《第九話:因果応報》
レオンは、ウォーリアーズと共にグリーンヒルズ村に戻った。村は変わらず荒れ果てており、アクロポリスには磔にされた、レオンの良く知る村人の姿をした人間たちが並んでいた。
彼らは皆凄惨な様相で、レオンやウォーリアーズの面々の姿を見ると『助けてくれ』だったり『お前だけでも逃げろ』などと言葉を発した。
「……ごめんなさい」
姿形は、レオンの良く知るグリーンヒルズの村人。
「エルミン様……オルディン様……ごめんなさいずら……」
だが彼はその中に、エルミンや彼の率いたオークの群れの面影を垣間見る。
レオンは涙を流しながら、磔にされた人々に近づいて行った。
レオンは地面に膝をつき、頭を下げた。
「「「うびゃびゃぴゃぷぴゃぁぁっぁっぁああああああ!!」」」
広場にオークの群れがやってきた。
突撃してきたオーク達が叫ぶ。磔にされた人間たち向けて襲い掛かって行く。
信彦が剣を抜いた。駆と美香子も信彦に続き、魔導書や杖を構え、詠唱を始めた。
「……」
オーク達は、血塗れの斧や剣や槍を持ち、狂気に満ちた凶暴性をその目に宿している。
しかし、レオンは動かなかった。彼は地面に頭をつけ、磔にされた人々に対して続ける。
「エルミン様……これがあんた様の望みなんか? 穏やかだったあんた様が、これほどの憎しみを抱かれている……」
レオンは泣きながら、心に浮かぶエルミンの姿に謝罪を続けた。
「ごめんなさいずら……ごめんなさいずら……」
と、唐突に周囲を静寂が包んだ。
オーク達の凄まじい咆哮、武器がかちあう打撃音、そして解き放たれた魔法が起こした衝撃音が、瞬時に消え去った。
「……」
しばらく土に顔をつけていたレオン。
だがほどなくして、顔をあげた。
「レオン、辛い思いをさせましたね」
「エルミン様……」
レオンの視線の先に、オークの子供の姿をしたゴブリン妖精:エルミンの姿。初めて会った時と同じように、宙に浮いていたが、スゥ―ッと舞い降りて、地に立った。
エルミンは、レオンを見つめていた。
「レオン……ありがとう……」
エルミンは微笑んだ。手を差し伸べるエルミン。
周りのすべてが静止していた。ウォーリアーズもオークも村人も、表情すら固まり、ピタリとも動かない。
レオンはエルミンの手を取ると、立ち上がった。
彼とエルミンだけが動けるようだった。
「エルミン様……これは一体……?」
「時を止めています」
エルミンは続ける。
「私は妖精。世界に干渉する、超常の力を使えるのです」
そして深く息をついた。
「あなたの予想通り、私は村人達に呪いをかけました。この村の人間たちが、私と仲間のオーク達を殺そうとしたから……」
時を戻そう。
エルミンと彼の群れが、村でもてなしを受けた、その次の日の朝。
「これは……一体?」
グリーンヒルズ村の高台広場:アクロポリス。
そこには十字架に縛られたエルミンとオーク達が並べられていた。彼らは身ぐるみを剥がされていた。女性や子供もいた。
冷たい風が、エルミンの体に吹きつける。
「起きたんか、ゴブリンッ!」
エルミンの前には、棍棒を持った村の青年。
彼はエルミンの顔面を、それで殴りつけた。
「……どういうことですか?」
受けて、血が飛び散った。
だがあくまで落ち着いた口調で、エルミンは問いかける。
磔にされている者の中で起きているのは、エルミンだけであった。他のオーク達は寝ていた。
「お前たちの嘘は、バレバレだ」
青年の後ろには村人たちが居並び、その中には村長もいた。
彼の手には杖の他に、大金の入ったエルミンの財布が握られていた。
「お前たちは豚を買い付けに来た商人だとかぬかしていたが、この私を騙せはせん」
村長はしたり顔で続ける。
「お前たちの正体はお見通しだ。薄汚い魔物どもめ! 買った豚をオークにし、武装させて、村を襲わせるつもりなのだろう?」
「何を言っているのです? 私たちはそんなことは考えていません……お金は差し上げます、解放してください」
村長は顔をゆがめた。
「さあ、始めようか。魔物ども、焼き殺してやる!」
もとよりエルミンの話など聞くつもりもなかったように見えた。
村長がそう号令をかけると、村人たちはエルミン達を囲む十字架の周りに置いた藁に、火を付けて行った。
夜闇が明けたばかりの早朝に、炎が燃え上がり、オーク達を赤く照らし出す。熱気が、彼らの目を覚まさせる。
「なるほど……そういうことですか……」
悟るエルミン。
一方で目覚めたばかりのオーク達。
だが周囲を炎に包まれた、ただならぬ辺りの様子に、ほどなく状況を理解し始める。
「助けて! 私達は悪いオークではありません!!」
「せめて子供だけでも! わたしは構いません、子供だけでも!」
歓声を上げるのは村人達。
オークは恐怖と怒りで叫び、懇願した。だが村長は静かに微笑むばかり。
村人たちは明らかに、オーク達の苦しみを楽しんでいるかのようだった。
村の神官は、形ばかりの祈り言葉を紡ぐ。
「お願いします。俺はこの村の出身のオークです! 皆さんは豚であった俺を大切に育ててくれました! その御恩は、今でも忘れていません!」
オークの若者が、涙ながらに必至の声を上げる。オルディンだ。
「俺たちは悪いことはしていません。ただ豚を買いに、かつての仲間を数匹引き取りたいと、村に来ただけです」
彼は自責の念に駆られていた。
「ゲホッ……もし俺が逃げ出したことが許せないのなら。ケホッ、ケホッ……俺のことは構いません、殺してください! しかし、どうか、どうか……ゴホッ、ゴホッ……今の仲間の命だけは! 彼らは無関係です! 助けてください!!」
煙にいぶされ咳き込みながら、自らの命を差し出してでも、彼は懇願する。
「黙れや! おめぇらはバケモンじゃ! バケモンはぶちのめすんじゃぁ!」
だが非情な言葉が、村人の中年から飛び出した。
「おめぇらの持っとった金は、どうやって手に入れたんじゃ?! 盗んだんじゃろうが!? こりゃぁ正義じゃ! おめぇらは、クズ! 悪じゃ!」
「違います! わたしたちは真っ当に働いてお金を稼ぎました! わたしたちは礼儀正しく、品行方正に生きてきました! わたしたちは人間と仲良くなりたかっただけです!」
オークの若い女性が訴える。彼女の声は純真で、清楚で、美しかった。
声は涙で震え、瞳は悲しみと恐怖で潤んでいる。彼女の背後には、同じく十字架に縛られたオークたちがいる。彼らもまた、人間たちに無実を訴えようとする。
それに、村の知識人たる神官が反応した。
祈りを止め、罵声を上げる村人たちを制止した。
そして、言葉を紡ぐ。
「魔物が真面目に働くなど、ありえません。魔物が清廉潔白など、ありえません。魔物と人間は敵同士。魔物は人間を食べる怪物なのです」
その顔に感情はない。平然と話す神官。
「怪物たる彼らがなぜ言葉を紡ぐのか? それは我らを欺くためです」
神官は中年を始めとした村人たちに向き直り、言った。
「オークが人間と仲良くなるなど、ありえません。彼らは獣、《魔獣》なのです。言葉を交わしてはなりません。彼らの言葉を聞いてはいけません。その言葉は蛇の毒なのです」
そして、静かにまとめた。
「獣は、焼き殺すべきなのです」
村人達は神官の言葉に従順に頷く。
オーク達は絶望的に泣き叫んだ。
「助けてください! 誰か助けてください!」
しかし、誰も助けてくれなかった。
村人たちは押し黙り、ただ僧侶が祈りの言葉を紡ぐだけであった。
「熱い! 熱い! いやだ、いやだ! 死にたくない!!」
火は十字架に燃え移る。オークは苦しみの声をあげる。
村人達はそれを見ても微笑んでいた。
「あぁ、これが人間なのですね……」
エルミンは呟いた。
邪悪な笑みを浮かべる者たちを見つめて。哀しそうに。
「そうですね。ならば……」
妖精は目を閉じて深呼吸した。そして目を開くと、時が止まった。
『なんだぁ?』
『体が、動かない……!』
だが意識はある。
村人たちは動揺する。
「私はエルミン。妖精としてオーク達と共に暮らし、彼らを導いてきました。オーク達が人間と仲良く、共存できるようにするためです」
だが静止した時の中で、動くものがただ一人いる。エルミンだ。
彼は拘束をいとも容易く解くと、空に舞い上がり、そう澄んだ声で言った。
「私たちは何一つ悪事を犯しませんでした。私たちは、ただ豚を数匹買いたいと、そう申し出ただけです」
静かに語り掛けるエルミン。しかし、声は村中に響き渡る。
その声には悲しみと怒りの色が滲んでいた。
「にも拘らず、あなたたちは私たちを裏切りました。私たちを十字架に縛り、金を奪い、殺そうとしました。あなたたちは残酷で、非道で、罪深い人間です」
エルミンはアクロポリスに集った村人たちの顔を一つ一つ見回した。
村人達の顔は残忍で、冷酷。瞳は憎悪に満ち満ちていた。
エルミンは手を振り上げた。
その手から、黒い霧が吹きだす。霧は流れ落ち、アクロポリスに溢れ、オークや村人たちを、グリーンヒルズ村全体を包み込んでいった。
「それゆえ、私はあなたたちを呪います」
その言葉を最後に、エルミンの声は聞こえなくなった。
しばらくして、霧が晴れる。
「ぶぴゃぁぁぁぁぁぁあああああ!!!」
村人たちが恐ろしい悲鳴を上げた。
「ぴゅぎぎぎぃぃぃぃいぃいいいい!!」
彼らの顔は豚のそれに変わっていた。
鼻は鈍く膨らみ、目は小さくなり、牙が生えている。
「あびゃびゃびゃぁぁぁぁ……!」
服はボロ布をまとうのみになり、ほとんど裸。原人も同然。
言葉すら失ってしまった彼らは、ただただ泣き叫ぶばかりであった。
「助けてくれ! 誰か助けてくれ!!」
そしてある日、村に冒険者の一行が現れた。
アクロポリスに向かった彼ら。村人達が冒険者たちを追ってその場に向かうと、人間たちが十字架に縛りつけられていた。
縄を解こうとする冒険者たち。
そして冒険者たちが、アクロポリスの坂を上って来た村人たちに気づく。
「オークかッ!? 皆、迎撃だ!!」
冒険者たちに駆け寄る村人。容赦なく切り捨てられた。
「あびゃ! あびゃぁぁ!! あびゃぁぁぁぁっぁあああああ!!」
村人たちは、血を流しながら泣き叫んだが、冒険者たちは情け容赦なく、武器を振り上げ、魔法を放つ。
助けてくれなかった。そこに情けはなかった。
『ちゃう! ちゃうねん! ワイら人間や! 人間やねんっ!!』
いくら心で叫ぼうとも、口から飛び出るのは、意味不明な奇声でしかない。オークの雄たけびでしかない。
『これで終わりか……』
村人たちの一番後ろに控えていた村長。
冒険者のリーダーの槍に心臓を貫かれ、最後にそう《オーク語》で呟いて、死んだ――
「終わりじゃないよ……」
と思った村長。
だがその時、エルミンの声が脳内に響いた。
「これから始まるんだよ……」
・あとがき
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それでは、次話でまたお会いできると信じて!




