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第十五話 解明

 翌朝、というよりも太陽が高く昇った昼前にミーナはやっと目を覚ました。上体を起こし、大きなあくびの後に目を擦ると、部屋の中をゆっくりと見回す。

 そこで少女の目に入ったのは、窓辺の椅子に座るエリーと短い針を真上に向けた壁掛け時計。


「あっ! もうこんな時間」


 ミーナは声を上げると、少し慌てた様子でベッドから抜け出す。


「あら、お目覚め?」


 秋晴れの高い空を背にエリーが声を掛けると、少女は少々バツが悪そうに返事をした。


「おはようございます。ちょっと寝過ぎましたね……」

「私もついさっき起きた所よ。長旅の疲れも溜まっていたし、何より昨日の事もあったからゆっくりしたかったの。気にしないでね」


 よくよく見れば彼女も髪を結うこと無く、未だ寝間着姿でカップに口をつけていた。

 その言葉に安堵したのか少女は笑みを浮かべ、身支度を整えに洗面所へ向かった。




 遅い昼食を済ませた一行は、念のために昨夜の出来事を図書館の館長たちに伝えに行った。

 もっとも、ある程度予想していた事態だったのか、警備主任には自分らの身の心配をするようにと逆に心配されてしまったのだが。


「あの衛兵のおっさん、絶対俺たちの事バカにしてるぜ。何が『我々は並の警備はしていないよ。君たちは自身の身を守る事に専念したまえ』だよ!」


 昼食が遅かった事で機嫌を損ねていたジェフが、苛立ちを隠せぬままに不満を口にする。


「まあまあ、落ち着きなよ。確かにわたし達は一般人で向こうは兵隊さんだよ? 言われた通りじゃない?」


 雑踏の中を進みながら少年をなだめるミーナだったが、彼は納得いかないのか語気を強めて言葉を返す。


「心配される程、無力じゃないぜ。俺だって剣士の端くれだし、それにエリーさんだって居るぞ! そもそも、こっちが心配して言いに行ってやったのに、あの態度が気に食わねえんだよ」


 そう言いながらジェフはエリーの顔を覗き込むように自身の顔を向けた。

 すると思い立ったかのような表情を浮かべたミーナが、不意に疑問を口に出す。


「ところでエリーさんってどうしてあんなに戦いに慣れてるんですか? ただの術士じゃなさそうですけど」


 けれどもエリーは顔も視線も前に向けたまま答えた。


「……まあ、人には色々あるのよ。一通りの戦闘訓練を積んだとだけ言わせてもらうわ」

「ええっ! エリーさんみたいな可憐な人がそんな訓練を⁉」

「この話はあまりしたくないの、何か他の話題に変えてもらえるかしら?」


 少しわざとらしく、おどけたようなジェフの反応とは対照的で、嫌悪感を顕わにする彼女に二人は気の利いた話をする事も出来ず、気まずい空気のままに足を運び続けた。

 重苦しい空気が三人の間を漂い、賑やかな街中で唯一そこだけがまるで葬儀の際中にも似た沈黙が包む。


「あの、わたしちょっと行きたいところあるんで」


 そんな沈黙を破ったのはミーナだった。


「じゃあ私は先に宿に戻るから、くれぐれも気をつけてね」


 先程までの不機嫌そうな表情がようやく消えたエリーは、そう言い残すと言葉通りに宿へと向かった。


「どこ行くか知らねーけど俺も戻るぜ、迷子になるなよ」

「ジェフと違ってわたしはそう簡単に道に迷いませんよーだ!」


 先程買っておいた地図を鞄から出しつつミーナは舌を出して言葉を返すと、そのまま人ごみの中へと走り去っていった。


「暗くなる前には戻って来いよー!」


 そんな少女の姿を見送ると、ジェフもエリーの後を追って宿へと戻っていった。




 二人と別れて幾ばくも無く、ミーナは地図を片手に道を確かめつつも目当ての場所へと辿り着いた。

 そこは小高い丘の上、いわゆる展望台とも言える場所だった。手入れされた樹木に、整備された小道、そして語らいくつろぐ人々。王都の賑やかさに息苦しさを感じていたミーナは、気分を変えようとこの場所に来た。

 だが、その思惑は少々外れたようで、周りを見回すと僅かに落胆したように、小さなため息をついた。

 けれども、あの灰色の街から抜け出せた解放感は確かで、少女はゆっくりと歩みを進めると眼下に広がる街並みへと視線を向ける。

 まるで模型の様に小さくなった王都の街並みと、その先に広がる橙色に少しずつ染まり始めた空と群青色の海。それは山奥で暮らす彼女にとって初めて目にする光景だった。

 ほんの数週間前、あの廃城で想い馳せた時に夢見た世界が、ミーナの瞳に間違いなく映し出される。時折香る微かな潮の匂いは、この情景が紛れもなく現である事を少女に語り掛ける。

 少女は夕日が煌めく大海原をしばし見つめていたが、やがて冷たくなった頬に手をやりつつ、その光景に背を向けた。


「帰ろ……」


 囁きにも似た人々の語らいを後に少女は仲間の元へと帰って行った。




 それから二日間、ミーナたちは観光気分で街を散策したりして時間を潰していたのだったが、ようやく待ち侘びた知らせが三人の元へと届いた。

 その知らせを聞いた少女たちはすぐ様に図書館へと向かう。そこで三人は館長から本の内容について、その概要を聞くことが出来た。


「じゃあやっぱり……」

「そう、君達が思った通りの内容、いわゆる魂を操るような術についての本だな」


 ミーナはその話を聞くと眉間にしわを寄せ、僅かに俯いた。


「だが実のところを言うと、この程度の術はもう既に発見された既知の術なんだよ」


 世紀の発見、もしくは禁忌の術とも思っていたミーナとジェフは、館長の言葉に驚きと落胆の混ざった表情を浮かべた。


「魂を抜き取る、脱魂術とも言えるそれは……あまり大きな声では言えないが、秘密裏に我が国でも研究がされていてね。まあ現状では、相手を外傷無く殺害する程度にしか役立っていないのだが……」


 すると驚く二人とは違い、落ち着き払った声色のエリーが話の間に入る。


「その抜き取った魂を上手く使えないか、というのが専らの研究題材ってところかしら?」

「話は早そうだね、その通りだ。けれども倫理的な問題もあってあまり研究自体がされていないのが現状だよ。そして本の話の続きなのだが、どうやらこの本は脱魂術の記された古い書物に加筆されているようで、文を辿る限りではもう一冊、しかもそこには抜き出した魂を利用するための術について書かれているようなんだよ」

「もう一冊……」


 衝撃的とも言えるその話を受け、ミーナは神妙な面持ちになる。

 いわくつきのブローチに、二度の襲撃。使命にも似た何かを彼女は感じずには居られなかった。


「きっと、まだ隠された何かが、あのお城にはあるんだよ! 帰ろう、ラドフォードに!」


 居ても立っても居られなくなったミーナはすくと立ち上がり、強くこぶしを握り締めたままエリーとジェフにそう言った。


「そう言うと思ったぜ。ところで俺って何で一緒に王都に来たんだっけ?」

「ミーナちゃんらしいわね、最後まで付き合うわ」


 三人はあるやも知れぬ真に禁術の記されたそれを求めて、王都を後にするのだった。

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