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《第二一話:ベルギガ辺境伯領》

 秋も深まる頃。

 ウォーリアーズ一行は、ベルギガ辺境伯領の都:ネヴァースプリングへの道中にあった。

 地面を落ち葉に()き詰められた森を脇目に、石畳で舗装(ほそう)された街道を進んで行く。


「今日はここまでにしようか。皆、野営の準備だ!」


 薄紅色に染まる夕暮れの空が、一行を照らしだす。

 そして日が暮れる頃には、野営地の設営が完了した。


「さて、明日に備えてそろそろ寝るとするか」


 夜の帳が下りる。焚き火の炎が踊り、その周囲には冒険者達の影が()れていた。

 就寝前の美香子は、その日の疲れを()やすかのように、カップ片手に静かに(ほむら)を眺めている。炎の中で舞い踊る無数の火の粉。その光景が、彼女の心に小さな安らぎをもたらす。


「美しい夜ですね」


 そんな彼女の元へ、ヴァレンタインが近づいてきた。彼の声は穏やかであった。夜風に乗って美香子の耳元へと届けられる。


「星々が、まるであなたの瞳のように輝いています」


 しかし美香子にはそれが《耳障(みみざわ)り》に感じられた。彼女はただ無言でヴァレンタインに視線を向ける。

 時を戻すとしようか……



 

 ミルトンの冒険者ギルドのエントランスに、ガレス信彦ヴァレンタインの三者が戻って来た。


「鍵は少し離れたところに保管しておりましてな。しばし、席を外させてもらいます」


 ガレスはそう言うと、冒険者ギルドのカウンター奥へと消えて行った。


「実は、皆さんにお伝えしたいことがあります」


 そんな中、ヴァレンタインは真剣な面持(おもも)ちで美香子、駆、信彦の前に立っていた。彼の瞳には決意の光が宿り、その口からは重大な告白がなされようとしていた。


「ウォーリアーズの皆さんには、監察官であると名乗っていましたが――」


 彼は言葉を切り、一呼吸置いてから


「私の名はアルフレッド」


 と静かに、しかし力強く言葉を紡ぎ始めた。美香子は目を見張る。


「《ホノリア王国の王太子》です」


 その告白に、美香子だけでなく、信彦と駆も驚きの表情を隠せなかった。

 アルフレッドは続ける。


「私がここに来たのは、王国を揺るがす陰謀(いんぼう)の真相を探るため。そして父である国王陛下にその子細をご報告するため」


 アルフレッドの言葉が、美香子の心を激しく揺さぶる。


「近いうちに、皆様に再びお目にかかることになると思います。その際には、是非私の、いえ国王陛下より依頼されるであろうクエストをお受け頂きたいと考えております」


 彼女はアルフレッドの言葉の、その真意を探ろうとする。


「この国の平和と安定のため、私に出来ることをしたい」


 美香子は、彼の言葉に心を打たれながらも、


「そして、(こころざし)を同じくするウォーリアーズの皆さまにも是非協力して頂きたいのです」


 彼が彼女に隠していた、いや彼女を(だま)していたことに対する怒りを抑えきれなかった。


「……」


「王国の王子様?」


「……ご要望は承知いたしました、アルフレッド王子殿下」


 信彦は冷静に状況を分析(ぶんせき)し、駆は驚き、美香子は押し黙る。アルフレッドに各々の反応を示す。

 そして、現在へ……




「美しい夜ですね」


 アルフレッドの発言に、美香子はただ無言で頷くだけだった。

 彼女の心は乱れていた。なぜなら青年監察官:ヴァレンタインが、実はホノリア王国の王子:アルフレッドであったことを知ってしまったからだ。


「星々が、まるであなたの瞳のように輝いています」


 彼女は、彼が自分たちウォーリアーズについて探りを入れるために身分を偽って、自分に接触して来たのではないかと疑っていた。


「(いくらわたしがオバサンだからって……色仕掛けなんて、人を舐めすぎでしょう!)」


 その怒りが、彼女の態度に表れていた。感情の(うず)に飲み込まれそうになるのを必死に(こら)える。


「もう夜も遅いので、就寝させて頂きます。お休みなさい(王子だかなんだか知らないけど、女の心を(もてあそ)ぶなんて……最低!)」


 アルフレッドは何かを言おうとしたが、美香子は彼の言葉を遮るように立ち去った。彼女の後姿は、彼に対する怒りと不信感を色濃く物語っていた。

 アルフレッドはその場にポツンと立ち尽くし、しばらく彼女の去った方角を見つめていた。


「皮肉なものですね……」


 そして彼は呟き、深くため息をつくと、焚き火の側で一人(たたず)むのであった。




 ネヴァースプリングの門が遠くに見えると、ウォーリアーズ一行は安堵の息をついた。(つい)に《春遠城(ネヴァースプリング)》に到着したのだ。

 南以外の三方に山脈を抱えるこの都は天候が不安定で、春と秋が短く、夏と冬が長い。


「雪か……この世界でも降るんだね」


 さすがに平野部は粉雪が舞う程度であるが、山脈の高高度には既に雪が積もっているのが確認できる。


霧峰(きりみね)山脈。魔王軍との最前線か……」


 山頂は雲海に覆われて、伺い知ることも出来ないほどの標高を持つ山脈。

 《山脈の北に広がる暗黒帝国》は、山脈を貫通(かんつう)するトンネルを穿(うが)ち、敷設(ふせつ)した山道を駆って、軍を何度となくホノリア王国へと差し向けている。

 大魔王・人類戦争の最前線。それが春遠き都:城塞(じょうさい)都市ネヴァースプリングだ。


「我々は王国の勅使(ちょくし)である! 遠路はるばる参じた」


 遠くネヴァースプリングの姿を捉える頃には、アルフレッドは王太子としての風格を漂わせ始めた。

 都の門に辿り着くと、アルフレッドは身分を明かし、国王の親書を見せた。衛兵たちは平伏し、最優先で一行を都市へと入場させた。

 彼らがまず向かったのはネヴァースプリングで最も格式高い宿屋であった。


「では皆さん、参りましょうか」


 団員たちは豪華な装飾に目を奪われた。

 多くの団員は宿屋で待機。信彦、美香子、駆、サンチャゴ、ジェイク、そしてアルフレッドの六名だけが、旅の(ころも)から、儀礼用の相応しき衣装に着替え、伯爵(はくしゃく)の居城へと向かっていった。


挿絵(By みてみん)


「私はホノリア王国王太子:アルフレッド。伯爵との面会を求める!」


 居城の門前。衛兵たちは警戒の目を光らせていた。アルフレッドは一行の前に出て、王国の使者を名乗り、伯爵への謁見(えっけん)を求めた。


「王太子殿下、申し訳ありませんが特例はありません。ここは大魔王軍との最前線。王国北方軍司令官たる辺境伯閣下(かっか)の安全が最優先なのです」


 事前の連絡が功を(そう)し、入城許可は出た。

 が、武器を置いていくよう要求された。『儀礼用の武器であり実用性はない』アルフレッドは伝えるが、暖簾(のれん)に腕押し。

 一行はやむなく、といった調子で武器を衛兵に手渡していく。


「ご婦人から鏡を取り上げることもないでしょう」


 衛兵たちは厳重であった。美香子が持っていた鏡すら取り上げようとするほどに。アルフレッドが口添(くちぞ)えし、衛兵たちもやり過ぎだと思ったようだ。


「確かにただの鏡のようですね。失礼いたしました。お返しいたします、ご婦人」


 一行は衛兵に案内されて居城を進んだ。城は堅固な作りで、それは大魔王との激しい戦いの歴史を物語っていた。伯爵に面会するため、長い廊下(ろうか)を歩く。


叔父(おじ)上、我々は王命を帯びております」


 重厚な扉が開くと、そこは荘厳(そうごん)な伯爵の間であった。天井は高く、壁には武具を(かたど)った物々しい彫刻(ちょうこく)が施され、窓からは薄暗い光が差し込んでいる。

 玉座にはその主の姿。ベルギガ辺境伯:ゲオルギオス。《ホノリア現国王:エドアルト》の《腹違いの兄》だ。

 アルフレッドは自信に満ちた態度で話し始めた。彼は《伯爵が謀反(むほん)(たくら)んでいる疑惑がある》と述べ、その子細を説明した後、王都への出頭を命じた。


「国王の名において、真実を明らかにするため、伯爵殿の協力を求めん!」


 ゲオルギオス伯の表情は一行登場の初めから(けわ)しいものであったが、アルフレッドの告発を受け、さらに顔つきが(いか)めしいものになっていった。


「あいつも随分(ずいぶん)と……偉くなったものだな」


 そしてゲオルギオスは、覚悟を決める。


「この者たちを捕らえよ!!」


 衛兵たちにアルフレッド一行を拘束するよう命じたのである。

・あとがき


 お楽しみいただけていたら幸いです。


 高評価、ブックマーク、リアクション、感想など頂けると、嬉しいです(≧▽≦)

 それでは、またお会いしましょう。

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