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【全年齢版】軍人殿下と異世界奴隷【コミカライズ原作】  作者: 森川茉里


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七章 休暇 02

「ディート様、少し手と口を出しすぎです。次のお店では外で待っていてもらえませんか」


 そう宣言し、一人で雑貨屋に入った有紗は大きく息をついた。


(少し強く言い過ぎちゃったかな……)


 だけど、今日の目的は一人での買い物だ。そのついでに物価や街の人の暮らしも見ておきたかったので、干渉されすぎて我慢できなかった。

 一人になるために適当に入った店だが、食器や文房具、タオルなどの日用品が色々と置いてあって、街の人々がどういうものを使っているのかが窺える。


 有紗は商品の手鏡を手に取って覗き込んだ。

 すると、金髪と青紫の瞳になった自分の姿が視界に入って来る。

 この街はクライシュ家の影響下にあるので、イザークやソレルを警戒したディートハルトが変装用のかつらを準備し、魔術で瞳の色を変えてくれたのだ。

 有紗は肉体に作用する魔術を受け付けない。それでも瞳の色が変えられたのは、王族だけが扱える『理に干渉する魔術』とやらのおかげらしい。

 原理はどうでもいい。大切なのは結果だ。ドレッセル少尉が教えてくれた通り、王族の協力があれば、有紗はこちらの人に溶け込めるのが証明された。

 瞳の色を変える時、ディートハルトは渋い顔をしていた。黒い瞳が相当気に入っているらしい。


(珍獣だからよね)


 異性として評価されている訳ではないはずだから、勘違いしてはいけない。有紗は自分に言い聞かせた。


(こんな魔術があるのなら、もっと早く使ってくれても良かったのに)


 好奇の視線にさらされるのはずっと辛かった。

 金髪になった自分は新鮮だ。思ったよりも似合っている気がする。何よりも悪目立ちしないのが嬉しい。

 有紗は小さく息をつくと、鏡を棚に戻した。そして、購入するものを決めようと思い、店内を物色する。

 猫をあしらった商品ばかりが並ぶ棚を発見し、少し嬉しくなった。その隣には犬のコーナーもある。

 世界が違っても生態系が似通っていたら、人に好まれる動物も同じらしい。その共通点に、嫌いでたまらなかったこちらの世界への好感度が少しだけ上がった。

 折角なので猫グッズを買おうと思い、ここを逃げ出す時に持ち出せそうな小物を探す。

 その時だった。


「アリサさん」


 突然名前を呼ばれ、有紗は声の方向に視線を向け――硬直した。


(ソレルさん……!?)


 髪が茶色になっているが一目でわかった。見間違えようのない美貌である。

 こちらと同じくお忍びでのお出かけなのだろう。

 だが、庶民の格好をしていてもオーラが隠しきれていない。それを見越してか、お金持ちのお嬢様に見えるように変装しているのはディートハルトと同じだった。


(ディート様も美形すぎるのよね……)


 有紗は変装した彼の顔を思い浮かべながら、ソレルに声をかけた。


「えっと、ソレル様……ですよね……?」


 背中を嫌な汗が流れた。

 彼女が一人でいる有紗に近付いてくる理由なんて一つしか思いつかない。

 憧れの王子様の一番近くにいる目障りな存在に、何か物申したくて声をかけてきたに決まっている。

 ソレルの背後には、青ざめた顔の若い女性が立っていた。彼女のお付きだろうか。

 店の外で待っているはずのディートハルトはどうしたのだろう。疑問を覚えるが、店内から外の様子は見えない。


「私が誰かはわかるようね」


 有紗はこくりと頷いた。

 彼女と至近距離で並んで立つと、スタイルの良さに圧倒される。

 まるで等身大のドールが立っているみたいだ。顔の小ささと腰の位置の高さに有紗は敗北感を覚えた。更に胸が豊かで腰も細いのだから反則である。


「……随分と殿下に気に入られているのね」


 何を言ってもソレルの怒りを買いそうで、どう返事をしたらいいのかわからなかった。

 焦りながら言葉を探していると、外で悲鳴が聞こえた。


「魔獣が出た!!」


 ざわめきの中に混ざる声に、ピクリとソレルが反応した。


「お嬢様! 危険です!」


 ソレルの背後にいた女性は、やはり彼女のお供だったようだ。外に飛び出そうとしたソレルの腕を、がしっと掴んで制止する。


「離しなさい! 市民を守るのは貴族の義務よ!」


 ソレルはぴしゃりと叱りつけ、女性の腕を振りほどくと、店の外へと飛び出していった。

 開け放たれた扉の向こう側に、空中に浮かぶ巨大な鷹のような鳥が見えた。


 ――魔獣だ。魔力の影響で巨大・狂暴化した野生動物。


 こちらにそう呼ばれる存在がいる事は、知識としては知っていた。

 だが、まるで映画の中のような光景に、有紗はぽかんと目と口を開けて立ち尽くす。

 走って逃げようとする人、有紗のように呆然とする人。通りにいた人の行動はまちまちだ。


「早く警備隊を呼べ!」

「なんで街中に魔獣が!」

「あれ、人じゃないか⁉」


 誰かが上空を指さし叫んだ。

 確かに巨鳥は鉤爪で何かを持っている。よく見るとそれは人間の形をしていた。スカートをはいている所をみると女性だろうか。ぐったりとして動かない。


「場所を開けなさい! 怪我をしたくなければ!」


 凛とした声が周囲に響き渡った。ソレルの声だ。

 大通りの中央に陣取った彼女は手を前方に突き出し、魔術式を展開していた。

 道行く通行人が慌てて左右に避けたのを確認してから、ソレルは手を払う動作をする。

 すると、魔術式の中央から赤い光が矢のように放たれて、空中の魔獣に命中した。

 耳障りな絶叫があたりに響き渡り、猛禽型の魔獣落下しながら掴んでいた人物を放す。


「落ちるぞ!!」


 周囲が騒めくが、女性の体の下に魔術式が出現して受け止めた。


「大丈夫。ちゃんと地上に下ろします」


 発言したのはソレルだ。受け止めたのは彼女の魔術のようである。


 しかし――。


 ばさりとひときわ大きな羽ばたきが聞こえた。

 魔獣はまだ生きていて、ソレルに狙いを定めている。ソレルも気付いた。その顔がさあっと青ざめる。人一人を受け止めているせいで対抗手段がないのだろうか。


(首輪の魔術!)


 天啓のように閃き、有紗はソレルに向かって全速力で走った。

 新しい『首輪』には、強力な護りの魔術が込められている。


『アリサに対する敵意にも自動的に反応するようにしてある』


 彼は、刺繍中に怪我をした有紗を見咎めた時にそう言っていた。


(だからきっと大丈夫)


 有紗は降下体勢に入った魔獣とソレルの間に体を割り込ませた。

 その直後――。

 別の方向から赤い閃光がほとばしった。

 あまりの眩しさに有紗は目を(つむ)る。


「アリサ!」


 誰かに腕を掴まれた。

 その人物から、清涼感のある香りが漂ってくる。

 まだ目は眩んでいるが、声と匂いだけで目の前にいるのが誰かわかってしまった。

 まばたきを繰り返したら視力が戻ってくる。

 予想通りディートハルトだった。


「なんで魔獣の前に飛び出したんだ」


 彼は、眉間に皺を寄せて尋ねてくる。


「首輪が守ってくれると思いました」


 有紗はチョーカーに触れながら答えた。


「確かにそれに仕込んだ魔術がアリサを守っただろうけど……」


 ディートハルトはぐっと詰まると、バツが悪そうに頭に手をやった。


「通して下さい! そこ、下がって!」


 遠巻きにこちらを見ていた通行人をかき分けて、濃紺の制服を身につけた一団が現れた。


「少し離れて下さいね」

「ご協力をお願いします!」


 彼らは、群衆の整理を始めた。

 また、その中から、壮年の男性がこちらに駆け寄ってくる。


「あの……恐れ入りますが、ディートハルト殿下とソレル様でいらっしゃいますよね……? 小官はセーファス都市警備隊に所属しております、アレクシス・ディル・バルビエットと申します! 殿下が魔獣に放たれた鮮やかな魔術に感服致しました!」

「いや……市民に怪我がなくてよかった。咄嗟だったから手加減できなくて悪かったね。消し飛ばしてしまったみたいだ」


 ディートハルトとアレクシスのやり取りを聞きながら、有紗はソレルの方に視線を向けた。

 彼女の腕の中には、ぐったりと横たわる若い女性がいた。

 有紗がディートハルトとやり取りしている間に、彼女の救出を完了させていたらしい。

 ソレルの傍には、女性の警備隊員がいて、女性の様子を確認していた。




   ◆ ◆ ◆




 ソレルが助けた女性は幸い無事で、ディートハルトの魔術による治療を受けたら意識を取り戻し、深々と頭を下げて帰って行った。

 セーファスのような大きな都市には結界が張られており、普通は魔獣が入り込むなんてありえないそうだ。

 どうやら結界に綻びがあったのが、今回の騒ぎの原因らしい。

 有紗は、ディートハルト、ソレルと彼女に仕える侍女と一緒に、警備隊の本部に移動する事になった。

 こんなに騒ぎになったら変装の意味が無いので、ディートハルトは本来の姿に戻っている。

 詰所に向かう道中はピリピリしていた。


「詰めが甘いですよ、ソレル嬢」


 ディートハルトは口調こそ丁寧だったが、冷たい表情でソレルに告げた。


「あまり威力を上げすぎては子供を助けられないと思ったんです」

「それで魔獣を打ち漏らしては本末転倒です。もう少し魔力の密度を上げるべきでしたね。……女性であるあなたが魔獣狩りに関わる事はなかったでしょうから、仕方なかったかもしれませんが……」

「いえ、殿下の仰る通りです。勉強になりました。駆けつけて下さらなかったらどうなっていたか……。アリサ様を危険な目に遭わせて申し訳ありませんでした」

「随分と殊勝ですが、それは作戦ですか?」

「作戦……?」

「私はあなたが魔獣を引き入れたのではと疑っているんですが。ちょうど直前におかしな二人組に絡まれましたしね……」


 ディートハルトの発言に、ソレルは絶句した。


「お言葉ですが、お嬢様はそのような卑劣な真似をなさる方ではありません!」


 ユリアというソレルの侍女が反論した。


「私はソレル嬢に聞いています」


 ディートハルトはユリアに冷たい目を向けた。

 すごく怖い。有紗はこれまで、彼の一面しか知らなかったのを思い知らされた。


「……殿下が離れた隙に寵姫殿に会いに行った以上、疑われても仕方ないかもしれませんが、私ではありません。存分に調べて下さい」

「では、読心の魔術を使わせて頂いても構わないと?」

「どうぞ。私にやましい行動はございませんから」

「では後ほど、心の底まで探らせて頂きます」

「抵抗はしません。それで身の潔白が証明できるなら安いものです」


 高圧的なディートハルトに、ソレルは青ざめながらもきっぱりと言い切った。




   ◆ ◆ ◆




 警備隊の詰所から基地の宿舎に戻った時には、夜遅くなっていた。

 有紗はソレルと出会ってからの経緯を聞かれただけで済んだのだが、ディートハルトが長引いたのだ。


 彼は、有紗がソレルに話しかけられた時、柄の悪い二人組の男に絡まれていた。

 因縁を付けられ、路地裏に連れ込もうとした彼らに、ディートハルトは素直に従い、人気のない場所で返り討ちにした。具体的にどんな目に遭わせたのかは教えてくれなかった。

 何故そんな連中について行ったのか尋ねると、『面白そうだったから。何か裏があるなら暴いてやろうと思って』という、彼らしいが頭が痛くなる回答が返ってきた。

 捕まえた二人組やソレルに読心の魔術をかけて、魔獣の侵入との関連がないのかを調べていたら、この時間になってしまったのである。


 人の精神に干渉する魔術がどれくらい効くかは、かける相手と術者との魔力量の差で変わるそうだ。

 つまり、誰よりも魔力の高いディートハルトが読心の魔術を使うと、相手の心を丸裸にできるという事だ。有紗は自分が魔術の効かない体質で良かったと思った。


 彼の魔術と警備隊の調査の結果、二人組はちょっと有名な半グレのような存在で、ソレルとは無関係だとわかった。

 それを聞かされて有紗はホッとした。

 魔獣が出た時や、ディートハルトの圧迫面接のような質問に答えるソレルの姿を見た印象から、卑怯な事をする人ではないと思っていたのだ。


 また、魔獣が侵入してくるきっかけになった結界の綻びも、役所の人間の怠慢が原因で、それぞれの出来事に関連性はなさそうだった。

 結界の管理は行政の役目である。最高責任者は太守であるイザークだ。

 詰所に駆けつけてきた彼は、ソレルが不審な行動を取っていた事もあって、ディートハルトに気の毒になるくらい平謝りしていた。


「ごめん。さんざんな外出になってしまったね」


 ディートハルトに話しかけられて、有紗は首を振った。


「いい経験になりました。お金の事とか、魔獣がどういうものなのかとか。知らない事を知るのは勉強になります」


 魔獣があんなに大きく、恐ろしいものだとは思わなかった。

 猫のような身近な動物でも、人間とは比べ物にならない身体能力を持っている。それが元の何倍もの大きさに膨れ上がっているのだから当然だ。

 魔獣は増えすぎると大暴走(スタンピード)と呼ばれる災害を引き起こすらしい。

 暴走した魔獣は、餌を求め人里に襲い掛かる。彼らの通った後は何もかもが食い荒らされ、瓦礫の山になるというから、地球における蝗害が近いのだろうか。

 魔獣が増えすぎると、何かのきっかけでこの災害が起こるため、こちらの世界では軍や行政による定期的な間引きが行われている。


(それもあるから、魔力の高い王族や貴族が絶対的な存在なのね……)


 有紗は改めて思い知らされた。

 侍女を振り切って魔獣に立ち向かったソレルの姿はとても凛々しかった。

 ディートハルトの父親である国王が、何の力も後ろ盾もない有紗を引き離そうとするのも当然だと思えた。

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