした。透明な水晶は、彼の下方をすり抜けてしまう。
「!?」
駆の目と、リザードマンの目が合った。駆ははっきりと視認する。
リザードマンがニヤリと、してやったりとほくそ笑むのを。
マグレではなかった。読まれていたのだ。リザードマン弓兵は、先頃駆に向けて渾身の一射を放ち、見事にかわされてしまっていた。駆はかの弓兵の要注意対象にリストアップされていたのである。
「シュルルルル! ククククッ!」
フォースの魔法も、クリアの魔法も、全てお見通しであった。監視されていたのだ。
リザードマンは勝利の言葉を口にすると、弓を構えた。
リザードマン弓兵の目は透明化された、不可視のはずの転移の小水晶の位置を正確に見定めていた。音や風。透明になっても消せないものはある。彼はそれを敏感に察知し、小水晶の位置を割り出したのであった。
熟練弓兵の中には、弓を構え引くその瞬間、時が凍り付いたかのように止まって見える者がいるという。
「グリュリュリュ! ズズズゥゥゥウーーッ!」
まさしく彼こそが、リザードマン弓兵こそがかの弓兵であった。
研ぎ澄まされた彼の眼は正確に目標を捉え、確かな技術に裏打ちされたその名弓から放たれる一矢は、空を裂くかのごとき高速で駆け抜け、小水晶を射抜く、
「――マッスルゥゥゥゥゥウウウウウウウウウーーーーッ!!」
かに思われた。
「パワァァァァァアアアアアアーーーーーーーッ!!」
宙に舞うは、白銀に輝く盾。信彦が渾身の力で自身の愛盾:ミスリルガードを上方にぶん投げた。
宙を駆けるは、白銀に煌く盾。ジェイクが全力の一蹴で持って、ミスリルの盾を蹴り下げた。
「ヴァラララララ?! ザザザッ!?」
矢は防がれた。ミスリルの盾によって。
信彦によって高速で飛ばされた盾は、ジェイクの正確無比なコントロールによって、矢の軌道に割り込み、見事に受けきった。
「(有難う、パパ、ジェイクさん!)」
並みの盾ならば、たとえそれが鋼の盾であっても、リザードマンの鋭き一矢は貫通していたことだろう。
だがミスリル製の盾はビクともしていない。
信彦がかつて美香子やジェイク達ウォーリアーズ創生期メンバーと共に《古代の神秘の武具》を探し求める道中に見つけ出した、秘宝と呼ぶに相応しい強力な防具だ。羽のように軽くて、しかし恐ろしく丈夫。
「モルェルェルェルェ――」
リザードマン弓兵は悔恨滲む言葉を漏らしながら、光と共に消え去った。
駆は、渾身の一射を放ち隙が生まれたかの者に、フォースの全力を込めた俊足で転移の小水晶をぶつけたのであった。手のひらを前面に突き出している。
隙は一瞬であった。が、軍配は駆にあがった。
「時は今! 総員、突撃!!」
戦いの潮流は決定的な転換点を迎えた。戦場に突風が吹く。
軍師たるサンチャゴは大声で、応える傭兵団は鬨の声を上げた。
「望みは風となること――時空を超えて! アクセル!」
「幻影乱舞ッ!!」
「百烈斬ッ!」
勢いづくウォーリアーズ傭兵団は直ちに総攻撃に打って出る。
伯爵軍の前衛はあっという間に突き崩された。残るリザードマン二体も、仲間の突然の消失にやはり動揺は隠せず、攻撃の冴えも鈍る。
信彦とジェイクは追撃の手を緩めることはない。特に信彦は盾を手放したことで、片手剣を両手持ちし、攻勢を強める。
リザードマン二体はたまらず後方に、伯爵を守る最終防衛ラインまで退かざるを得なかった。
「希望の光が、闇の――グハッ!」
「はははっ! 油断禁物ですぞ」
ダメ押しの一撃。
サンチャゴが地に落ちていた槍を手にすると、勢いよく投擲した。狙いは伯爵軍神官。
見事命中。投げ槍に貫かれた神官は血しぶきをあげて、仰向けに倒れ込んだ。サンチャゴの敏捷性と腕力はさるもの。彼の一見ぽっちゃりした温和な容姿は敵の油断を誘い、戦術面で有利に働く。
「ひぃぃぃいーーー! もう……駄目だ……」
「おしまいだ……助けて、助けて……」
伯爵軍の衛兵たちは、一人また一人と《自ら》武器を地に落とす。彼らの顔には恐怖と絶望が浮かび、ウォーリアーズの前に膝をつき、降伏の意を示した。
その光景は武器を手に、戦い抜こうとしていた残りの伯爵軍の士気を大きく削ぐ。次々と降伏の波が広がっていく。
「私はプラチナ級冒険者クラン:ウォーリアーズ団長:桐島 信彦! ベルギガ辺境伯ゲオルギオス、勝負はついた! 大人しく降伏せよ!!」
勝敗はここに決した。
ネヴァースプリング城の戦いは、ホノリア王国の勝利に終わったのである。
・あとがき
次回はいよいよ、第二章最終話です!
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それでは、次話でまたお会いできると信じて




