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第三話 探索

 二人が古城に着いた頃、幸いまだ日は高く、城内には秋の柔らかな日差しが差し込んでいた。


「相変わらず、気味が悪いとこだな……」

「そうかな? 私は好きだけど?」


 踏むたびに埃が舞うような朽ちた絨毯が敷かれた階段を上り、かつての栄華を忘れ去られた城内を通り過ぎて行くと、二人は目当ての場所にたどり着いた。

 少女が真鍮製のノブを回し引き、蝶番が鈍い音を立てて木製の扉が開け放たれると、塔の頂上から吹き込む風が亡者の叫びを思わせる、低く不気味な唸り声をあげる。


「おまえ、よくこんな所に一人で来れるな。やっぱ帰ろうぜ……」

「まあまあ、そう怖がらずにここを見てよ」


 恐怖心を露わにする幼馴染を尻目に、ミーナは壁の隅でしゃがみ込んでいた。


「はいはい、仰せのままに」


 少年の言葉に聞く耳を持たない少女に促され、彼は渋々としゃがみ込む。

 そして石造りの床に膝を突き、ミーナの言葉通りに部屋の片隅開いた穴を覗き込んだその先――。


「見えた?」

「暗くて良く見えねえけど、確かに何かあるな。隠し部屋……宝の気配を感じるぜ!」


 気怠そうな表情を一転させて目を輝かせる幼馴染の顔を見て、彼女も満足そうな表情を浮かべた。


「という事なので、この場所への入り口を徹底的に探そうと思います!」

「了解しました隊長殿!」


 露骨に態度を変えるジェフだったが、そんな彼の変わり身の早さなど気にもせず、ミーナは来た道を一度引き返す事にした。




 とは言ったものだが意気込み虚しく、二人は何も見つけることが出来ずに時間だけが過ぎていった。


「本当にこの辺りなのか?」

「うーん、多分……」


 二人は、先ほどの塔の真下にあたると推測した部屋で、天井から壁、床、残された家具や調度品の裏まで、手当たり次第に不審なものは無いかと捜索を続けていた。

 けれども何も収穫のないままに、窓から差し込む光は徐々に紅く染まり始める。

 日没まで時間が無い事にミーナは苛立ち、語気を強めてこう言った。


「何か少しでも怪しいところ、ほんとに無いの? さっき退かした棚があった壁とかもちゃんと見た?」

「そんな事言ってもよ、そう簡単に見つかるもんじゃねえだろ!」


 八つ当たりされたジェフは、怒鳴り返しながら指摘された壁を苛立ちに任せて蹴りつける。

 すると何事か、石壁に見えたそれは張りぼてで、蹴られた壁はいとも簡単に大穴を開けた。


「うわっ、なにこれ……」

「これじゃあ、誰も気付かねえな」

「ジェフの短気もたまには役に立つんだね」

「褒めてんのか貶してんのか、どっちなんだよ」


 少女の言葉を受けて眉間にしわを寄せた少年は、今度は冷静に壁を何度か蹴飛ばし、人が通れるほどの入り口を作る。


「結果的には良かったんだから、褒めてるんだよ? さあ、先に進もう」


 ミーナが親指を立てて笑顔を作ると、ジェフは肩をすくめて鼻を鳴らす。少女はそんな少年の肩を一度軽く叩くと、彼の作った入り口へとその小柄な体を滑りこませた。

 そして、ジェフはもう一度肩をすくめると、少女の後を追った。




 昨日、ミーナが見つけた場所は紛れも無くこの部屋だった。それは部屋の片隅に落ちた少女の光る石が無言で証明していた。

 ようやく対面する重厚な鉄扉。少女は錆の浮いたノブに手を掛けると、おもむろに扉を引き開く。

 そして、その先に二人を待ち受けるものは――、風が吹き抜けるわけでも無く、真っ暗な空間があたかも死者の国へ彼女らを誘うかのように存在していた。


「ほんとに行くのかよ」

「二人だから大丈夫だよ、きっと……」


 足元の階段に視線を落としたミーナは震える声で答えると、先ほど拾い上げた石に光を灯し、それを頼りにゆっくりと一歩一歩と足を下ろし始めた。

 靴音と二人の呼吸音だけが暗闇の中に響くが、それ以外は何の音も気配も無い。深淵へと沈み行く彼女たちの心の支えは少女の手の中でぼんやり光る灯りと、互いの存在だけ。

 けれども、先程までは底の無い奈落のように思えた階段は、呆気無いほどすぐに終わってしまった。


「あれ、もう終わり?」

「で、ここは何なんだ?」

「ちょっと待って、もう少し明るくするよ」


 肩透かしをくらった様な声を上げた後、少女は少年を制した。そして、深呼吸をすると静かに瞼を下ろし、手にした石に意識を集中させる。

 すると、彼女の意志に呼応するかのように、石は先程までのぼんやりとした光と違った、直視すれば目がくらむような光を放ち始めた。


「ここは何? 何のための場所…?」

「お宝がある……と良いんだけどな」


 そして、その眩い光に照らし出された光景に二人は顔を引きつらせた。

 彼女らを囲うのはただただ石壁だけ。階上とは違い残置物も見当たらない事が異様さに拍車を掛ける。


「なあ、もう帰ろうぜ…」


 怯えの色を隠し切れないジェフが後ずさりしながら言った瞬間、ミーナは急に声を張り上げて部屋の奥を指さした。


「あっ! 何かある!」


 ミーナはそう言うと幼馴染の事になど構う事無く歩き出す。


「おい待てよ!」


 少年は声を上げて少女を追ったが、直ぐに二人は足を止めた。そこは入り口からそれほど離れてはいなかった。

 部屋の最奥、そこにあったのは祭壇とも見て取れる長方形の石台だった。

 そして、その台上には城内に置かれた他の調度品とは違い、朽ちる事無く存在する、錆も浮いていない鈍い色の金属で出来た箱だった。

 それは少年の念願が詰まった宝箱のようにも思えたが、この場の不気味さからか二人は一歩下がった場所で箱を見つめていた。


「おい、開けてみろよ……」

「えっ、あ、うん……」


 ジェフに促されたものの、しばしその場に立ち尽くすミーナ。

 けれども、少女は意を決したかのように一歩踏み出すと、手にした明かり取りの石を台の上に置いた。

 そして、一度深呼吸すると意を決したかのように蓋へ手を掛ける。

 何の装飾も持ち手も無い質素な箱。異様に重い、重く感じられただけかもしれない蓋が、その箱を只ならぬものであるように思わせた。

 ゆっくりと開け放たれる箱、その内部を少女は光で照らす。

 するとジェフはミーナの肩越しに顔を覗かせた。


「おい、何が入ってるんだよ」

「これは本かな、あと宝石みたい……?」


 その言葉を聞いたジェフは、目ざとく箱の中にあった宝石のようなそれを引っ手繰る。


「ちょっと!」


 彼の行為に少女は批難の言葉をぶつけるが、少年はそんな事はお構い無しに手にした物を眺めている。


「これってブローチか? にしてもすげえ大きな宝石だぞ、高く売れそうだな!」


 複雑に加工されて多面状になった宝玉は深紅に輝き、一度入った光を永遠に閉じ込めてしまいそうな程に複雑に煌めいていた。


「まったく……」


 意地汚い行動に辟易したようにミーナは一度ため息をついたが、直ぐ様に興味を箱の中に安置された本へと移した。

 古びた革表紙をそっとめくると、そこには見た事も無い文字たち。頁をめくれば時折、図や挿絵のような物も描かれていたが、どれもミーナには理解出来ないものばかりだった。

 それでも彼女の好奇心を刺激するには十分で、何か少しでも理解出来るものは無いかと頁を夢中でめくり続けていた。

 すると一心不乱な彼女に向けて、不意にジェフから声が掛けられる。


「おまえ何か……言ったか?」

「何も言ってないよ」

「え、本当に?」


 突然のおかしな言葉にミーナは顔を上げて声の主に目をやる。そこにあったのは何かを恐れるかの様に顔をひきつらせて目を白黒させる少年の姿だった。

 しばし二人は顔を見合わせていたが、再度ジェフが声を上げた。


「また声がしたぞ……」

「だから何も言ってないって」

「おまえ、聞こえないのか? 女の子の声があっちから聞こえ……」


 声がすると主張する方を指さした矢先、彼は飛び出さんばかりに目を見開いた。

 そして、次の瞬間には悲鳴を上げると、ミーナを置き去りにせんとばかりに真っ暗な中を手探りで出口に向かい走り出した。


「お、おばけだああああ‼」

「ちょ、ちょっと!」


 ジェフが上げた突然の悲鳴に驚きを隠せないミーナだったが、本だけはしっかりと抱えて出口へと走り出した。




 あっという間に城門まで駆け戻った二人は、肩で大きく息をしていた。


「ねえ、どうしたの? 急に走り出すなんて」

「お、お前見えなかったのかよ? 暗がりに小さい女の子が居たんだぞ! お化けだろありゃ!」

「ちょっと冗談やめてよ、見間違いじゃない?」

「でもよ、本当に……」


 ミーナの冷静な返答にジェフは言葉を途中で詰まらせる。

 しばしの沈黙が、夜の帳と共に二人を包んでいた。


「取り敢えず今日はもう帰ろう? お化けよりも夜の森の方が怖いよ」


 やがて、少女は一度肩をすくめて言うと少年に背を向けると、焦げ茶色の長い髪を翻して歩き出した。


「……そうだな。あんまり遅くなると怒られるな」

「そっちの方がもっともーっと怖いよ! さっき見つけたものについてはまた明日調べよう」


 少女の発言に賛同した少年は、置いて行かれないように早足で彼女の傍へと歩みを進める。

 二人は新たな謎を胸に抱き、暗くなった森の中を足早に帰路へと就いた。

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