《第二二話:乱》
城塞都市:ネヴァースプリングは、秘めたる緊張と静かなるざわめきに包まれていた。
「さて……どうする?」
ゲオルギオス辺境伯は書斎の大窓から外を眺める。
彼の視線は、遠く霧峰山脈の荘厳な山々へと向けられている。
縫うように走る山道とトンネル。生き物のように山肌を這い、貫く。魔王軍の進軍ルートだ。
「煙に巻くか……いや、あるいは……」
しかし、今日彼の心を占めているのは、外敵の脅威ではなく、内政の難題だった。言葉は空気に溶け、未決の思索が書斎に満ちる。
ネヴァースプリングの城が誇る堅牢な外観。高く灰色の石が積み重ねられた城壁には、時の流れを刻む苔が静かに息づいている。
城の門は鉄製で、複雑な紋章が刻まれた巨大な扉が厳かに訪れる者を迎え入れる。城の塔は空に向かってそびえ立ち、その尖塔は太陽の光を反射してきらめいている。粉雪舞い散る曇り空であっても。
「使節からは武器を取り上げておけ。たとえ儀礼用の武器であってもだ」
城内には王国の歴史を物語るタペストリーや絵画が飾られている。
天井は高く、壁には武具を象った装飾が施されている。
廊下は長く複雑に曲がりくねり、万一城内に敵の侵入を許しても、容易には落城しないように設計されている。
「よく来たな、我が甥よ」
その厳かな城の一室にて、ベルギガ辺境伯ゲオルギオスは、国王の勅使たるアルフレッド王太子とその一行を迎えた。彼の目は冷ややかだ。場は、張り詰めた空気に包まれている。
「転移の大水晶を使わずに、我が領地を視察しながら参内とは。すっかり監察官が板についたようだな」
ただ態度はさておき、勅使の話に耳は傾けていた。
「一つ。不当に市民を搾取し、時に謀略を巡らせ、己が子飼いの武将に市民を隷属せしめんとしたこと」
封建制を強化し、
「――翠峰村の牧場にオークを解き放ち、村を損壊させ、重税の代わりに自治権を剥奪しようとし――」
軍事力を強化し、
「一つ。密かにならず者達を匿い、いやしくも忠誠を誓わせ、己が野望の手足としたこと」
クーデターを起こし、
「――雪樹郷と飽食街の間に広がる森林地帯を縄張りにする山賊に武器や防具、軍事訓練を施し、王領地の流通に混乱をもたらそうと――」
ゲオルギオス《国王》となる。それが彼の野望であった。
「随分と好き勝手に言ってくれるな……だがな我が甥よ、証拠はあるのか?」
しかし今や、その計画が露見してしまったのだ。
ゲオルギオスは苦虫を嚙み潰したような表情を浮かべ、覚悟を決めた。
嵐の前触れのように、その声が重苦しい沈黙を破った。
「ここにいる勇敢なる冒険者達ウォーリアーズの協力を得て、多数の物証、証人を押さえています……叔父上、覚悟を決めて王都へ出頭なさってください」
アルフレッドは力強く。その言葉からは、正義の決意が感じ取れる。
実際のところ、この事態は辺境伯の想定の範囲内ではあった。
だからこそ、城に入る前に武装を解除させるよう衛兵には厳命していたのだ。
ゲオルギオスはニヤリと笑みを浮かべていたが、
「この者たちを捕らえよ!! 王国の使者を名乗る曲者どもが! 出鱈目を抜かすでな――」
一行の中の黒髪の青年:桐島 駆の姿を見て、表情が固まった。凍りついた。
いや正確に言えば、
「おい! 武器は取り上げよと命じておいたはずだ!!」
彼の持っていた《鏡》を見て。
「《エルパッド》だ! あのエルパッドを早く奪い取れ!!」
だがゲオルギオスの発言を理解、少なくとも瞬時に理解出来たものはいなかった。
衛兵たちの中で、エルパッドが何なのか知る者は、ただの一人とて《いなかった》から。命令は、彼の期待に反して、混乱を招くだけ。虚しく響く。
そしてそのエルパッドが、場の戦況を一変させる。
「し、しまったッ!!」
駆のすぐ近くに、全長三メートルはあろう巨大な物体が、突如出現した。
そして直後眩い光が、勅使一行の周囲を覆い――
「叔父上……いえ、逆賊ゲオルギオス! 覚悟なさい!」
その光が消えると、そこには――
「ホノリア王国王太子として、貴方を拘束します!」
《二〇人近く》の、《完全武装した》プラチナランク傭兵団:ウォーリアーズの姿があったのである。
「ホノリアの運命は、俺達クランの双肩にかかっている。皆、いくぞ!」
ウォーリアーズと城の衛兵たちとの戦闘が繰り広げられている。金属製の武器がぶつかり合い、火花が散る。
「調子になるなよ、傭兵風情が! 我々が本当の戦いというものを教えてやろう!」
ウォーリアーズのメンバーたちを王城にテレポートさせたのは、駆であった。
魔動機の一種、スマホモドキの《エルパッド》にあらかじめ《転移の大水晶》を収納しておき、それを謁見の間でエルパッドから取り出し出現させたのである。
あとは転移の大水晶を、魔動機の扱いに慣れたアルフレッドが素早く起動。
宿屋で待機していた戦闘準備万端のウォーリアーズのメンバーを召喚し、アルフレッドや信彦達も彼らから武具を手早く受け取り、装備する。
「皆様、事前の手筈通りに!」
門番の目をごまかすために、エルパッドを《自撮りモード》にしておき美香子に持たせておいた。衛兵の隙を狙って、城内で駆の手に戻された。
「(団長やジェイク達クラン精鋭が、敵の注意を引き付け――)」
謁見の間は、戦いの渦に飲み込まれていた。壁に掛けられた古のタペストリーが、剣のぶつかり合う音と共に揺れ動く。
盾を構えた信彦が、衛兵たちの猛攻を巧みに受け流す。そして彼の剣は、まるで自ら意志を持つかのように敵の防御の隙間を斬り裂いていく。吹きすさぶ風のように素早く、流れる水のように柔軟に。
白髪交じりの黒髪が、戦いの熱気で舞い上がる。
「風の精霊よ、僕の声を聴いて。翼を広げ、空を駆けて。敵を吹き飛ばし、仲間を守って。ウインド! この戦場に嵐を!」
「くそ! 魔法使いか!! 奴だ! 奴を集中し――グハァァァッ!」
駆の手には、輝きを放つ魔導書。己が意思を持つかの様に、独りでに次々と捲れていくそのページからは強大な魔力が溢れ出ている。
火炎、雷撃、突風。駆の魔法が敵を次々と撃退していく。
レオンは狩人としての技術を駆使し、弓矢で敵を一撃のもと仕留めていた。正確無比。
そして相棒たるミケ。ケットシーの変化術によって、普段の数倍の大きさに巨大化している。銅だけで三メートルはある。
ミケは敵に飛びかかり、その鋭い爪で引き裂いていた。
後衛の駆とレオン、前衛のミケ。見事なチームワークだ。
「(その間に、敵の増援を防ぐために、謁見の間に繋がる四つの通路を封鎖し、入り口の閂も降ろす――)」
ジェイクは、その筋肉質で細身の体を活かし、武術家としての技を駆使していた。
彼の動きは猛烈でありながらも計算されたもので、敵の攻撃を巧みにかわしながら反撃を加えている。
彼の武器は、長年の修行で鍛え上げられた強靭な拳。それは衛兵たちの鎧をも凹ませ、その内の生身の体にダメージを与えるほどである。
「やるじゃぁねぇか……衛兵にしてはな」
戦いの中でも、ジェイクの皮肉屋としての一面は垣間見える。
一方、サンチャゴ。
彼は普段と同じく常に微笑んでいるような表情をしており、そのぽっちゃりした体型と相まって、彼の存在はこの戦場において不相応にも見える。
鋭い剣の閃光が交錯し、戦士たちの叫び声が響き渡る中、まるで春の陽気を運んできたかのように温もりを放つ彼は、ある意味この戦場で誰より異彩を放っている。
「あのな、本当の戦いってのは、お前ら宮仕えが思い描くような華やかな舞台じゃあねぇんだよ」
だがさるもの、彼も冒険者クラン:ウォーリアーズの一員だ。サンチャゴは突撃してきた槍の一本をヒョイッと身軽に躱す。彼はただの愛嬌ある男ではないのだ。
衛兵に生まれた隙、そこを見逃さず、滑り込むように現れたジェイクが、衛兵の横っ腹に強力な一突きを放った。猛獣のように俊敏。さながら稲妻のごとく。
嘔吐し、嗚咽を漏らしながら衛兵はその場に倒れ込んだ。
「戦いは日常そのものなんだよ! 俺らウォーリアーズにはな! 出直してきな!!」
サンチャゴは戦場の各所で起こる小さな変化にも敏感で、戦況を有利に導くため、指示を下している。
彼の臨機応変な策には、敵の弱点を突くための罠や、仲間を守るための防御戦術も含まれる。
その戦術眼のおかげで、これまでの数多くの戦いで、ウォーリアーズは勝利を掴み取って来たのである。
「(数的劣勢は、坊ちゃんや美香子さんの魔法の力で補う)」
しかし名戦術家:サンチャゴといえど万能の神ではない。
「ふむ……今のところは順調のようですね」
クランの回復の要:美香子の身に危機が迫っていた。
・あとがき
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それでは、またお会いしましょう。




