《第一章 エピローグ:吾輩はケットシーである》
吾輩はケットシー。猫の魔物である。
名前はミケという。
レオンという少年の相棒であり、猟師見習いである彼の手助けをしている。
吾輩はグリーンヒルズ村という集落に住んでいるが、最近その村が大変なことになってしまったのだ。
事の始まりは、グリーンヒルズ村のある地域一帯を統治する辺境伯が増税を決めたことにある。魔王軍に対抗するためとのことだった。
村人たちは税金を払うために、家畜を例年より多く売ったり、貯金を切り崩したりしなければならない、と対策を練っていたが、そこに思いもよらない惨事が起きた。
グリーンヒルズ村で飼育している豚の一匹がオークに変異し、村の家畜を大量に逃がしたあげく、村を破壊して回ったのだ。
幸い死者はでず、家畜たちもいくらかは村に戻すことが出来たが、多くは行方不明になってしまった。住む家を失ってしまう村人まで現れる。
ただでさえ苦しかった村の生活が、更に厳しさを増してしまうことになることが容易に想像できるだろう。
破壊された家々を元の通りに戻すことが出来るのか、それさえ定かではない。
村長は、辺境伯に減税を願い出た。税金は村を代表して、村長が辺境伯に一括納付するのが決まりだ。
が、聞き入れられなかった。
村の大人たちは窮地に追い込まれる。
『グリーンヒルズ村の自治権を辺境伯に返上する他ない』
『この際、村の若い娘を売ってしまうのはどうだ? 口減らしにもなる』
そんなおり、エルミンと名乗る妖精が現れた。妖精としての種族名はゴブリンで、オークの群れを率いていた。
彼は、村で飼育する豚を買い付けたいと言った。
村人たちは、エルミンが持っている大金に目をつけた。
村長は、エルミンとオークの群れを罠にかけて捕らえ、村の広場で磔にした。
金を奪ったうえで殺そうとしたのだ。
吾輩とレオンはその場に居合わせていなかったので、実際に何が起きたかが後に伝聞で聞いたに過ぎないが、以下の事が起きたという。
罠に嵌められたエルミンは悲しみと怒りに震え、村人たちに呪いをかけた。
呪いによって、村人たちはオークに変貌してしまった。
事情を理解しない吾輩とレオンは、村はエルミン達に騙され、占拠されたのだと思い、村から最も近い街へと向かい、そこで冒険者ギルドに討伐の依頼を出したのである。
ちなみに、依頼料は吾輩が村長宅に忍び込み、失敬した。
それとなく事情を悟ったレオンには咎められたが、やむを得まい。
純粋なのはレオンの長所にして、また弱点でもある。汚れ役とはいえ、補うのも相棒たる吾輩の務めであろう。
『この村、呪われてるわ。わたしたちの手には、とてもじゃないけど負えない』
数日後、冒険者ギルドから傭兵団が派遣されてきた。シルバークラスの中々のやり手とのことであったが、いくら村のオークを討伐しても、次の日には復活してしまう、という状況に音を上げて去って行ってしまった。
途方に暮れる吾輩たち。
だが、その傭兵団の気持ちも分からないでもなかった。吾輩たちの依頼は《村を占拠したオーク討伐》。嘘ではないが、それだけでもなかったからだ。
『助けを呼んでくるから。待っていて』
傭兵団長のその言葉を信じ、狩りをしたり、時には村に忍び込んで食料を拝借したりして、食つなぐ日々。
数週間後、ウォーリアーズという傭兵団がやって来た。
リーダーは信彦という戦士で、駆という魔法使いに美香子という僧侶がメンバーだった。
吾輩たちが、彼らの来訪に気づいたのは彼らが村のオーク達を討伐し終わってほどなくのことだった。村の人々に歓迎されるウォーリアーズ。
吾輩とレオンは出るタイミングを逸していたこともあって、以前の傭兵団とは行動を共にしたが、今回は遠巻きに観察することにした。
夜があけ、朝になった。村にオークの群れが徘徊し始める。救出したはずの村人たちの姿が消える。
いつものパターンであった。そして、以前の傭兵団の時と同じであれば、ウォーリアーズの面々は、村のある山の麓に移動するはず。吾輩たちは麓へと向かう。
やはりいた。
悩んでいる様子の面々であったが、再度村へと向かうことにしたらしい。先回りする。
村に着くと、やはりオーク達の群れが徘徊している。だが、しばらくして群れの姿がフッと消えた。
突然の事であった。
ほどなく傭兵団の面々が村の入り口にたどり着いた。彼らは、村の広場であるアクロポリスへと向かっていった。
そしてそれからしばらくして、フッと唐突にオークの群れが村の中に現れた。隠れていたというより、いきなり何もなかった場所に突然現れた、という感じだった。
オーク達はアクロポリスへと向かっていった。
顔を見合わせる吾輩とレオン。どう考えても妙なことである。
あとは同じことの繰り返し。前日と同じく、村人たちを救出したウォーリアーズは歓迎の宴会を受け、夜も更けると村長宅へと向かっていった。
吾輩とレオンは、住処にしている狩猟小屋へと戻った。そして今日見た奇妙な出来事について話し合った。
もちろん話し合ったと言っても、互いに言葉を直接交わせるわけではない。吾輩は人語を話せないし、レオンも吾輩の鳴き声の意味を解することは出来ない。
だが意思の疎通は出来ていた。吾輩はそう思っているし、レオンもそうだろう。
そして一つの解に達した。
村に徘徊するオーク達は、実は姿を変えられたグリーンヒルズ村の人々で、アクロポリスで磔になっている人たちが、エルミンや彼の率いるオーク達ではないのか、という仮説だった。
理由はいくつかあった。それぞれの人数とか、訛りとか、レオンと吾輩がかつてシルバークラスの傭兵たちと共に村の宴会に参加した際に抱いた違和感とか。
次の日の朝、不覚ながら吾輩は寝坊してしまった。思索が祟り夜更かししてしまったのだ。
相棒曰く、吾輩を抱きかかえながら、山の麓から立ち去ろうとしていたウォーリアーズの面々に何とか追いつき、事情を話し、仮説を話し、そして再び村に向かった。
そして見事、事件を解決。
エルミンは呪いを解くために亡くなってしまったが、村の人々は無事に元の人間の姿に戻り、自らの過ちを反省し、エルミンの慰霊碑を建てることになった。
仮説は一部間違っていたが、面倒なのでこの場での説明は省こうと思う。
いつか吾輩の気が向いた時にでも話すので、気長に待っていて欲しい。
「おっ父、おら、ウォーリアーズに入ることにしたずら」
レオンは父親にそう言った。
父親は猟師であり、村を守るために魔物討伐や、食糧確保も兼ねての猪狩りをしている。
彼はレオンの言葉に驚いたが、怒ったりしなかった。
「そうずらか……なしてだ?」
父親は静かに尋ねた。
「おら、エルミン様の夢を叶えたいずら。人間と魔物が共存できる世界を作りたいずら」
レオンは真剣な表情で答えた。
「そらあ立派な夢ずら。だどもなレオン、お前はまだ子供ずら。村を出て危険な目に遭う必要などない。お前は村で暮らし、村を守るべきずら」
父親は厳しい口調で言った。
「おっ父、おら、確かに子供ずら。それに村を守るのも大事ずら……だけどおら、もっと広い世界を見たいんだ。人間と魔物が共存できる世界を作るために。グリーンヒルズ村が、そんな世界の先駆けになれる村になれるよう、手助けしたいから……だからおら、ウォーリアーズに入ると決めたずら!」
レオンは自信満々に言った。
「おらは夢を追うことで、自分を成長させる。立派な大人になってこの村に帰ってきたら、外の世界で学んだことを、村の皆に伝えてぇ……わがまま言ってるのは分かってるずら……でもおっ父、おらはそんな風に生きてぇ。それが、おらの生きる道だ」
父親はレオンに向かって手を伸ばし――
「そうか。なら、おらも止めやしねぇ。お前は自分の道を選んだんだからな。ただ、一つ約束してくんろ。無理はすんな。命は大切にするずら」
レオンの頭を撫でて言った。
「うん。ありがとう、おっ父」
レオンは父親に抱きついて感謝した。
「気をつけて行け。んで、必ず帰って来るずら。それが一番の親孝行だ。死んだおっ母も、ぜってぇそう言うはずだ」
父親はレオンを抱きしめ、優しく言った。
「うん。必ず帰ってくるよ。おっ父とおっ母のために」
レオンは笑顔で言った。
そして吾輩はレオンの頭に乗って、父親に頭を下げた。
父親は吾輩にも優しく微笑み、そして頭を撫でてくれた。
「ミケも気をつけてな。レオンのこと、よろしく頼むずら」
「ニャー」
吾輩は父親に返事をした。
レオンと吾輩は、ウォーリアーズの仲間と合流するために、家を出た。
父親は家の前で見送ってくれた。
「行ってこい!」
「行って来ますずら!」
レオンは父親に手を振って、ウォーリアーズの仲間と共に旅立った。
吾輩はレオンの肩にしがみつく。
これから始まる冒険に、レオンも吾輩も胸が高鳴った。
吾輩はケットシーのミケ。
レオンの背中を守る相棒である。
……ところで、村長はゴネたが、村の神官に説得され、共に職を退き責任を取ることになったり。
相棒はエルミンから亡くなる前にいくらかの金貨を貰って、それを復興の足しにと父親に渡し、旅の餞別にと少々の路銀や父親愛蔵の装備を受け取ったり。
あとレオンがウォーリアーズの、美香子という中年神官女性に時々チラチラと視線を送っていて、吾輩、相棒が彼女に母親の面影を重ねているかもしれない、などとも思ったりもしたのだが……
まあ、これくらいで締めるとしよう。
今日は吾輩に付き合ってくれてありがと……ニャー
・あとがき
お楽しみいただけていたら幸いです(^^)
次回は『登場人物紹介』、次々回は『第二章 プロローグ』を投稿する予定です。
『登場人物紹介』ではイラストを、キャラクター・挿絵合わせて11枚公開する予定です!
第二章も、引き続きよろしくお願いいたします。
高評価、ブックマーク、リアクション、感想など頂けると、嬉しいです(≧▽≦)
それでは、またお会いしましょう。




