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《第一七話:出逢(であ)い》

 美香子は新しい杖を求めてミルトンの街を歩いていた。石畳を歩くその足取りは軽快だ。

 そして、足を止める。

 彼女の瞳は、店のショーウィンドウに飾られた杖たちに惹かれていた。中でも一本の白樺(しらかば)の杖が特に彼女の心を(とら)えた。

 その杖は、繊細な銀の装飾が(ほどこ)され、青く輝く宝石が()め込まれており、まるで星々が夜空に輝くかのように美しかった。


「これは素晴らしいわ」


 天井から杖の上に吊り下げられていた札で、その性能を確認する。申し分ない。

 美香子は思わず呟きを漏らす。


「おや……もし、あなたはウォーリアーズの」


 その時、彼女は偶然にもキャラバン隊の商人と出会った。


「道中の護衛、有難うございました。皆さまには感謝してもしきれませんな」


 そしてしばし雑談を交わした後、商人は


「よろしければ、帰り道もウォーリアーズにキャラバン隊の護衛をお願いしたいと思うておるのです」


 依頼を申し出た。しかし、美香子は申し訳なさそうに首を横に振り、現在の状況を説明した。ウォーリアーズは団長にして、美香子の夫である信彦の命でこの街から離れられないのだ。


「そうですか……」


 商人は落胆(らくたん)した様子で、


「となると、ベルギガ辺境伯の領土を通って、迂回(うかい)するしかないかね……」


 と(こぼ)した。ウィンターウッドの街――ウォーリアーズが拠点としていて、美香子たちも先頃まで滞在(たいざい)していた――からミルトンの街の最短経路は森林地帯を抜ける道。だが、盗賊の脅威というリスクがある。


「申し訳ないですわ」


 森林の道以外には、ベルギガ辺境伯の領土を通るという道がある。迂回ルートだ。

 それだと関税がかかり、日数も余分にかかるという。ただ治安は良いらしい。

 関税がかかるのは、ミルトンやウィンターウッドは王領地であり、辺境伯領との境界には関所が設けられているからだ。


「事情が変わりましたら連絡を……そういえば、その店はこの街の僧侶たちの間でも評判ですよ」


 と商人は美香子に、含んだ調子でそう言って立ち去って行った。


「この杖……高いわね」


 ショーウィンドウへと視線を戻し、杖の下に置いてある値札に目を落とした美香子。

 彼女は落胆した調子で呟いたのであった。




 美香子は、杖を求めてミルトンの街を引き続き練り歩いていた。


「……」


 しかし、気がつけば人通りの少ない裏通りに迷い込んでしまう。不安に駆られる美香子。


「おい、美人さん、どこへ行こうってんだい?」


 その時、粗野(そや)な声が耳に入った。ならず者が近づいてきた。


「へぇ~、歳は食ってそうだけど、アンタ良い体してんなぁ? おい」


 美香子は恐怖で硬直する。


「す、すみません。わ、わたし……」


 最初の一人だけならまだしも、ならず者は物陰から一人、また一人と次々現れる。

 杖も持たず、丸腰の美香子。恐怖で思わず体が動かなくなる。


「じゃあこっちに来てもらおうかい、お姉さん? 俺達全員でたっぷり可愛がってやるからよぉ」


「……ッ!」


 だがそこは歴戦の冒険者。

 覚悟を決めると、自分の(ひざ)を手で叩き、叱咤激励(しったげきれい)。体が動ようになる。

 美香子は身を(ひるがえ)し、一目散に逃げ去ろうとした。


「おいおい、逃げられるわけねぇだろ、オバサ……じゃあなかったなかった、お姉さん」


 が、背後から距離(きょり)を詰めて来たならず者に腕を掴まれた。動けなくなる。


「離して! 離してよ!!」


 美香子は腕を振って男の腕を解こうとするが、腕力が違いすぎた。ならず者は汚らしい見た目をしていたが、その腕は太く、筋肉で服が盛り上がるほどであったから。


「たくっ、手間かけさせんなよ、オバサ……お姉さん? まあオバサンでいいよな? アンタ、どうせ欲求不満なんだろ?」


「誰か! 誰か助けて!!」


「俺達若者が、アンタみてぇな体持て余した人妻の体を使ってやるって言ってんだ! 大人しく、こっち来いよ! チッ、この女意外と力つえぇな! って、おい! このアマ、蹴りやがった!」


 美香子は隙を見てならず者に金的を食らわせようと足を蹴り上げたが……(かわ)された。


「へへっ! いい根性してんじゃねぇか! 気に入ったぜ」


 ならず者は力づくで無理やり美香子を抱きしめると、顔を近づけて来た。


「誰か……助け――」


 絶望。か弱い消えゆく声を振り(しぼ)る美香子。

 だが、その言葉は最後まで(つむ)がれることはなかった。


「おい! 何をしているんだ、お前たち!!」


「あぁ?!」


 裏通りの入り口に、一人の青年が立っていた。

 質の良いジュストコールを身にまとう彼は、脇に差したレイピアを抜刀し、声を張り上げる。


「私は監察官! 王国の治安を(つかさど)る者!! お前たち、そのご婦人に何をしようとしている!! 答えろ!」


 良く通るその声には威厳があり、断固たる意志を感じさせた。

 髪は茶色、瞳は緑色。顔立ちは特別端正(たんせい)ということはないが、その声と同じく、意志の強さを感じさせる容姿をしている。


「……」


 威圧されるならず者達。美香子を抱きしめていた男も、硬直して動けなくなってしまっている。


「ん、なんだなんだ?」


()め事かい? いやだねぇ、勘弁しておくれよ」


 ほどなく、裏通りに人影が現れ始めた。

 確かにここは裏通り。だが、表通りからそう遠くはない位置にある。

 ならず者のたまり場とは言え、騒動を察知して野次馬たちの注意が向き始める。


「……おぃ……やばくねぇか」


「あぁ……そうだな」


 ならず者たちは、裏通りの奥へとそそくさと消えていく。


「さぁ。君が何をしようとしてたのか? 是非話してもらおうじゃないか」


「お、おれぁ……」


 そして残ったのは美香子を羽交い絞めにする一人だけとなった。

 冷や汗をかき、目は泳いでいる。形勢はすっかり逆転していた。


「お、おれぁ、このオバサ――お姉さまを表通りまでご案内して差し上げようとしてあげようと思っただけでさ……蹴られそうになって、ついムキになっちまって!」


「ほぉ」


「アンタ様が考えていらっしゃるようなことなんてとても、するつもりなかったわけで」


「私の考えていたこと?」


 青年が(まゆ)(ひそ)怪訝(けげん)そうな表情をする。ならず者は震えあがった。


「し、失礼しやしたーーッ!!」


 ならず者は美香子を青年に押し付けるように突き出すと、すぐさま回れ右して仲間たちの後を追おうとするが、


「イデッ! て、テメェ、このアマ!!」


 後ろから衝撃を受けて思わず地に倒れ込む。

 そこには足を蹴り上げ、今度こそ金的を決めた美香子の姿。

 ならず者は股間を押さえ、悶絶しながら美香子に殴りかかろうと


「……す、すいやせんでした……」


 したが、その背後からの青年の(するど)い視線に、撃ち抜かれた。

 縮みあがったならず者は股間を押さえ、情けない姿で裏通りに消えて行った。




 ミルトンの街の喧騒を背に、美香子はカフェの片隅(かたすみ)でほっと一息ついていた。彼女の前には、監察官の青年が座り、彼女の安否を気遣う優しい眼差しと言葉を向けていた。美香子は、最近続いた不運な出来事について話し始めた。声は静かで落ち着いていたが、話には、その時に彼女が感じた緊張や緊迫がにじみ出ていた。

 青年は美香子の言葉に耳を傾けながら、時折相槌(あいづち)をうち、彼女の苦難を思いやる。


「ウィンターウッドには、以前から杖やドレスを購入している懇意(こんい)のお店があるのですけれど……」


 ウィンターウッドとはご存知、美香子たちウォーリアーズの拠点がある街で、先頃キャラバン隊護衛任務を引き受けた街である。

 美香子は『傭兵団の都合で、今このミルトンの街を離れるわけにはいかないのです』と商人にした時のように説明した。

 彼女の目は遠くを見つめている。


「《転移の大水晶(グラン・ポーター)》を使うのはどうでしょうか?」


 青年は提案した。


「ポーターを使えば、一瞬でウィンターウッドに行けますよ」


「でも……」


 転移の大水晶は、大きな街などに設置されている転送装置で、使用すれば一瞬で人や物を移動させることができる。


「私は監察官です。費用は全てこちら持ちとさせてください」


「ほ、本当ですか?」


 だが使用には、たった一人の移動であっても、一万デナリウスという大金が必要となる。先頃解決したグリーンヒルズ村のクエスト攻略の報酬に匹敵(ひってき)する額だ。

 故に一般市民には滅多(めった)に使用されることがなく、たとえ商人の一団であっても護衛を雇い、街道を通って街を行き来しているというわけだ。


「監察官として、王国の治安を司る者として、力及ばなかったことへの罪滅ぼしです」


 彼の声は断固としており、その言葉には強い信念を感じさせる。


「ありがとうございます……お言葉に甘えさせて頂きます……」


 美香子は、彼の提案に驚きながらも、感謝の意を表した。

 そして、ある事に気づいた。


「そういえば……監察官様、あなたのお名前は?」


 事情を聞かれる中で、美香子は自分の名前や身分を明かしていたが、青年からは身分しか聞かされていなかった。当局の事情聴取という側面があったので、不自然なことではなかった。

 だが恩義を受けることになり、美香子としても青年の名前を知りたいと思った。


「名前、ですか……」


 彼女が尋ねると、青年は一瞬躊躇(ちゅうちょ)し、沈黙した。


「……ヴァレンタイン、とお呼びください」


 だが、ほどなく自分の名前を明かした。


「ヴァレンタイン様。改めて、よろしくお願いしますわ」


「えぇ、お任せください美香子さん」


 右手を差し出す美香子。ヴァレンタインは微笑み、その手を握った。

 カフェの窓から差し込む光が、二人の姿を照らし出す。さながら舞台に注がれるスポットライトのように。

 二人の間に信頼の絆が生まれたように見えた。

・あとがき


 お楽しみいただけていたら幸いです。


 高評価、ブックマーク、リアクション、感想など頂けると、嬉しいです(≧▽≦)

 それでは、またお会いしましょう。

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