六章 陸軍基地 01
暑苦しさに目覚めると、有紗はディートハルトに背後から抱きすくめられていた。
(あれ……。なんで私ベッドに……)
直前の記憶はソファで読書していたところで途切れている。
太守の官邸からホテルに戻ってきたら、ディートハルトは食事もそこそこに別室に籠ってしまった。
『たぶん夜更かしする事になるから、先に眠ってていい』
そう言われたものの、先に眠るのは気が引けたし、点数稼ぎにもなるかと思って、有紗はかなりの時間眠らないようにしようと頑張った。
(ソファで寝落ちて……。この人がベッドまで運んでくれたのかな……?)
だが、こう密着されると物理的に息苦しい。
腕から抜け出そうと思い身動ぎしたら、より強く抱き締められた。
「やだ、もうちょっと……」
むにゃむにゃと呟いて、ディートハルトは有紗のうなじに顔を埋めてきた。
今までは大抵ディートハルトの方が先に目覚めていたので、よく考えたら寝惚ける彼を見るのは初めてである。
「あの、苦しいので少し離れて貰えませんか……」
「えー……」
不服そうな声を上げながらも、ディートハルトは腕の力を緩めてくれた。
その時である。枕元に置かれた彼の懐中時計から、ベル音が響き渡った。
この時計には、通信機能やら目覚ましやら、一昔前の携帯電話のような機能が搭載されている。
「くそ……」
悪態を付きながらディートハルトは有紗から身を離した。
癖のある金髪をがしがしと乱暴に掻き毟り、懐中時計のアラームを止める。
そして時刻を確認すると、枕に向かって突っ伏した。
「嫌だ、起きたくない……基地に戻りたくない……」
「ディート様、時計が鳴ったという事は、そろそろ起きないといけないのでは……?」
おずおずと声を掛けると、ディートハルトはムスッと膨れた。
「子供みたいです」
呆れながら声を掛けると、じとっと睨まれる。
「そうだよ。本当は軍になんて戻りたくないんだ。王族男子の義務じゃなきゃ誰が軍になんか……」
文句を言いながらも、ディートハルトは渋々と体を起こした。
彼の目はまだ眠いのかとろんとしており、髪もボサボサで、あちこちに向かって跳ねている。
そんな寝乱れた姿を不覚にも可愛いと思ってしまい、有紗は慌てて目を逸らした。
「昨日は何時に寝たんですか?」
「四時くらい……?」
「眠くて当然ですよ」
「アリサこそ何時に寝たの? ソファでうたた寝してたって事は、待っててくれたんだよね」
「先に寝るのは悪いなと思って……。ごめんなさい。疲れすぎて無理でした。ベッドに運んでくださったんですよね」
「そうだね。待っててくれたのは嬉しいけど、次からはベッドに入って待つようにして欲しいな。変なところで寝たら体を痛めるし、風邪を引くかもしれない」
ディートハルトは有紗の頭を撫でてから、ベッド脇のテーブルに手を伸ばした。
「おいで。首輪を替えてあげる」
ディートハルトの手には、見覚えのあるチョーカーがあった。一昨日宝飾品店で買ってもらったものだ。
「こいつを魔道具化するのに時間がかかってね」
彼の手で無骨な首輪が繊細なデザインのチョーカーに交換される。
一番可愛いと思ったものを自分の手で選びはしたけれど、首輪は首輪だ。
「ありがとうございます」
自分はうまく笑えているだろうか。自信がなかった。
「護りの魔術を仕込んでおいたよ。俺が有紗から離れても、危ない目に遭わないように。誘拐対策に対になるカフスも作ったんだ」
ディートハルトはにっこりと微笑むと、テーブルの上に置かれていたもう一つのアクセサリー――カフスボタンを手にした。
すると、カフスから有紗の首のチョーカーに向かって、赤い光線が放たれる。
(GPS機能を付けたって事……?)
ゾッとして鳥肌が立った。
「『ディート様助けて』って言ってみて」
「…………」
何だろう、そう言われると素直に言いたくない。
ためらっていると、ディートハルトはチョーカーに触れてきた。
「恥ずかしがらずに試してみて」
何が何でも言わせてやるという強い意志を感じ、有紗は渋々と口を開いた。
「ディートさまたすけて」
棒読みにも関わらず、チョーカーがぱあっと赤く光った。光は一瞬で収束し、有紗の全身を包み込む。
気が付いたら、有紗の身体はガラスのような材質の球体に包み込まれていた。ディートハルトはその球体をコンコンと叩いた。
「強度にも問題は無さそうだね。何かあったら使って。俺の結界はそう簡単には破れない」
「これ……消す時はどうするんですか?」
「『解除』って言えば消えるよ」
「解除」
有紗の言葉と共に、球体はすうっと消えた。
「隷属の機能もあるという事は、ディート様以外には外せないんですよね……?」
「そうだね」
(呪いの装備……?)
そんな言葉が頭の中に浮かんだ。