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《第一九話:ひとときの 後編》

 夕暮れが深まり、ウィンターウッドの街は紫色の夜の(とばり)に包まれていく。街灯が一つずつ灯り始め、その温かな光が石畳の道を照らし出す。空は星の(またた)きを始め、月が静かにその顔を出し、夜の静寂が街角の隅々(すみずみ)まで静かに広がっていった。


「美香子さん、料理はお口に合いますか?」


 美香子は、レストランの柔らかな照明の下で、ヴァレンタインと向かい合って座っていた。彼女は赤色のドレスを身に纏い、新しい杖を横に置きながら、彼との会話に花を咲かせていた。

 深紅のドレスは、レストランの照明に照らされて、まるで夜空に浮かぶ一輪の花のように輝いていた。


「はい、とても美味しいです」


 レストランは、弦楽器によって(かな)でられる華やかな音楽に満たされている。

 音楽は、まるで彼女の心の中の感情を奏でているかのように、時には激しく、時には優しく響き渡る。


「監察官の仕事は実際のところ抽象的なものです。何か特別な権限があるわけではありません」


「でもヴァレンタインさん。あなたはわたしを助けてくれましたわ」


「《市民の方たち》のおかげです。私の力ではありません。私は彼らの手を借りて暴漢たちから、美香子さん、あなたを救い出すことが出来ました」


 ヴァレンタインは、その場の空気を変えるような存在感を放っている。彼の茶色の髪は光に当たると輝き、緑色の瞳は深い思索の色を秘めている。

 美香子は彼の勇敢さと優しさに心を惹かれた。そして、謙虚(けんきょ)に語る彼のその誠実な姿勢に、何より心惹かれた。


「その時、わたし達ウォーリアーズは『古代に生み出された』と伝わる神秘の遺物を探して旅をしていました。魔王討伐に、強力な武器や防具は不可欠ですから」


 美香子が冒険の話をすると、言葉を重ねるたびに、ヴァレンタインの目は輝きを増していった。


「監察官様が、このような話に興味を持って下さるのは、意外でしたわ」


 美香子が言うと、ヴァレンタインは少し照れくさそうに笑って返す。


「私も子供の頃には冒険者に(あごが)れていました。大人になったら『勇者になって、大魔王を討伐するのだ!』と。美香子さんのお話は、そんな()りし日の自分を思い出させてくれるのです」


 美香子がレストランの柔らかな照明の下で、自分の過去と冒険について語り始めると、ヴァレンタインもまた彼女の強さと温かさに引かれていった。

 美香子の目は、遠い記憶に焦点を合わせるように、時折遠くを見つめる。


「旅の中で、わたし達団員は自分自身の内面とも向き合いました。孤独と恐怖、疑念に(さいな)まれました。しかしわたし達はそれを乗り越えて、魔王討伐への決意を再確認するようになりました。遺物を探す旅は、ただ強力な武具を獲得するためだけのものではありませんでした。精神的な成長の旅でもあったのです」


 まるで夜空を舞う(ちょう)のように、美香子の言葉がヴァレンタインの心の中を軽やかに舞い上がる。


『彼女の話す言葉からは、活力と希望が感じられる』


 ヴァレンタインは心からそう思った。


「そしてついに、わたし達は古代の遺物を発見しました。ですが、それはわたし達が想像していたものとは違いました」


 レストランでの食事を楽しむヴァレンタインは、美香子との時間を心から満喫(まんきつ)していた。彼女との会話は(はず)み、好奇心が絶えない。


「遺物は、単なる武具ではなく、人の内に秘められた真の力を呼び覚ます鍵でした。それは、わたし達がこれまでに築き上げてきた経験や知識、そして心の安定が合わさった時に、初めてその真価を発揮するものだったのです」


 ヴァレンタインとの会話は、美香子に新たな視点を与えた。


「監察官というのは、表向きは遊学する上流階級の子弟のための名誉職ですが、実際にはもっと深い役割があります」


 ヴァレンタインは、シャツの(そで)を折り返しながら静かに言った。


「私たちは、王国の平和を守るために、影で動くのです」


 彼は、彼女が見たことのない世界について語った。


「王国の政治状況は、常に変動しています」


 ヴァレンタインは言葉を選びながら慎重に語っている


「私たち監察官は、その変化を見極め、調整する必要があります」


 食事が進むにつれ、ヴァレンタインはさらに多くの話をした。


「監察官は暗黒街の人間や、時には王国の貴族や大商人といった有力者と対峙(たいじ)することもあります。それは、命を落とす危険を伴うことを意味します」


 『監察官は王国の各地を巡り、市井(しせい)を知ることで、国の実情を把握し、それを王国政府に伝える役割も担っている』ヴァレンタインは説明した。

 彼の仕事は、形式的なものではなく、王国の根幹に関わるものであった。

 美香子は、彼の話に夢中になった。


「私たちの役割は、見えないところで王国を支えることです」


 ヴァレンタインは、決意を秘めた瞳で美香子を見つめながら言った。


「それは、時に孤独な戦いですが、王国のためならば、その戦いを喜んで受け入れます」


 美香子は彼と過ごす時間が心地よいものであることを感じていた。

 この夜が終わった後も、ヴァレンタインとの関係を出来ることならば大切にしたいと思った。


「そういえば《私の名前がヴァレンタイン》だということは他の方には秘密にしておいてください。監察官はその任務の性質上、名前を秘匿(ひとく)することを義務付けられているのです」


 しかし、ふとした瞬間に『これが夫や息子、家族への裏切りにあたるのではないか?』という考えが頭をよぎる。


「ええ、二人だけの秘密です」


 魔法の力で灯る街灯ランプ。夜の帳が下ろされたウィンターウッドを仄かに照らし出している

 食事を終えた後、美香子は拠点に戻り元のドレスに着替えた。そしてヴァレンタインと共に、ミルトンの街へと戻る。

 別れ際、ヴァレンタインが


「また、一緒に食事をしましょう」


 と提案した。美香子は言葉を返さず、ただ優しい微笑みを浮かべて手を振った。

 夜空には星々がきらめき、月が二人を優しく照らし出していた。


「ふふっ」


 ミルトンの街の宿に戻った美香子は、ウィンターウッドから持ち帰った深紅のドレスを丁寧(ていねい)にクローゼットにかけた。その瞬間、《ヴァレンタインとのデート》の記憶が蘇る。

 心惹かれる会話、温かな笑顔、そして流れる魅惑(みわく)的な時間。美香子は思わず小さな笑みを浮かべ、クローゼットの扉を静かに閉じたのであった。




 美香子がヴァレンタインとの邂逅(かいこう)を経てから数日して、昼頃ミルトンの街に信彦達ウォーリアーズの主力が到着した。


「おかえりなさい、パパ」


「ただいま、ママ」


「疲れたでしょう? パパや皆の宿の部屋は既に取ってあるわ。今日はゆっくり休んでね」


「そうだな……みんなにはそうしてもらうとするよ。だけど、俺にはやることがあってね。ママ、とりあえず宿で一息ついたら行かなくてはいけないところがある。この街の冒険者ギルドに」


 宿で簡単な食事を取る信彦。温かいスープと新鮮なパンを手早く食べた。

 他の団員は、(みな)各々(おのおの)の部屋でくつろいだり、街で評判の食事処へと地元の料理を求めて繰り出していった。


「浴場に行ってくる。それとママ……と、あと駆にもギルドに一緒に来てもらおうと思っている。二人とも身だしなみを整えておいてくれ」


 大衆浴場へと繰り出す信彦は美香子と駆にそう言伝(ことづて)を残した。

 目を見交わす美香子と駆。


「パパ、なんか急いでるみたいだね。明日じゃダメなのかな? あの盗賊の親玉の尋問(じんもん)だよね?」


「そうね……それに正装してギルドに行くなんて、ママ、初めてだわ」


 駆はエルダリオン魔法学院の制服に身を包み、美香子はドレスに着替えた。先頃ウィンターウッドで纏っていたものとは別のもので、それほどセクシーな印象は与えないフォーマルなものであった。控えめながらも品格を感じさせる。

 一方で、制服を身に纏った駆は、若々しい瑞々(みずみず)しさを(たた)えている。


「それじゃあ、行こうか」


 大衆浴場から帰って来た信彦も普段の鎧兜を宿屋に置き、ジュストコールの正装を纏った。その姿はまさしく風格ある紳士である。

 桐島一家三人はミルトン市の冒険者ギルドへと向かう。


「ええ」


「うん」


 数十分後、彼らは目的地に到着した。

 石造りの壁、神竜の紋章。その威厳は、ギルドの誇り高き歴史を物語る。

 信彦は重厚な木製扉を開けて建物の中へと入った。


「お待ちしておりました、ウォーリアーズの皆さん」


「えっ?!」


 広々としたホール。普段であれば冒険者で賑わう場所であるが、そこに人の姿はなく静寂が支配していた。

 ただ一人を除いて。


「お初にお目にかかります、監察官殿」


 テーブル前の椅子に座っていた青年が立ちあがり、三人に向かって歩いて来る。

 信彦と握手を交わす。


「妻の美香子と、息子の駆です」


「どうぞよろしく」


「は、はい。よろしくお願いします」


「……はい」


 微笑みを浮かべて握手を交わす青年。

 駆は緊張し、美香子は動揺した様子である。


「ミルトン冒険者ギルドマスターのガレスです。それでは、信彦殿、監察官殿、例の男の独房(どくぼう)へご案内いたします」


 信彦と青年はガレスに連れられて、盗賊の頭が捕らえられているギルド地下の牢獄(ろうごく)へと向かって行った。


「ママ。エルペディア、魔動機で見たんだけど、監察官は王国の上流階級の子弟がつく名誉職なんだよね? 何をするんだろう?」


「えぇ、そうね……」


 手を口に当て、思案(しあん)する様子の美香子。


「(ヴァレンタイン……まさか、こんなに早く。しかも、こんな風に再会するなんて……)」


 駆の質問を受けて思案しているように見えていたが、実際には別の事に思考を取られる人妻:美香子なのであった。

・あとがき


 お楽しみいただけていたら幸いです。


 高評価、ブックマーク、リアクション、感想など頂けると、嬉しいです(≧▽≦)

 それでは、またお会いしましょう。

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