第十七話 対決
かつてミーナとジェフの二人がエリーと出会った街、そこで三人は冒険の最後となる宿を取った。
「明日、ラドフォードに着くけど、自宅に戻らずにそのまま、その古城へ行くのね?」
「そうしたいです。帰ったら謹慎させられそうだし……」
「俺なんて殺されるかも。ブローチの女の子より先に俺の魂が自然に還りそう」
小さなテーブルを囲んだ三人は、明日の計画を話し合っていた。
「それもそうね。家出なんてしてるのだから、当然大目玉よ。先に事を済ませるのが得策ね」
エリーはそう言うとカップに一度口を付けた。
「けれども何かしらの邪魔が入る覚悟は必要よ。それだけは肝に銘じなさい」
王都の宿での襲撃の後、何も無いことが逆に不穏だった。相手は諦めたのか、それとも何か別の意図があるのか。ミーナは不安を感じざるを得なかった。
「とは言っても、何を準備するわけでも無いから、今日はしっかり休みましょう」
夜通しの見張りの代わりに、窓や扉は通常の施錠に加えて、野宿の際に使ったエリーお得意の霧の帳が三人を守っていた。
「ちょっと怖いな……」
「ビビるなよ、エリーさんも俺も居るから平気だって」
そう言いながら立ち上がったジェフは、壁に立て掛けてあった長剣を自身のベッドの近くに移動させた。
幼馴染の言葉にミーナは一度頷くと、厳しい寒さから逃れる様に毛布に潜り込んだ。
朝早く宿を発った三人は、大して休憩もせずに街道を歩き続けた。遠くに見える山々は既に白い冠を戴き、既にこの地が冬本番である事を示していた。
そして正午を告げる鐘が遠くから聞こえたころ、見覚えのある、懐かしさすらも感じられる街並みがミーナたちの視界に入った。
「帰って来たね」
「そうだな……」
家を飛び出してから、まだひと月少々しか経っていなかったが、二人にとってこの旅は、途方もなく長い旅路に感じられた。
「感傷に浸ってないで、目的地は例のお城でしょ?」
そんな二人を現実に戻すべく声を掛けるエリー。
ふと我に返ったミーナは照れ隠しの笑みを浮かべると、街へとは逆方向、古城へ向かって歩き出した。
空には真っ黒な雲が広がっていた。急激に冷たくなる空気に冷やされて赤くなった耳を時折温めながら三人は林を抜ける。
「雪が降りそうだね」
先頭のミーナがぽつりと呟いたが、二人は特に何を言うわけでも無く少女の後を歩き続けた。
やがて城門が見えた頃、墨を流したかのような空からは、純白の冬の知らせが届き始めた。
「積もるかもな」
城門の前で一行は足を止め、ジェフがそう呟く。
「さっさと終わらせて帰りましょう? 雪まみれになるのは御免だわ」
正午を過ぎたばかりだというのに、辺りは既に薄暗い。周囲を一度見回したエリーはそう答えると、横目でミーナの顔を見た。
「さあ、行きましょう」
そして、三人は城内へと歩みを進めた。
「まさに隠し通路ね。狭苦しいし、荷物はここに置いていきましょう」
地下へと続く階段を目前に、三人は身軽な格好になった。
「おいミーナ、もっと明るくしてくれよ」
そんな中で衣服と荷物がもつれて悪戦苦闘するジェフの要求に、少女は手にした灯り取りの感応石へ更に術の力を込めた。
石の輝きは更に強くなったが、次の瞬間、甲高い音とともに石には無数の亀裂が入った。
「えっ、なにこれ⁉」
「感応石に限界以上の術を込めたせいね。例えるならカップに注いだ水があふれたような物よ。もう少し術を込めれば……」
言葉を一度切ったエリーは、両手を叩く。
「ぱんっ! 木っ端みじんよ」
驚くミーナを尻目に、彼女はブーツの紐を結び直し始める。
「大爆発したりするんですか?」
「その感応石なら、余程派手には爆発したりしないと思うわ。でも、炎の感応石なんかだと激しい熱と共に爆発したりするから危険よ」
手の中の石を見つめる少女は、驚きと共に自身の僅かな成長を感じていた。
「もう用意出来たぞ」
「あっ、うん」
一瞬惚けていたミーナはジェフの言葉で我に返ると、灯りを頼りに先頭を進んだ。
相変わらず不気味な階段を降り切ると、がらんとした空間が三人を待ち構えていた。
「やっぱこえーな……」
「そうね、気味が悪いわ」
ジェフの言葉に相槌を打ちつつ、エリーは何かしらの仕掛けでも無いかと壁を調べていた。そんな彼女の傍らでは、心許無い小さな光を頼りにミーナも周囲を見渡している。
すると不意に壁が青白く輝きだす。壁全体というよりも、少女の目線ほどの高さにはめ込まれた棒状の感応石が照明に代わりに規則的に配置されているようで、それをエリーが作動させたのだった。
「この部屋の設計者はずいぶんと術偏重主義のようね。普通こういった仕掛けはランプや篝火と併用するんだけど……」
彼女が見渡した壁には冷たい光を放つ感応石の他にはなんら装飾も無く、いよいよこの場が何のための場所なのか分からなくなってきた。
けれども三人のする事は一つ。部屋の奥に鎮座する、本とブローチの安置されていた石造りの祭壇を調べる事だった。
そして彼女たちはゆっくりと祭壇に近づくと、青白い光を受けて不気味さを増す鈍い色の箱に視線を落とす。
おもむろにミーナが蓋に手を掛けるとその中には――
「おい!」
少女が中身を確認する直前、怒声とも取れる声ががらんとしたこの空間に響き渡る。
そして三人は驚きの色を浮かべながらも、身構えつつ振り向いた。
「あ! この間の酔っ払い!」
声を上げたミーナが指を指した先に居たのは、かつてエリーが懲らしめた長身のゴロツキとその仲間の太っちょの小男だった。
だが、それ以外にももう一人、薄暗くて顔は良くは見えないが、二人の後方に女性と思しき姿があった。
「覚えててくれてうれしいぜ、今日は酔っぱらいじゃあなくて用心棒だがな。まあ何でも良いけどよ、取り合えずそこにあるものをこっちに寄こしな!」
「言うとおりにした方が身の為だよ。どちらにせよ、それの存在を知った以上は死んでもらうがね、レンフィールドさんよ」
のっぽのゴロツキの台詞の後に、その背後から老婆のような口調の声がミーナの名を呼んだ。
「ど、どうしてわたしの名前を? まさか……!」
ミーナは驚きを隠せずに再び声を上げる。一連の襲撃を仕組み、そしてこの場で彼女たちを襲わんとするのは、仲間内以外で唯一本の存在を知る、自分たちが通う学校の、あの司書だった。
自分の学校内に、禁術を得んとする組織の内通者が居たことに衝撃を受けるミーナ。
だが、そんな少女の様子を見て、エリーは事の次第を理解したようにため息をついた。
「私たちの行動は筒抜けだったようね。王都での襲撃後、今まで襲わなかったのはこの場を案内させるため。そして、もう私たちを用済みってことかしら」
「物分かりの良い娘だね。ならばこの後自分たちがどうなるかもわかっているだろう?」
司書は薄ら笑いを浮かべると、ゴロツキ二人に合図を送った。
「やっておしまい! どう料理するかはあんたらに任せるよ!」
「そうさせてもらうぜ婆さん。たっぷりいたぶってから殺してやるよ」
手にした斧を構えながら、長身の男はエリーに狙いを定めた。
「エ、エリーさん!」
怯えたようにエリーのもとへと寄るミーナと、震える手で長剣を構えるジェフ。
だが最初の標的にされた娘は、余裕たっぷりで言葉を返す。
「なめられたものね、前回のような手加減は無しよ!」
腰の短剣を抜いた彼女は、今まで見せなかった鋭い眼光を見せる。
「ミーナちゃん! ジェフくん! そっちの面倒は頼んだわよ!」
そしてエリーは弾丸の様にその身を男の間合いへと飛び込ませた。
「こ、このアマ……」
致命傷ではないものの、無数の切り傷と火傷を負った長身の男は、傍観を決め込んでいる司書の傍へとすがる様に後退した。
それと同時にもう一人の、ミーナとジェフに痛めつけられた小男も腰が抜けたような足取りで、同じように逃げ戻った。
「もう終わりかしら? 早くいたぶり殺して欲しいものね」
「これ以上やるなら、わたしたちも容赦しないよ!」
肩で息こそすれども、目立った傷も無く優勢を保つ三人は強気の姿勢を崩さなかった。
そんな三人の様子を忌々しそうに司書は見つめていたが、しばらくするとゴロツキどもに声を掛ける。
「女子供相手に情けないねぇ……。仕方がない、とっておきの術を掛けてやろう」
老婆の態度に男は内心舌打ちをしたが、このままやられる訳にもいかず渋々と彼女の指示に従った。
「こいつの肩に手を置け。いいか、動くんじゃないぞ」
促されるままに、小男は背伸び気味にのっぽの肩に手を置いた。
「さあ、ここからが本番だ!」
小男の手に司書が手を重ね置くと、眩い光が男たちの全身から発せられた。
「な、なに⁉」
訝しむようにその様子を見ていた三人は、急なその出来事に驚きを隠せなかった。
ようやく光が止むと、まるで干物の様になった小男の死骸と、全身の筋肉が異常に膨れ上がり、背丈も二回りは巨大化したゴロツキの――もはや人間では無く、異形の怪物と化した姿があった。
「こんな術は初めて使ったが意外に上手くいくもんだねぇ! 死ぬ前に教えてやろう。このチビの魂を抜き取って、こっちの男の中へと入れたんだ。見ての通りの化け物が出来上がったが、役立たずのゴミどもの再利用にしては上出来ってとこかね?」
興奮気味に話す司書の言葉を受け、ミーナは館長の言葉を思い出した。
「これが禁術、脱魂の術……」
震えながら呟くミーナの眼前には、確かにその禁術で生み出された化け物が存在していた。
「流石にこれはまずいわ……。魔物という言葉がこれ程までにピッタリな存在が居るとはね」
先程までの余裕は消え、今まで少女たちに見せた事の無い青ざめた表情を浮かべるエリー。
「奪え! そして殺せ!!」
司書はそう叫び、それに応えるかのように怪物は乱杭歯をむき出して、地響きのような雄叫びを上げた。