《第一話:ドラゴンアドベンチャー》
大学四年生の桐島 駆は大学での最後の前期期末試験を終えて、昼過ぎに家に帰宅した。
カギを開けてドアを開けると、母親の美香子が玄関で待っていた。
「おかえり、駆。今日は早いね」
と美香子は笑顔で言った。
美香子は際立って美人という訳ではないが、四六歳という年の割に若々しい。あと、胸が大きい。駆は友人たちからは羨ましがられることもあった。
「うん、今日は一科目だけだったから」
と駆は答えを返しつつ、靴を脱いで玄関に上がり洗面所で手を洗った後、リビングに入った。そこでは父親の信彦がテレビを見ていた。信彦は美香子と同じく四〇代だが、少し年上の四八歳。最近目立ち始めてきた白髪が悩みの種。夫婦仲は良い方であろう、と駆は思っている。
今日は祝日であったので、普段会社に出社している信彦も家でくつろいでいる。
「お帰り、駆」
と信彦は振り返って言った。
「昼ご飯は食べたのか?」
「食べてきたよ。ハンバーグとか」
事前にお昼はいらないと母に伝えていた駆。父が聞きたいのはメニューだろうと思ってそう答えた。
「晩御飯食べたいものある?」
「えーと……カレー?」
続けての母の質問に、駆は適当に答えた。
「カレーか。それは良い! それにしよう!!」
と信彦は妙に上機嫌で、テレビを消して椅子から立ち上がるとリビングから出て行った。よほどカレーが食べたかったのだろうか?
「お風呂湧いたけど、駆入る?」
リビングでジュースを飲み、お菓子を食べながら録画していたアニメを見ていると、美香子が声をかけた。
「うん、入るよ」
何時であろうが、家に帰ったらお風呂に入る。それが駆の習慣であった。アニメを一話見終わると、駆は席を立ってリビングを出て、お風呂場に向かった。
「ん? 何これ?」
そして途中にあった棚にあるものを見つけた。それはゲーム機とソフトだった。それも随分古めかしい。
ゲーム機はファミコンで、箱に書かれていた写真を見て、駆にもすぐにそれが分かった。
一方でソフトのパッケージには、剣を持った勇者に魔導書を持った魔法使い、杖を持った僧侶、そして相対する蠢く魔物達の大群が描かれていた。
駆はそれだけではピンと来なかったが、パッケージに書かれたタイトルを見て、あぁ、と思わず声を漏らした。
表紙には『ドラゴンアドベンチャー』と書かれていた。
「ママ、これって?」
駆はゲームソフトを手に取って、リビングに戻ると母にそう尋ねた。
「ああ、それね。パパが買ってきたんだよ」
美香子が微笑みながら答えた。
「昔やってたゲームらしいよ」
「確かあれだよね? ドラゴンアドベンチャーって、パパが昔はまってたっていう?」
駆は懐かしそうに言った。
駆は子供の頃からゲームを良くプレイしていたが、子供時代ゲームをプレイする駆に信彦は、
『パパは若い頃、ドラゴンアドベンチャーっていうゲームにはまってたんだ! 日本でのRPGの草分け的な、革新的な作品だったんだぞ!!』
と熱く語り始め、
『しかし残念なことに第一作で打ち切りになってしまった……複雑すぎた、難しすぎた……いや、時代を先取りしすぎていたんだな~』
などとしみじみ語って締めるのが、何度となくあったお決まりのパターンだった。
「そうそう。昔ファミコンでやってたんだよね。ママも何度も聞いたよ」
美香子は苦笑いする。
駆が中学生くらいの時だったか、ドラゴンアドベンチャーをネットで検索し調べてみると、確かに《知る人ぞ知る名作》という評価がチラホラと見受けられた。
しかし《クソゲー》というのが、このゲームの一般的な評価であった。現在でもリメイクやリマスターはおろか、アーカイブやSTEAMでの配信すらされていない。
「すごく面白かったって言ってる人、僕ネットで見たことあるよ。勇者になって冒険したり、モンスターと戦ったりするんだよ。ファイナルマジックって、ママ知ってる? あれと似てるっていうよ」
「へぇ、そうなんだ」
美香子はあまり関心がなさそうであった。
駆はパッケージを開けてみる。中には黄色を基調としたソフト、そして説明書が入っていた。説明書にはゲームのあらすじや登場キャラクター達、世界観設定やモンスターの紹介、序盤のおすすめの攻略法などが書かれていた。
「ママも、読んでみる?」
駆が聞いた。
「うーん……わたし、ゲーム興味ないし」
しかしそう言った後、美香子はハッとした様子で続けた。
「でも駆はプレイしてあげなきゃだめよ。パパ、これ買って帰ってきて、すごく嬉しそうだったから。きっと早めの大学卒業のお祝いなんじゃないかしら?」
駆は、その時の自分の父の様子を想像して、思わず口元を緩めてしまう。
リビングを意気揚々と出て行った父信彦であったが、どうやらこんな可愛いサプライズを用意するためだったよう。
「そっか。じゃあお風呂あがってからでも遊んでみようかな」
美香子は微笑んだ。
「じゃあ、お風呂行ってきます」
・あとがき
次回、異世界転移します! よろしくお願いいたします。
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