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第十三話 嵐

 部屋の外ではスティーブが壁を背にして、三人を待っていた。

 やがて扉が開き、ミーナたちが現れると彼は少し心配そうに声を掛けた。

 けれども少女の明るい笑顔を見るとそんな表情はすぐに消え、そして上手くいった事を悟った。


「その様子だと、事は思い通りに進んだようだな」

「はいっ! おかげさまで本の内容を調べて頂けることになりました。本当にありがとうございます!」


 彼女の太陽のような笑顔を見ると、スティーブは安堵とも取れる表情を浮かべて言葉を返した。


「本当の事を言うと、君たちを完全に信じていたわけでは無いんだ。正直に言えばここで待っていたのも館長に何かあっては、という気持ちもあったんだが……。君のその笑顔を見たら、そんな感情は何処かへ吹っ飛んでしまったよ」


 険の取れた目つきで、男はミーナの瞳を見つめていた。


「んだよ、疑り深いおっさんだな!」

「ジェフ!」


 そんな二人に割って入るようにジェフが悪態をつくと、ミーナは思わず少年を睨みつける。


「疑り深くて悪かったな……。ところで今夜の宿はもう取ってあるのかね? もし良ければ、私の知り合いが営む宿を紹介するのだが。近頃は客の入りが悪いとぼやいていたから、きっと空きがあるはずだよ」


 スティーブは少年の言葉に一瞬、眉間にしわを寄せたものの、すぐさまに表情を戻すと三人に提案をした。

 もっとも純粋に三人の助けになりたいというよりも、居場所を把握しておきたいと言う意味合いもあったのかもしれない。

 けれどもエリーはともかくとして、ミーナはそんな疑念を挟まずに二つ返事で提案を受け入れた。




 先ほどと比べれば幾分も小ぶりになったが、三人は冷たい雨の中を抜け、宿へと辿り着いた。小綺麗な建物に入ると、フロントに居る男に声を掛け、衛兵――スティーブ・ハルゼーに紹介された旨を伝える。

 彼は台帳を捲り、空きがある事を確認すると、三人を部屋へと案内した。




 外套を脱ぎ捨て、荷物を放り出したミーナはベッドに倒れこむと、大きくため息をついた。


「はあ~~、疲れたぁ~~」

「そうね、私も流石にくたびれたわ」


 少女と同じように、とは言わないものの、荷物や外套を簡単に端に寄せると、エリーもベッドに腰掛けてため息をついた。


「でも、本当に王都まで来れるなんて……」

「出来そうに無くても、始めてしまうと意外に事は進むものよ。やろうとする意志が大事なの。誰しも自分の意志で人生は切り拓けるものだわ」

「切り拓ける、か……」


 感慨深そうに呟く少女は、自身の望みを叶えつつあるという達成感に包まれていた。

 その時、不意に腹が鳴った。


「そう言えば、昼を食べていなかったわね」

「そ、そうでしたね……」


 音の主はエリーの方を向かないように、恥ずかしそうに言葉を返した。


「また雨が強くならないうちに食事に行きましょう? もちろんジェフ君にも声を掛けてからね」

「はい……」


 腹の虫が鳴いた事に触れない気遣いが、逆に気遣いになっていなかった。

 ミーナは顔を赤らめながら外套を羽織ると、エリーと共に部屋を出た。




 雨は再び強く降り注ぎ、時折轟く雷鳴が恐怖を煽り立てる。

 食事から帰ったエリーは窓ガラスに打ち付けられる大粒の雨を眺めていた。風も強く、嵐の轟音が室内にも響き渡っている。


「お風呂、空きましたよ。にしても取手を捻るだけでお湯が出るなんて、都会ってすごいですね!」

「近頃はそれも普通になって来たわ。しかも術の力に頼らない、誰でも使える設備よ」

「へぇ~~、薪でお湯を沸かすような感じですか?」

「近いけど、ちょっと違うかしら。何にせよ、この国は術とは違う技術を広めようとしているってこと。お隣の国とは大違いなのよ」


 そう言うとエリーはタオルと着替えを持ち、浴室へ入っていった。




 入浴を終えたエリーが戻ると、既に少女はベッドの中で小さな寝息を立てていた。

 その寝顔を見つつ、彼女は椅子に腰かけ、荷物の中から取り出した瓶の中身をグラスに注ぐ。


「無垢な寝顔ね……」


 呟きを漏らした後、グラスの中身を口に含む。相変わらず雨は強く振り続けていた。小さな灯火が時折揺らめき、それに合わせて影も踊る。


「!」


 すると突然、エリーは椅子から飛び退き床に伏せた。それと同時に短剣が窓ガラスを突き破り、先ほどまで彼女の腰掛けていた椅子の背もたれに突き刺さる。


「よく気付いたな、大した腕前だ」


 割れた窓の間から施錠を外した黒づくめの何者かが、室内に音も無く身を滑りこませる。


「もしかして、ミーナちゃんがやっつけた泥棒かしら?」


 警戒を解かぬよう、侵入者から視線を逸らさずにエリーが立ち上がる。声色にこそ余裕を感じさせたが表情は普段以上に険しく、その姿勢は臨戦態勢そのものだった。


「前回は油断ゆえの失策。そして私は物盗りではない、あるお方の命令で……」

「隣国に来てまでこんな事をしていて正体がバレでもしたら外交問題よ? さっさと消え失せなさい」


 男が言い終えないうちにエリーは口を開き、厳しい言葉と共に構えを取り直す。


「何故それを……!」

「何故って? それは貴方の気配の消し方が、こっちの国じゃまず見かけないような術だからよ。それくらい中の上くらいの術士なら誰でも気付くわ。貴方、大した腕じゃなさそうね」

「……だから何だと言うのだ。これから貴様が死ぬことに変わりはない!」


 鼻で笑うエリーの挑発に乗ったかのように男も構えを取ると、右手には短剣、左手は突き出したままゆっくりと間合いを詰め始める。

 対する娘は丸腰のまま、眠る少女を庇うかのように構えていた。

 割れた窓から雨が室内まで吹き込む中、男は逆手に持った短剣を振り上げる。


「悪く思うな! 死んでもらうぞ!」


 殺意に満ちた一撃を振り下ろすが、紙一重でそれをかわすエリー。

 けれども次の瞬間、彼女の動きに合わせるかのように、男の手の平からこぶし大の火球が放たれ、娘の胸元に命中する。


「うあっ!」


部屋に破裂音が響き、エリーは悲鳴と共に両膝をついた。

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