五章 妃候補 04
本来正装で行かなければいけない席に軍服の常装で赴き、華やかに着飾った寵姫を連れて行ったのだから当然だが、少し煽りすぎたかもしれない。
ディートハルトは魔道四輪車を運転しながら、官邸を出る直前のイザークの顔を思い出して反省した。
ちらりと隣に座るアリサに視線を向ける。
可哀想に。イザークとソレルから睨まれて、怯えきっていた。
(何かしてくるかもな)
地方における太守の影響力は高い。
軍の基地に滞在中は、あちこちに連れ回されるだろうから、アリサの傍を離れなければいけない時間ができる。
作り直す首輪には彼女を護るための魔術を仕込む予定だったが、発動条件や強度を見直した方がいいかもしれない。
――などと考えていた時だった。
嫌な予感を覚え、ディートハルトはピクリと反応した。
魔力の高さが影響してか、ディートハルトのこういう直感や籤、占いの類はよく当たる。
身構えていると、歩道を歩いていた女児が、急に目の前に飛び出してきた。
予感が当たった。ディートハルトは車を急停車させる。
直後、子供の泣き声が響き渡った。
ディートハルトは慌てて車を降り、道に座り込む女児に駆け寄った。
「大丈夫か⁉ 怪我は!」
魔道四輪車と子供の間には、十分な間隔があったのでひとまず安堵する。
ディートハルトはその場に屈むと女児の状態を確認した。
年齢は三歳くらいだろうか。驚いて臀部を地面に打ち付けたようだから、痛みで立ち上がれないのかもしれない。
「申し訳ございません! 私が手を離したから……」
母親らしき女性が駆け寄ってきて深々と頭を下げた。
「いや、何とか当てずに済んだみたいで良かったよ」
ディートハルトは子供を抱き上げると、治癒魔術をかけてやった。
「まだ痛む?」
尋ねると、女児は泣き止み、ぶんぶんと首を振った。
ディートハルトは、子供を母親に渡す。すると母親は、初めてディートハルトの顔を見あげ、正体に気付いたのか硬直した。
「あの、もしかして、ディートハルト殿下……?」
容姿、目の色、服装、それらが合わさると、自分の名前を宣伝して歩いているようなものである。
「大きな事故にならなくて本当に良かった。じゃあね」
ディートハルトは親子に向かって微笑みかけると、車に戻った。
「当ててないですよね……?」
おそるおそるアリサが声を掛けてきた。
「当たってたらわかるよ。衝撃が来る」
「そうですよね。車って、ちょっと擦っただけでも振動が来ますよね。確かそうでした」
納得したのか、アリサはホッとした表情を見せた。
再発進しようとしたディートハルトは、彼女の首に擦り傷が出来ているのを発見する。
「アリサ、その首、どうしたの?」
「えっ」
アリサはディートハルトに指摘され、初めて自分の傷に気が付いたようだ。
「痛いと思ったら……。シートベルトが食い込んだみたいです」
ディートハルトは治癒魔術を使おうとし――アリサには治癒が効かないのを思い出してゾッとした。
息さえあればどんなに重い怪我でも治せる。それがこちらの世界での常識だ。
だが、アリサにはその法則が通用しない。今更ながらにその危険性に気付いたのだ。