《第二三話:死闘》
ネヴァースプリング城謁見の間。
壁に掛けられた古の旗が剣と魔法の衝撃で揺れる中、ウォーリアーズの団員たちはベルギガ辺境伯ゲオルギオスの衛兵たちと激しく交戦していた。戦いの熱気で満たされ、鋼と鋼がぶつかり合う音が響き渡る。
美香子はその混沌とした戦場の中、癒しの呪文を唱え仲間たちの傷を回復させていた。彼女が放つ聖なる光が輝き、団員たちの体だけでなく、心にも安らぎを与えていた。
「(あの僧侶たちを潰せば、戦況は一挙に儂らへと傾く)」
ウォーリアーズは質の面で辺境伯軍に勝ってはいたものの、数の面において圧倒的に不利な状況にあった。
二〇対五〇から始まり、信彦達精鋭の活躍により敵の数を減らしていったものの、城内からの援軍の到着により、依然として二〇対四〇の兵力差がある。謁見の間への通路を封鎖しているのでこれ以上の増援はないが、それは同時に通路封鎖の為に人員を割いてしまっていることを意味していた。二倍以上の兵力差だ。
「(まずは片方……あのデカい娘から始末してくれる)」
信彦とジェイクの戦闘能力は圧倒的だ。常に一人で二,三人の衛兵を相手にし、着実に撃破していく。
しかしもちろん無傷という訳にはいかない。鎧兜や道着を装備していれば違ったであろうが、今二人が纏っているのは儀礼用のそれだ。
数は力。蓄積ダメージにより傷だらけ、体力切れで戦闘続行不可能となるところだが、後方に陣取るウォーリアーズのヒーラー:美香子ともう一人、三〇代前半の女性僧侶:朴 美姫の活躍により、無傷のまま無尽蔵の行動力で戦い続けている。
「天空の精霊よ、儂に力を。この世界を照らす光。雷鳴と稲妻の化身となりて、轟け。ライトニング……! 正義の鉄槌を……!」
謁見の間の、吹き抜けの二階に潜んでいた伯爵の魔導士が小声で呪文を詠唱する。
伯爵側の魔導士と回復術士は、ポーターによる出現直後にウォーリアーズが奇襲によって最優先で始末していた。
故に軍師:サンチャゴも、油断していた、ということは否定できない。
謁見の間天井付近。目標のちょうど真上に小さな雷雲が出現する。
「きゃっ!」
「――しまったッ!」
時を置かず、稲妻が落ちた。謁見の間に眩いフラッシュが発生し、その場にいるすべての者が一瞬視界を奪われる。
女性の悲鳴が聞こえ、焦燥と切迫にかられた男性の声が零れた。
「ッ! 美香子さん!」
狙われたのは美香子だった。
普段の古代ギリシア風のキトンのドレスをまとっていたのであれば、稲妻の一閃や二閃程度であれば、さほどのことはない。加護を受けたドレスに敵の魔法力は軽減され、美香子は多少の火傷ダメージを負う程度。回復魔法で一発解決だ。
「どうして……?」
だが美香子が今まとっているのは、儀礼用のドレス。ミルトン冒険者ギルドでアルフレッドと邂逅した際に纏っていた、見た目は洗練されているも、何の防御力も持たない《ただの服》であった。たった一筋であっても稲妻を受ければ、ひとたまりもない。
空気が震え、静電気が絨毯を這い、美香子の周囲に魔力が集まる。
短い瞬時の猶予であったが、彼女は自分を狙う脅威を感じ取り、杖を構えて防御の呪文を唱えようとした。が、間に合わない。
「はははっ! やってやったわ……! 次は――グワァァァアアアーーッ!」
その時、アルフレッドが飛び出した。彼は美香子に襲い掛かるであろう脅威を感じ取った。
そして彼女を庇うように身を投げ、突き飛ばした。
雷はアルフレッドの体を貫き、まとっていた質の良いジュストコールを瞬時に焼き焦がした。
彼は激しい痛みに顔を歪めながらも、どこか満足げな表情を浮かべ、地に伏せ、動かなくなった。
「美香子さん! 王子に回復魔法を!!」
放心状態の美香子を傍目に、しかし戦場では変わらず激戦が繰り広げられている。
魔法を発動した瞬間、透明になり潜んでいた伯爵軍魔導士の姿が露になった。老人の魔法使いであった。レオンが直ちに弓で狙いを定めて、矢を放った。
狙いは多少外れたものの、肩を負傷した老人。バランスを崩し、階下へと落下。床に激突後、動かなくなる。
「ママ、しっかり!!」
美香子と同じく後衛に控える駆が寄り添い、中衛のサンチャゴが慌てて引き下がり、美香子に指示を出す。
象徴とはいえ大将たるアルフレッドが瀕死の重傷。ウォーリアーズに走る動揺の色は濃い。ただちに立て直さなくてはならない。
クランのもう一人の回復術士の美姫は何とか仲間たちを支えようと、懸命に魔力を振り絞っている。この非常事態にあっても臆することなく、そのスレンダーな細身な体で持って地にシッカリと足を付け、浮足立つことなく、冷静に戦場を見、優先順位を付けて戦士達に回復魔法をかけている。
「(しっかりなさい! 美香子!!)」
美香子は後輩の健闘をバネに自分を奮い立たせる。倒れこんでいた己が体を気合で起こすと、アルフレッドへと駆け寄り、
「傷つきし者達に安らぎを――癒しの力よ! キュア!」
神聖なる力で持ってアルフレッドを治療しようと試みる。しかし重傷を負ったアルフレッドに、ただの回復魔法一つでは応急処置にすらならない。延命措置がせいぜいだ。
覚悟を決めた美香子は、より強力な回復魔法を使う為、長き詠唱を始める。
「命の灯火よ、再び輝きを取り戻せ。時の流れを巡り、生命の息吹を呼び覚ます。絶望の淵から希望の光へと導く、偉大なる力よ。傷ついた魂に安息を、疲れた肉体に活力を――」
「大丈夫よ、アルフレッド。あなたを死なせはしないわ!」
美香子は詠唱の合間に名を呼びかけながら、治療の魔法をアルフレッドに施し続けている。彼女の紫の宝石のはめ込まれた杖からは温かな癒しの光が溢れ、焼け焦げたアルフレッドに向けて流れ、優しく包み込んでいく。
ネヴァースプリング城謁見の間の戦いは、熾烈を極めている。ウォーリアーズの団員たちは、伯爵ゲオルギオスの陰謀を阻止するために、彼らの全てをかけて戦っていた。
クランの回復の要:美香子は救われたが、犠牲は大きく象徴とは言え大将のアルフレッドが重傷を負い、美香子は彼の治療に専念している。
アルフレッドのダメージは酷く、容易には回復しない。状態は深刻で未だ意識すら取り戻せていない。
「(勝負の時か……!)」
数的優位は何とか保っていたものの、ジリジリと追い詰められていた伯爵軍。回復術士が一人となったことで、ウォーリアーズの攻勢は明らかに弱まっている。
伯爵方の回復術士は初手の奇襲を逃げ延びた二人を残すのみ、魔法使いは階上の老人の撃破により全滅してしまった。アルフレッドが息を吹き返せば、再びウォーリアーズは伯爵方と回復術士の数で並ぶことになる。
今しかない!
ゲオルギオス伯爵は両手をジュストコールの懐に忍ばせると、二つの《転移の小水晶》を取り出した。
「出でよ! 我が精鋭!!」
伯爵を中心に眩いフラッシュが放たれる。
「竜兵団よ! 侵入した賊共を駆逐するのだ!!」
現れたのは四体の魔物。
人間より一回りも大きな体躯。鱗で覆われた肌。全身が厚い筋肉により盛り上がっている。
「竜戦士か! 皆、気を付けろ!! 今までの敵とは次元が違う!」
リザードマンは、その名の通りトカゲの特徴を持つ二足歩行の魔物だ。
竜戦士の異名に違わず、鱗で覆われた肌と全身を覆う厚い筋肉の鎧は、剣や矢の攻撃をも弾き返すほどの防御力を誇っている。
「おい野郎ども、こんなん滅多にあるもんじゃねぇぞ!」
そしてその身体は筋肉質でありながらもしなやかで、驚異的な速さと敏捷性を兼ね備えている。
現れたリザードマン達も例にもれず、伯爵の命を受けて、躊躇うことなく瞬く間に戦闘行動に移行する。衛兵たちの合間を器用に素早く縫うように移動すると、
「素っ裸じゃねぇリザードマンなんざ、そうお目にかかれるもんじゃねぇぜ!」
信彦やジェイク達ウォーリアーズ前衛に、襲い掛かった。彼らの動きは素早く、そして力強い。その一撃一撃は、城の石畳を容易くかち割り、壁を震わせた。
ウォーリアーズの団員たちは、この新たな敵の出現に戸惑いを隠せなかったが、
「王 健、今こそ俺達の筋肉力を見せる時だ!」
「おうよ! 任せとけ、アニキ! 人間の力ってもんを見せてやろうぜ!!」
皮肉屋ジェイクと、彼とどこか滑稽な軽口のやり取りをする信彦を見て、肩の力が抜けたのだろう。
団員達は立ち直り、活力を持って目前の戦いに臨んだ。
「クッ……! こいつら、他の雑兵どころか、並みのリザードマンとも比にならない強さだぞ……!」
信彦ジェイクと共に戦線に立っていたウォーリアーズの両手剣戦士:ルドマンが、同じく両手剣を持ったリザードマンに翻弄されている。
実力だけで言えば、リザードマンと互角の実力を持っているルドマン。彼の剣は、まるで舞うように優雅でありながらも力強い。
だが状況がそれを許してはくれない。リザードマンたちの社会は厳格な階級制度に基づいている。すなわち団結力と協調性は非常に高い。
普通魔物は人間と協力して戦うことが苦手で、聖魔の騎士は魔物のみで部隊を編成し、戦闘を行う。だが種族特性として他者と連携する能力が高いリザードマン。
ゲオルギオスに鍛え上げられたリザードマン達は、種族の垣根を越えて、人間たる衛兵たちと協力して、ウォーリアーズを攻め立てている。
すなわち、リザードマン一体+衛兵二人を相手にする両手剣戦士ルドマンは今、圧倒的に不利な情勢にあった。信彦やジェイクはそれぞれリザードマン一体に、加えて四人の衛兵を相手にしている。
到底援軍は望めない。
「し、しまったッ……!」
リザードマンの長い尾。それはバランスを取るだけでなく、強力な武器としても機能する。
絶え間ない攻撃を何とか防御し、負傷を美姫の回復術で癒して、凌いでいた華麗なる両手剣戦士。だが、均衡が崩れた。
リザードマンの両手剣を自身の両手剣で何とか弾き返し、衛兵の槍の突きをすんでのところで躱してかすり傷で済ませたものの、ルドマンの体勢は危ういものになっていた。
そこに、ルドマンの足元にリザードマンが尾でもって足払いを掛ける。
盛大にすっころんだ。
「――氷漬けにする力を。フローズン! この世界に凍てつく冬を!」
「駆君! すまない、助かった!!」
リザードマンが飛び上がり、上段から両手剣の下突きによる止めの一撃をルドマンに加えようとしたが、間一髪で間に合った。
駆が氷の魔法を発動させ、ルドマンの前に氷壁を展開。両手剣は氷を砕くに留まった。
ルドマンもさる者。身を転がし、危険地帯から脱すると直ちに起き上がり、態勢を立て直した。再び一体+二人と向き合う。
されど危うき状況は続く。
・あとがき
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それでは、またお会いしましょう。




