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三章 街へ 02

 たくさん寝た後だったが、よほど疲れていたらしく、ベッドに横になるうちに有紗は眠りに落ちていた。

 自然に目覚めた有紗は、時計を確認した。


 寝室の壁には、アナログの時計がかかっていて、十一時を指している。

 食事の時にディートハルトから聞いたが、こちらとあちらの時間と暦の概念はほぼ同じだった。

 一日は二十四時間、一か月は三十日で、一年は三百六十日。四季はあるが、閏年や閏月はなく、きっかり三百六十日で季節が一巡りするそうだ。


 だが、大地が丸い星かどうかは、世界の果てを観測できていないためわからないと言われた。

 こちらでは、人類の活動域は、大きな一つの大陸とその周囲にある島々に限られているらしい。

 その領域の外側は漆黒の(もや)に包まれた大嵐の海域となっていて、魔工学(地球の科学技術にあたるもの)が飛躍的に進歩した現代においても、未踏査となっているそうだ。


 また、こちらでは、月蝕――魔力の源である赤い月が欠けると天変地異が起こり、その度に大陸の地形や島の数が変わるというから大変だ。

 そして、 こちらには、『魔獣』と呼ばれる危険な存在がうろついている。

 魔獣というのは、魔力の影響で巨大化した野生動物を指す言葉で、魔獣化すると、元が草食動物でも肉食化し、見境なしに他の動物を襲うようになってしまうという。


(この世界にはこの世界なりの苦労があるのね……)


 たとえどんな事情があっても、こちらに飛ばされた地球人にとって酷い世界なのは変わりないのだが。

 有紗は小さく息をつくと、ベッドから体を起こし、手櫛で簡単に髪を整えてから隣の執務室へと移動した。

 すると、窓際のデスクで書類と向き合っていたディートハルトが顔を上げる。


「よく寝てたね。体調は?」

「かなりよくなりました。今からでもあの、街に行けますか……?」

「もう少しで昼食だから食べてから行こう。早めに目が覚めてくれてよかった」


 ディートハルトは機嫌よさそうに微笑んだ。




   ◆ ◆ ◆




 ヨーロッパ風の異世界だからか、昼食も洋風だった。

 主食は保存性からライ麦で作られるどっしりとした黒パンやじゃがいもで、それにスープと野菜の副菜、肉料理を組み合わせるのが基本らしい。


 魚や貝といった水棲の生き物は宗教上の理由から口にできないので、タンパク源は牛、豚、鶏、羊などの家畜から摂るそうだ。

 日本からこちらに飛ばされた先人はいなかったのか、大豆を発酵させた調味料はないみたいだ。

 味付けは主に塩、にんにくやハーブなどの香草、酢らしいので、和食が恋しくなる未来が想像できた。だが、自力で味噌や醤油を作れる気はしなかった。


(大豆に塩を混ぜて放っておくんだっけ……? 何かの菌が必要……?)


 料理雑誌で、自家製味噌の作り方が解説されているのを見た事はあるのだが、どういう内容だったか思い出せない。面倒そうだったのと、発酵と腐敗の区別がつくかが疑問でスルーしたのが悔やまれた。




 食事が終わると、ディートハルトはこちらに向かって私服っぽい上着を差し出すと、頭からすっぽりと被せてきた。


「暑いかもしれないけど我慢して。艦の奴らにアリサを見せたくない」

「はい」


(犯罪者みたい)


 頷きながらも有紗は顔をしかめた。上着からちょっといい匂いがするのがまた腹立たしい。


「じゃあ行こうか。街までは魔道四輪車を使うよ」


 ディートハルトは機嫌よさそうに微笑みかけてきた。




 戦艦の外に停まっていた車に乗る時のディートハルトは、バルツァーと同じように紳士的な仕草で有紗を助手席に乗せた。

 彼の行動はなんだかアンバランスだ。酷い態度や言動を見せたかと思ったら、優しく丁寧に接してくるから混乱する。

 ディートハルトは、有紗の隣――運転席に乗り込んできた。


「……ディート……ハルト様が運転するんですか?」

「うん。ドライブは好きなんだ。あ、敬称は『殿下』で。二人きりの時はいいけど、人前では気を付けて。正しい言葉遣いは自分を守る盾になる」

「……ごめんなさい。ディートハルト殿下」


 身の程をわきまえろと言われた気がしたが、有紗は素直に謝った。


「そこは『申し訳ありません』の方がいいかな」

「……申し訳ありません」

(ちゃんと敬語を使えって事ね……)


 むくむくと反発心が湧く。が、身分差がある以上、受け止めなければいけないのだろう。


「普段はディートでもいいよ。でも人前では気を付けて」

「かしこまりました。変な言葉を使っていたらどうぞご教授下さい」

「……慇懃すぎるとそれはそれで微妙だね」


(じゃあどうしろと……)


 有紗は内心で眉をひそめた。




   ◆ ◆ ◆




 ディートハルトが運転する車は、前日にバルツァーと移動したのと同じルートを辿り、有紗が買われた街へと向かう。

 だが、街中へ車で乗り入れた時の、居心地の悪さは比べ物にならなかった。

 道行く誰もがこちらを見てくる。


「あの……。もしかして皆、殿下の正体に気付いているのでは……?」


 彼は軍服のままだし、華やかで目立つ容姿を一切隠していない。


「そうだろうね。赤い目は王族の証だし。父や兄、姉も赤いけど俺ほどじゃない」


 あっけらかんと言われ、有紗は眉をひそめた。


「いいんですか?」

「構わない」

「あなた王子様ですよね? 狙われたりとか……」

「俺の正体を知って襲う馬鹿はいないよ」


 そういえば、この人は魔力が誰よりも高い。護衛を連れて歩かず単独行動が許されているのも、純粋に強いからなのだろう。

 SPを常に連れて歩く地球の要人とは違うのだ。また一つ常識の違いを目の当たりにして気持ちが沈んだ。

 また、昨日は街並みに気を取られていて気付かなかったが、こちらの世界では奴隷は一般的なようで、街のあちこちで手に奴隷紋がある人が働いていた。

 肉体労働に従事するあの人達と、愛玩用の自分、どちらがマシなのだろう。

 有紗は目を伏せると首輪に触れた。




   ◆ ◆ ◆




「とりあえず着替えからかな」


 ディートハルトは、服屋の前に車を乗り付けた。

 店には、こちらの民族衣装が大量にかかっている。


「ねえ、あの方が連れてる奴隷……」

「しっ、聞こえたらまずいわよ」


 そんなひそひそ声が聞こえてきて、有紗はうつむいた。

 日本にいた時のままの服装だから、こちらではかなり目立つ。顔立ちや瞳の色の事でも何か言われているかもしれない。


「ほら、行くよアリサ」


 ディートハルトは王子様だから注目される事に慣れているのか、他人の視線も声も気にならないようで、こちらに手を差し伸べてくる。

 有紗は居心地の悪さを感じながらも、彼に従って店の中に入った。


「艦での生活がしばらく続くから、買うのは最小限にして欲しい。街の子が着るような服で悪いけど、ちゃんとした服はいずれ仕立ててあげるから、しばらくは我慢してくれるかな? ドレスはかさばるし、着るのも大変だからね……」

「はい。……でも、最小限の基準がわかりません。こちらの服の事もよくわかりませんし……。選ぶのを手伝って頂けませんか?」

「それもそうだね。一緒に選ぼう」


 ディートハルトは苦笑いを浮かべながら頷いた。

 『街の子が着るような服』、と彼は表現したが、アンナやペトラが着ていた服よりずっと上質だ。

 彼女達のいた農村は貧しかったのだと改めて実感した。だからといって、売られた事を許すつもりにはなれなかったが。




 ディートハルトは、着回しを考えて、衣装を三着選んでくれた。


「あの、帽子も買って欲しいです……」


 有紗は思い切ってねだる。


「ヴァルトルーデの中で過ごすから、特に必要ないと思うけど」

「人の視線が気になるんです。皆私をじろじろ見てる……」

「その珍しい瞳の色のせいかな? そんなに気になる?」


 有紗は頷いた。すると、ディートハルトは小さく息をつく。


「気にせず堂々としていればいいのに。まぁいいや。買ってあげる」


 彼はどこか不服そうにしながらも、帽子を選んで有紗の頭に被せた。


「うん、似合ってるよ。気になるなら服も着替える?」

「はい」


 有紗の返事を聞いたディートハルトは、店員を呼んだ。


「こちらへどうぞ」


 女の店員は、ディートハルトに声を掛けられた時は焦りつつもぽうっとなっていたのに、有紗を試着室へと案内する時にはどこか不機嫌そうだった。

 態度の差に、有紗はみじめな気持ちになる。


(私が奴隷だから……?)


 涙が零れそうになったが、必死にこらえた。




 着替えている間に、ディートハルトは会計を済ませていた。


「貸して。一緒に包んでもらう」


 彼は、有紗が元々着ていた服を取り上げると、店員に渡す。

 彼女は、やはりディートハルトに対しては浮ついていて、明らかに態度が違う。

 どうして服を買うだけで、こんなに嫌な思いをしならなければいけないのだろう。

 有紗は屈辱感を覚え、身を震わせながらうつむいた。

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