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【全年齢版】軍人殿下と異世界奴隷【コミカライズ原作】  作者: 森川茉里


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一章 奴隷生活 01

 有紗の目から、ぽろりと涙が零れた。


(帰りたい)


 一人暮らしをするワンルームマンションに。気の合う友達が沢山いる大学に。

 京都の史跡もまだ全然回れていない。そろそろ奈良にも足を伸ばしてみたいと思っていた。


(お父さん、お母さん……)


 有紗は実家の方針でアルバイトをしていない。

 学生の間は学業に専念しなさい、と言われていて、友人の紹介で単発のアルバイトを少しやった事があるくらいだ。

 そして大学は、高校までと違い自主性が重んじられている。少々授業に顔を出さなかったくらいなら放っておかれる。

 年末が近付けば、親から帰省するかどうかの確認の連絡が入ると思うが、下手をしたら、それまで誰も有紗の不在に気付かない可能性が高い。

 それまでに戻れるだろうか。もし戻る方法がなかったとしたら――。

 有紗はゾッとした。

 自分の不在に気付いたら、両親だけでなく祖父母も胸を痛めるはずだ。


(奴隷だなんて)


 この世界が特権階級が優遇される前時代的な場所である事は、ウルスラの説明で十二分に理解できた。そんな所で奴隷にされてしまうなんて、人権なんて無きに等しい扱いを受けるに決まっている。

 これから自分はどうなってしまうのだろう。

 牢の中で静かに泣いていると、鉄格子の向こうにある入口が開き、汚らしい男が二人入ってきた。


「お、いたいた。異世界人だ」

「へえ、なかなか可愛らしいじゃないか。すげーな、ホントに目が黒い」


 男達は下卑た笑みを浮かべながら、有紗の全身を舐めまわすように見つめてきた。


「ちょっと味見してみてぇな。すげー具合がいいんだろ?」

「馬鹿、姐さんにどやされっぞ。それにな、具合がいいってのはお貴族様にとってだって聞いたぞ」

「あぁ、魔力が多すぎると思う存分好きにできないって奴か? 確かに俺らみたいな平民には関係ねーや」


 そう言うと、男達はぎゃははははと下品に笑うと、有紗の左手首を強く掴んだ。


「痛っ!」


 有紗はたまりかねて悲鳴を上げた。

 その直後である。外から厳しい一喝が飛んだ。


「お前ら、何やってんだ!」


 男達を叱り飛ばしたのは、化粧が濃く、派手なドレスを身に着けた中年の女だった。


「出て行きな! そいつらは大事な商品だよ!」


 女は男達を追い出すと、有紗の目の前に立った。


「あいつら……。どんだけ強く掴んだんだ。これは痣になりそうだね……」


 その発言に手首を確認すると、赤い手形がついていた。

 女はため息をついてから、顎で出入り口を示した。


「アリサって言ったか。出な」


 反射的に嫌だと思った。すると、首輪がぎゅっと締まる。


「…………!」

(くるし……)


 息ができない。手を首元にやると、すっと首輪の締め付けが緩んだ。


「かはっ……」


 酸素を求め喘鳴する有紗に、女は冷ややかな視線を投げかけてきた。


「お前、今アタシに逆らおうとしたね。ダメだよ。隷属の首輪が嵌ってるんだから。そいつは主人に逆らうと首がキュッと絞まるようになってる。つまり、あんたはアタシの言う事に絶対服従するしかないんだ。わかったら言う通りにしな」


 悔しい。

 怒りに震えながらも有紗はしぶしぶと女に従った。

 ちらりと後ろを振り返ると、無気力な眼差しでこちらを見るウルスラと目が合った。




   ◆ ◆ ◆




 有紗を磨く下働きの女も奴隷のようで、右手の甲に文様が刻まれていた。

 女にああだこうだと指示を出すのは、有紗をここに連れてきた中年女である。

 牢にやってきた汚らしい男も、ここに来るまでにすれ違った人も、皆この派手な女に頭を下げていたから、ここで一番偉いのは彼女なのかもしれない。


「異世界人ってのは肌が綺麗だね。歯も真珠みたいに美しいし、手だって。まるで貴族みたいな生活をしてたんだろうねぇ」


 中年女は磨かれていく有紗を眺めてしげしげと呟いた。

 アンナたちの生活レベルから考えると、現代日本の生活は、こちらではかなり上級の生活に相当するのだろう。


 有紗はアンナ達の家の様子を思い浮かべた。

 水は外で汲んできて、大きな瓶に溜めていた。

 発展途上国の少女を扱ったドキュメンタリーで、水汲みは一番きつい労働だと言っているのを見たことがある。上下水道が発達した世界で生きてきた有紗には、一家が一日に使う水を汲んで運ぶ生活がどれほどきついのか想像がつかない。

 煮炊きするのは薪を入れたかまどで、服もつぎはぎだらけだった。

 布の限界が来るまで徹底的に服を着潰すなんて、戦後ならともかく現代日本ではありえない。


 物で溢れた日本という国は、なんて贅沢だったんだろう。

 歯や爪は栄養状態のバロメーターで、ぼろぼろなのは健康状態が良くない証だと聞いたことがある。

 アンナ、ダルトン、ペトラ、ウルスラ――こちらで出会った農村の人々の顔を思い出し、有紗は改めて彼らの貧しさを実感した。


「……私をここに売ったのはアンナさんたちですか?」

「そうだよ。ホントはペトラとか言う娘を売るって話だったんだけどね。あんた、あいつらの畑に急に現れたらしいね。連中にとってのあんたは幸運の女神だ。それはアタシにとってもだけどさ」


 女はくくっと笑った。


「異世界人ってだけでも価値があるのに、身体も顔もあんたの方が格段に上だ。田舎臭くて小汚い小娘なんて、仕入れても二束三文にしかなりゃしない。労働奴隷として買われていくか、場末の娼館か……」


(ひどい……)


 だからあんなにも親切にしてくれたのだ。

 ふつふつと怒りが湧き上がった。

 あの人達にも事情はあったとしても、こんな目に遭わされるだなんて、あまりにも理不尽である。

 ウルスラやこの女の口ぶりから推測するに、有紗に待っているのは、たぶん性的に搾取される奴隷としての未来だ。それは、ウルスラよりもずっといいものなのかもしれないけれど。


(最っ低)


 悔しさにぽろりと涙が零れた。

 まだ誰とも付き合った事はおろか、恋愛経験すらないのに。

 こんな得体の知れない世界で、誰とも知れない男に身を任せるのかと思ったら吐き気がした。


「私、帰りたいです……」


「気の毒だけど難しいだろうね。あんたには可哀想だけど、異世界人が帰ったなんて話は聞いたことがない」


「……あなたが知らないだけでは?」


「そうかもね。貴族なら何か知ってる可能性はある。連中はアタシらとは比較にならない魔力があるし、博識だ。でもさ、あんたはその貴族にとって有益な存在だ。仮に元の世界に戻る方法があったとしても、教えてくれるとは思えないね」


 女の言葉に有紗は唇を噛んだ。


「あんたを買うのはおそらく上位貴族だから、言葉遣いには気を付けた方がいい。そいつがあるからね」


 女はにやりと笑うと、有紗の首輪を指さした。


「主人に逆らえば、その首輪に仕込まれた魔術が作動して首が絞まる。逃げ出しても無駄だよ。主人が気付いた瞬間あんたは窒息死だ。覚えときな」


 煽るような表情と口調で言われ、有紗は怒りと屈辱に震えた。




 そうこうしているうちに、入浴が終わり、有紗は全身に花の香りがするオイルを刷り込まれた。

 それが終わると、元々着ていた服を渡される。


「この服……あなた方が持ってたんですか?」

「そうだよ。農村の連中が隠し持ってたのを買い取って綺麗にしておいた。異世界人なら異世界の装いをさせたほうが箔が付くだろ? ……ああ、でもちょっと丈が短いね。こいつを重ねな」


 そう言って、女はレース生地のスカートを渡してきて、ワンピースの下に着るよう命じた。重ね着すると、あつらえたようにピッタリだった。


「こっちで女が足をさらすのは寝台の上だけだ。時間の問題だろうけどね」


 女は満足気に頷いた後、くくっと下品に笑う。


「手首の手形は服でほぼ隠れるからいいとして……、化粧は紅をさすくらいでよさそうだね。ああ、それじゃなくてそこの淡い色の奴を使いな」


 女の指示のもと、うっすらと化粧を施された。


「さあ、行くよアリサ」


 身支度が終わると、女は有紗に付いてくる様に命じた。


「どこに行くんですか」

「あんたを買いたいっていうお大尽の所さ。異世界人ってのは凄いね。入荷の噂を流したら、軍のお偉いさんが食いついてきたよ」


(軍……)


 その単語から連想したのはムキムキのおじさんである。

 有紗は嫌な予感に青ざめた。

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