《第一三話:危機》
舞い上がる火の粉。静寂に包まれた夜空が真紅に染まる。
平穏なひと時は一瞬で崩れ去った。
「敵襲だ! 盗賊どもが夜襲を仕掛けてきたぞ!」
炎に包まれる野営地。地獄絵図だ。キャラバン隊の商人達はある者は恐怖に震え、ある者はパニックに陥り、またある者は貴重品を抱えて逃げ惑った。
護衛たちは武器を手に必死の防戦。敵の刃から彼らを守るために。
「ギャハハッ! さすが商人様御一行だ! 金銀財宝、取り放題だぜ!!」
敵は盗賊団。彼らはキャラバン隊が森を抜けて、気が緩んだところを狙って、夜襲をしかけてきたのだ。
「大変だっ!」
駆はテントに戻り魔導書を手に取とると、勢いよく飛び出した。
そして詠唱を始めた――その時だった。
突然、背後から誰かが駆の肩を掴んだ。
「危ない!」
後ろに引きずり倒される。
尻餅をつく彼の前に、仁王立ちしていたのは、
「サンチャゴさん!?」
その人であった。倒れ込むサンチャゴ。
「うぐっ……」
サンチャゴは苦しそうに呻く。
胸に矢が刺さっていた。
「サンチャゴさん!」
狼狽える駆。
「坊ちゃん、逃げて……」
サンチャゴは駆の手を握り、弱々しい声で。
彼の瞳には悲しみと、そして深い愛情の色が滲んでいた。
「おいおい、小僧が何でこんな場所にいんだ? ボンボンのガキじゃねぇか」
駆の前に現れたのは、盗賊団の男だった。彼は皮肉な笑みを浮かべて、弓を構えていた。
「……」
駆の体は震えている。ブツブツと何事か呟いている。
そんな彼を、盗賊の男は見下しながらジロジロと全身を嘗め回すように視線を泳がしていた。
「まあ捕まえりゃあ身代金せしめられんな。来な、クソガキ!」
品定め。
男は弓を背に掛けると、駆の髪を鷲掴みにした。
「――放ちましょう。フレイム! 焼き尽くせ!」
突如、空中に出現した炎の玉が盗賊に直撃した。
「ぎゃぁぁぁぁぁぁぁああああああ!!!」」
火だるまとなった盗賊は悲鳴を上げて、地面でのたうち狂う。
駆はブツブツと呪文の詠唱を唱えていたのだ。
「ざまあみろ!」
そして、らしからぬ言葉遣い。
駆の体は震えていた。恐怖からではない。怒りからだ。
盗賊を一瞥して、サンチャゴへと視線を向けようとした――その時だった。
「助けてぇぇぇぇえええええ!!!」
美香子の声が聞こえた。
「ママ?!」
母が叫んでいた。その絶叫は、駆の心臓を震わせた。
どこかで危機に陥っている。
「ママ!? どこ?!」
駆が声の聞こえた方向に、くまなく視線を向けていく。
目に入るのは、炎と煙と血。
母の姿は見当たらない。
「ママ! ママ、どこなの?!」
そのとき、駆の耳に再び美香子の悲鳴が届いた。その方向に目をやる。
美香子は筋骨隆々な盗賊の肩に担がれていた。捕まっていた。
「ママ!!」
美香子の手には何もなく、おそらく杖は奪われていた。
古代ギリシャ風の白ドレスは引き裂かれ、その大きな胸のほとんどが露わになっていた。美香子は羞恥で顔を赤らめ、恐怖で顔は悲壮の色に染まっていた。
彼女はまさしく無力だった。
「今助ける!!」
美香子を担ぐ盗賊は、この野営地から彼女を連れ去ろうとしていた。走っていた。
このままでは逃げられてしまう。
駆は魔導書を脇に構えて、走りだそうと――
「坊ちゃん、待って! うぐっ……!」
したとき、背後から声が聞こえた。
サンチャゴが呻きながら。必死の形相で。
「サンチャゴさん!」
振り返り、思わず立ち止まる駆。
サンチャゴは胸に矢が刺さっていたが、まだ息があった。彼は手を伸ばし、駆の足を掴んだ。血を流しながら。
「坊ちゃん、一人で行っちゃ駄目です……殺されます……」
止めようとしていた。
悲痛な声色で。
必死の眼差しで。
「でも、ママが……」
逡巡する駆。がその時、盗賊達の声が聞こえた。
「おい、ずらかるぞ!! 《目的の女》を手に入れた!」
「マジか! もうかよ! ……こんな宝の山を前にして……仕方ねぇ、野郎ども!! 撤収だ!!」
美香子を担いだ盗賊が、別の盗賊にそんなことを言う。
よく見ると二人は他の盗賊達と比べて立派な恰好をしており、鎧兜に剣盾弓と装備一式纏っている。見た目だけ言えば、一角の冒険者と見紛うほどだ。
二人の盗賊は大声で『撤収』を命令すると、自分たちは一足先に野営地から逃げ出していく。
「ママぁぁぁーーー!!」
駆は叫んだ。彼はサンチャゴの手を振り払った。
「坊ちゃん、やめて……」
サンチャゴが弱々しく言う。懇願する。
しかし、今度は迷わなかった。母を助けることしか考えていなかった。
駆は盗賊二人を追いかける。
母を奪われた悲しみと怒りが、彼の心を支配していた。
「おい! あの小僧、追いかけて来てるぞ! どうする?」
「放っておけよ……もし追いついて来たら、殺せばいい」
だが幸か不幸か、駆は二人に追いつくことは出来なかった。
盗賊二人は野営地に停めてあった馬車を強奪し、そこに手足を縛った美香子を押し込み、逃走していた。
そして駆の遥か彼方先で、リーダー格らしき盗賊二人組は馬車を乗り捨て、美香子を担ぎ、森の中へと飛び込んだ。
「はぁ……はぁ……」
数分遅れて、ようやく駆も森にたどり着く。息も絶え絶えに、飛び込む。
「くそっ! どこだ……」
彼は魔導書を抱きしめて、茂みをかき分け、盗賊達の姿を探した。
しかし、森は暗くて見通しが悪かった。木々や草や茂みが邪魔をして、足元もおぼつかない。駆は何度も何かにつまずいたり、ローブが何かに引っかかったりした。
馬車には松明が灯してあったので、何とか見失わずにここまで来れたが、森に入った盗賊たちは灯りを手にしていないのか、あるいは駆と離れすぎてしまったのか、目印となる光はどこにも見えない。
美香子の声や盗賊達の声も聞こえなかった。彼らはすでに森の奥深くに消えてしまったのかもしれない。
焦る駆。
「天空の精霊よ、僕の手に集え。闇を払い、道を示せ。輝け。フラッシュ! この世界を照らして!」
彼は両手を広げながら、詠唱する。空気中の魔力が彼の手のひらに集まり始めた。
やがて両手の交差する宙の先に白い光の玉が形成された。ふわふわと昇っていき、周囲を明るく照らし出す。
フラッシュの魔法が、夜闇を打ち消す。
「どうしよう……」
彼は母の顔を思い浮かべながら、必死に探し続けた。
だが、目の届く範囲に美香子の、あるいは盗賊達の姿はなかった。その痕跡すら見当たらない。
駆は途方に暮れる。
森の中は静まり返り、彼の心臓の鼓動だけが耳に響く。
ここに来て、彼は美香子を助ける具体的な方法がないことに気づいた。
そして自分の置かれている状況にも気づく。
彼はキャラバン隊から一人離れてしまったばかりか、この数日散々に警戒した森林地帯によりにもよって深夜に入ってしまった。
一言で言って、駆は危険な状況に陥っていた。
「ひぃっ!」
駆は悲鳴を上げた。彼の足元で何かが動いたのだ。下を見る。
そこにはムカデのような、だが全長一メートルはくだらない特大サイズの虫型の魔物がいた。
「ぎゃあああ!」
駆は悲鳴を上げて飛び退いた。そして無我夢中になって逃げだした。
ムカデの魔物は駆を追ってきた。
駆は虫が大嫌いだった。おまけに最悪なことに、つまづいて転んでしまう。
「駆さんっ!」
そんなとき、救世主が現れた。レオンだ。
彼は走りながら弓を構える。駆を追い詰め、何か仕掛けようとしているムカデの魔物に、矢を射かけた。ミケもレオンに続いてムカデの魔物に飛びかかり、魔物を突き飛ばした。
「レオン! ミケ!」
駆は歓喜した。
ムカデの魔物はレオンとミケの攻撃に怯み、たじろぎ、そして逃げ出していった。
「やったずら!」
レオンは腕を構えて勝利のポーズを取る。
「駆さん、大丈夫ずらか?」
そして駆に近づいて声をかけた。手を差し伸べる。
「あ、ああ……ありがとう……」
駆は震えながら答えた。
「美香子さんは?」
手を取って立ち上がった駆に、レオンが尋ねた。
「ママは……ママは二人組の盗賊に連れ去られた……でも、見失っちゃった」
駆は哀しそうに言う。
「おらも一緒に探すずら!」
レオンは力強く言った。
「ありがとう……助かるよ……」
駆はレオンの温かい心に救われながらも、力なく感謝する。
「でも、どうやって追えばいい? こんな鬱蒼とした森の中だよ? 手がかりがない……」
レオンは自信に満ちた声で言う。
「それなら任せるずら! おらは森の狩人! 慣れっこずら。ミケも匂いや音で、美香子さんを探せますずら!」
「本当?」
駆は目に生気が戻る。
それならば、美香子を見つけ出せるかもしれない。
「早く行くずら! 美香子さんが危ないかもしれないずら!」
レオンは言って、先導する一足先に駆け出したミケを追って、森の中を走り出した。
駆も急いで後を追った。
・あとがき
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それでは、またお会いしましょう。




