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《第一六話:帰還》

 レオンは、美香子の姿を見て息を呑んだ。彼女は踊り子を彷彿(ほうふつ)とさせる金色の卑猥なドレスを身にまとっていた。胸元や腰回りが大きく開いてほとんど露わになっている。美香子の豊満な肉体を強調し、()しげもなく(さら)している。妖艶(ようえん)な魅力を放っていた。

 彼女の目は怒りに燃えている。


「ママ! 大丈夫!?」


 駆が美香子に声をかけ、駆け寄っていく。


「駆? レオン? あなた達どうしてここに?」


 駆の声に振り向き、美香子はレオンとミケの存在にも気が付いた。

 最初は怒り、次に動揺(どうよう)の色が見え、だが最後に温かさが宿り、いつもの美香子へと戻っていく。


「この男はこの盗賊団のボスよ。わたしを攫ってきて、自分の女になれと言ってきたの。でもわたしはそれを拒否したわ。だけど、この衣装を着せられて、踊らされたのよ」


 と美香子は憎しみを込めた目で、地面で昏倒(こんとう)する金髪五分刈り筋肉還暦男を見下ろし、言い捨てた。


「踊り?」


「そうよ。で、この男が油断した(すき)に、ワインのボトルで殴りつけて倒したのよ」


「すごいずら……」


 美香子によると具体的には、油断させるための踊りは旅の途中で見た踊り子の見様見真似。そして『もう我慢できへん。とりあえず手でし――』と近寄って来たボスの股間(こかん)()り上げ、悶絶(もんぜつ)した隙に、ボスが飲んでいたワインボトルで頭を殴打した、とのことだった。


「さあ、早くキャラバン隊の元へ戻りましょう。この男を手土産にね」


 部屋にあった手錠(てじょう)で全裸の男の手足を拘束し、ベッドのシーツでグルグル巻きにすると、美香子はウインクして言った。

 彼女の服装は踊り子のままであったが『仕方ないわ』とのこと。ローブ一式は盗賊の下っ端達に奪われてしまいこの部屋にはない。肉を斬って骨を断つ。


「気の聖霊よ、対象に触れてください。僕の意思を受け入れて、動かしてください。フォース! 共にあらんことを!」


 駆はフォースの魔法を発動すると、男を宙へと持ち上げた。中々体重もありそうなこの男を三人で持っていくのは手間だ。精霊の助けを借りることで、体重の重そうな男を楽に移動させることが出来るようになった。

 三人と一匹は盗賊団のボスを連行、裏口を抜け、森林地帯を抜け、幹部達に乗り捨てられた馬車に乗ってキャンプ地へと戻った。

 夜は明け、空を染める朝焼けが(まぶ)しい。


「おぉ、坊ちゃん! 美香子さん! それにレオン君にミケ! 皆さん、よくぞご無事で……!!」


 キャンプ地へたどり着くと、態勢を立て直したキャラバン隊。

 サンチャゴはホッとした様子で喜び安堵(あんど)すると、涙を流した。


「サンチャゴさん、大丈夫ですか? 傷は?」


 駆が心配した。


「えぇ大丈夫です。他の傭兵団の神官の方に治癒(ちゆ)魔法をかけてもらいまして、傷は完治しております」


 胸に矢が突き刺さり負傷したサンチャゴだったが、致命傷ではなかったようだ。四肢(しし)の欠損など重傷の場合はさておき、大半の外傷は回復魔法で難なく治癒できる。

 サンチャゴは盗賊団に襲撃をかけるため、傭兵団をまとめ、攻撃部隊を組織し、ほどなく森に突入しようとするところだったという。


「ところで坊ちゃん、その男は?」


 とはいえ顔は青白いサンチャゴ。『休んで欲しい』と駆は言い、それを受けてサンチャゴ『お言葉に甘えて』と返すついでに続けた。


「盗賊団のボスだよ。捕まえたんだ」


「それはまた無茶をなされる」


「僕じゃないよ。ママが倒したんだ」


「なんと? 美香子さんが」


 美香子は着替えのためにテントに入っていったのでこの場には、駆サンチャゴレオンミケだけだった。

 駆とレオンは盗賊幹部追跡から美香子救出までのあらましをサンチャゴに話した。


「なるほど……坊ちゃん、この男もしかすると私達が追っていた事件にまつわる重要人物かもしれません。次の街についたら冒険者ギルドに連行しましょう」


 駆たちの話を神妙に聞きとると、サンチャゴはそう返し、その場を去った。代わりに美香子が場に戻って来た。


「それじゃあ、朝食にしましょうか!」


 服装は古代ギリシャ風のキトンのドレスに戻った。少しデザインは異なるが、予備はあったようだ。

 調子を取り戻した彼女を見て、安堵する駆、そしてレオンミケなのであった。




 朝方にキャンプ地を後にしたキャラバン隊は、その日の夕方に目的の街に辿り着いた。夕暮れの空に染まる街の姿。安堵の息が漏れる。

 幸いなことに、盗賊団の襲撃は勢い壮絶(そうぜつ)であったものの、被害はそれほどではなかった。怪我人は傭兵団には出たものの皆既に回復魔法で治療済み、商人たちに多少財産的被害はあったものの保険で補償される程度だという。

 ピンチはチャンスとでも言おうか。窮地(きゅうち)に一生を得た商人たちは『命拾いしたよ。君たちを雇ってよかった』とむしろ感謝するものが多く、クエスト報酬(ほうしゅう)は色を付けて貰えることになった。


「団長と連絡が取れました」


 冒険者ギルドに盗賊団のボスを引き渡した後、ウォーリアーズ一同がパブで晩御飯を取っていると、席を外していたサンチャゴが戻りそう言った。

 ボスはギルドに預かってもらい、襲撃の際に捕えた下っ端連中は街の当局に引き渡した。

 今朝、駆達との再会よりほどなく、サンチャゴは特別な道具を使って、今もどこかでクエスト従事中の信彦たちに連絡を取っていたらしい。その返事が先程届いたとのことだった。


「こなしている任務にキリがついたら『そちらへ向かう』とのこと。合流したいので、我々にはここでしばらく逗留(とうりゅう)して欲しいそうです」


「分かったわ。幸いこの街は比較的大きいし賑わってる。不自由はしないわね。しばらくゆっくりしましょう」


 翌日、クエスト完了の祝宴(しゅくえん)が開かれた後、ウォーリアーズのクランメンバーに休みが与えられた。

 駆は美香子やレオン、サンチャゴと一緒に街を散策した。主目的は美香子の新しい装備品を求めてのウインドウショッピング。道中、レオンは駆に市場に並ぶペット用の魔物の生態について聞かせてくれたりした。サンチャゴはこの街の露店を巡り美味しいものを皆に振舞った。ミケは可愛らしい仕草で、一同に温かい微笑みを運んできた。


「ママ、そういえばあの衣装はどうしたの? あそこの店で、もしかしたら売れるんじゃない」


 そんな折、駆が(きら)びやかな衣装を売る服飾店を指さした。


「あぁ、あの衣装ね……捨てたわ。あんなもの、二度と見たくないもの」


 美香子が顔を(ゆが)めながら答えた。


「そうなんだ……残念。高くで売れたかもしれないのに……」


「おばさんだけど、わたしも女性だからね。あんな下卑(げび)な男、思い出すだけでも吐き気がするもの。すぐ捨てたわ」


 両手を広げて美香子。『まあ少しもったいなかったかもしれないわね。ローブも杖も奪われちゃったたわけだし』と付け加える。

 街を見て回ったものの、お眼鏡に叶う僧侶の服や杖は見つからなかった……正確に言えばデザインや性能は申し分ないが、値段がはるものだった。

 例の踊り子衣装があれば、購入資金になっていたかもしれない。


「でも、美香子さんはとても綺麗(きれい)ずら」


 レオンが突然そんなことを言った。


「え? 本当に? ありがとう」


 美香子が驚きつつも、少し照れる。


「にゃー」


 同意するようにミケが鳴いた。


「ふふっ、優しいわね。ありがとう」


 美香子が笑って言った。レオンも、ミケも笑っていた。

 それを(なが)める駆。彼ももちろん微笑んでいる。

 帰って来た平穏な日常が、そこにあった。




 後日、美香子は街の冒険者ギルドに向かっていた。先のキャラバン隊護衛クエストの報酬受け取りのために。

 この街、ミルトン市の道は石畳(いしだたみ)で整備され、石造りの建物が立ち並んでいる。人々の喧騒(けんそう)が自然と耳に入ってくる賑やかな都市だ。商人に職人に農民、冒険者や兵士など、様々な職種の人々が行き交っている。

 美香子は人混みを進み、冒険者ギルドに着いた。街の中心部にある大きな建物。

 石造りの壁にはギルドの紋章が刻まれている。一匹の、(つばさ)を広げた白き竜。この白竜は《神竜》と美称され、冒険者の守護者と(あが)められている。

 美香子は重厚な木製扉を開けて建物の中に入る。

 中は広々としたホールになっており、掲示板やカウンター、テーブルに椅子などが置かれている。壁には武器や防具が飾られており、冒険者達の勇敢さや栄光を感じさせる。ホールには多くの冒険者たちが集まっており、クエストの話や情報交換、雑談や飲食などをしている。


「こんにちは。ウォーリアーズの桐島 美香子です。クエスト報酬の受け取りに来たのですが」


 美香子は建物に入ると受付カウンターまで進み、女性に声をかけた。


「ウォーリアーズ!? 先ごろ(うわさ)の冒険者さん達ですね。凄い! 素晴らしいです、まさかこの街にお越しになるなんて! すぐに準備しますので、こちらに必要事項をご記入ください」


 受付の女性は、興奮した様子で言うとバックヤードに駆けて行った。

 美香子は申請書に必要事項を記入し、署名した。


「これでよろしいでしょうか?」


 美香子が受付に戻って来た女性に手渡した。


「はい、問題ありません。ご苦労様でした。こちらが報酬です」


 受付の女性が金貨を数えて渡した。


「ありがとうございます」


 美香子が金貨を受け取り、革袋にしまった。


「それと……実はお願いがあります」


 受付の女性が言った。


「何でしょうか?」


 美香子が尋ねた。


「実は、王子様が皆様方ウォーリアーズにご興味を持っていらっしゃるという噂があります。王子様は魔王討伐にご熱心で、冒険者を常日頃から気にかけておられるようなのですが……」


 受付の女性が恥ずかしそうに言い、言葉に詰まった。


「どうぞ続けてください」


 美香子が優しく(うなが)す。


「はい……王子さまは、アルフレッド王子さまはこの国の未来を担う次期国王で、とても素敵で魅力溢れる方だそうです。ウォーリアーズの皆様方は、もしかしたらそのうち、王子様にお目にかかる機会があるかもしれません。もし王子様と話しすることが出来ましたら、あたしのことを紹介して頂けませんか? あたしはミラと言います。独身で、器量もそこそこだと思います。どうか、よろしくお願いします」


 受付の女性:ミラが熱っぽく、そんな突飛押(とっぴおし)もないことを頼んだ。


「ふふっ。ええ、わかりました。もし王子様とお話しすることが出来たら、ミラさんのことをご紹介しますね」


 美香子は苦笑しながらも、やはり優しく答えた。


「本当ですか? ありがとうございます! あなた達ウォーリアーズの皆さま方は、評判通り本当に優しい方達なのですね!」


 喜ぶミラ。

 美香子は女性の願いに微笑む。その純真に愛らしさを感じる。


「面白い人だね」


「えぇ、きっと心の清らかな()なのでしょう」


 ウォーリアーズの拠点に戻った美香子。駆は母の話を聞いて、そんな感想を漏らした。

 美香子も『ホノリア王国の王子:アルフレッドが魔王討伐に情熱を燃やし、冒険者たちを常日頃から気遣(きづか)い、援助に熱心だ』とは風の噂で聞いていた。


「……でも、王子様が一市民と交際するなんて、ありえるずら?」


 レオンが不思議そうに尋ねる。


「もちろんそんなことはありえないわ。あの噂は政府が流している《喧伝(プロパガンダ)》だもの」


 レオンは驚いた顔をした。美香子は続けて説明した。


「国王のエドアルト様が独身だった時も、そんな話があったそうよ。それに、アルフレッド王子の妹であるマリア姫も冒険者にご執心だと聞くわ」


 『つまりね』美香子はまとめる。


「『冒険者や冒険ギルド職員になろう』と国民に動機付けさせるために、王国政府が流してる噂なの。実際エドアルト様の奥様:エレアノール王妃も貴族出の箱入りお嬢様だったわ……大人になれば、皆それに気づくことになる。あの娘は二〇代中頃ぐらいには思えたけど……まあ純粋な娘なのだと思うわ。作りあげられた《幻想の王子様》よりも、きっと良いお相手がそのうち現れるはずよ」


「へぇ~」


「ずらー」


「にゃ~」


 現実世界と同じく、異世界にも政府による情報工作があるようだった。

・あとがき


 お楽しみいただけていたら幸いです。


 高評価、ブックマーク、リアクション、感想など頂けると、嬉しいです(≧▽≦)

 それでは、またお会いしましょう。

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