九章 修道院 02
修道院に到着した日は、荷物の整理をして食事を摂ったら疲れ果てて眠ってしまった。
早めにベッドに入ったものの、まだ暗いうちから大きな鐘の音が鳴り、叩き起される。
(もう朝……?)
もぞもぞと起き上がるが、移動の疲れがまだ残っていて、身体の節々が痛く眠気が凄い。
起きたいのに体がいう事を聞かず、もだもだとしていたら、寝室のドアがノックされた。
「アリーセ様、起きていらっしゃいますか? 起床の時間ですよ」
気合いで起き上がり、眠気でふらつきながらもドアを開けると、既に修道服に着替えたビアンカが背筋を伸ばして立っていた。
「おはようございます」
「おはようございます。眠いですよね。軍でもこんな時間に起きることはないので私も少し辛いです」
――と口では言っているものの、ビアンカの身だしなみには隙がなかった。
昨日までは華やかだったが、今日の彼女は髪をきっちりとまとめている。そのため、銀行員のような雰囲気に逆戻りしていた。
「アリーセ様も着替えましょうか」
ビアンカに促され、有紗は着替えるためクローゼットへと向かった。
目を擦りながら着替え、ビアンカに浄化の魔術をかけてもらうが、まだ頭がぼんやりしている。
修道服は首が詰まっているので、『首輪』が隠れるのは良かった。袖が長いので腕輪も隠れる。有紗は小さく息をつくと、窓際に移動した。
カーテンを開けると、生垣の向こう側に畑が広がっているのが見えた。
自給自足に近い生活を送るためのものだと聞いている。世話をするのは平民出身の修道女達だ。
この修道院は――いや、ここだけではなく、多くの修道院がそうなっているそうだが、修道女が生活する建物は、貴族用と庶民用に別れている。
修道院にやってくるお嬢様の中には、特権意識を持ったままやってくる者が多いので、余計な軋轢を産まないために生活の場を分けているそうだ。
「失礼いたします」
朝食を持ってきてくれたのは、サビーネだった。
「お食事が終わられたら外のワゴンに出しておいて下さい。八時の鐘が鳴ったらお祈りの時間ですからね」
「はい、ありがとうございます」
「お祈りが終わったらそのまま聖堂でお待ちください。殿下からお話があるそうです」
「はい」
返事をすると、サビーネは穏やかに微笑み、部屋を出て行った。
食事は野菜が中心だった。ツァディー信仰に禁じられている食材はないが、肉が食卓に上るのは珍しいそうだ。
味は良かったけれど少し物足りなかった。
◆ ◆ ◆
聖堂での祈祷の時間だけが、平民の修道女と顔を合わせる機会となる。
有紗が聖堂に入ると、その修道女達の視線が集中するのを感じた。
「新しく入ったっていう貴族の……」
「あの人が? 顔が良く見えない」
「王家と関係の深い家の出身なのよね……」
「静かになさい。殿下が参られますよ」
年かさの修道女が叱責するまで、ひそひそ声が聞こえてきた。
「背筋を伸ばしましょう。堂々としている方が怪しまれません」
ビアンカの注意に、有紗は意識して背中を伸ばした。
貴族令嬢という触れ込みになっているので、席は前の方に用意されていた。
席についた有紗は聖堂の荘厳さに魅入られる。
大きなステンドグラスからは色とりどりの光が差し込み、聖堂の最奥に設置された女神像を神秘的に彩っている。
女神像の前には祭壇があり、季節の花々が飾られていた。
厳しい身分制度や奴隷制度を肯定するツァディーの信仰は、有紗には受け入れがたいものだったが、心が穏やかになって浄化される気がするのは、神社仏閣を巡った時と似ていた。
ややあってクラウディアが聖堂に入ってきた。彼女が祭壇の前に立ち、朝の祈祷が始まった。
まずは全員で聖歌を謳うらしい。
有紗には歌詞がわからないので、適当に合わせるフリをするだけだ。
不思議な響きを持つ合唱は、おごそかでとても綺麗だった。
歌が終わると、クラウディアが聖典の一節を読み上げる。
そして黙祷し、心の中で祈りを捧げる時間が設けられる。
(日本に帰れますように。あの人が諦めてくれますように)
有紗は真剣に願った。




