8
それから、しばらくは普段と変わらない生活が続いた。
しかし、青年との出会いもあまり思い出さなくなった頃にその事件は起きた。
**********
その日、城下町を訪れたのは偶然だった。
普段なら宝飾品を買うときは邸に
人を呼んで済ませている。
しかし、侯爵家と直接取引をしている店の責任者が
怪我をしてしまい、邸に来ることができなくなった
と連絡があった。
しかもタイミングの悪いことに母が特注で
注文していた宝飾品も同じタイミングで
届けてもらう予定だった。
母はその品をすぐに使う予定だったらしく
私が店に直接出向いて自分のものを買い、品物を受け取ることとなった。
予定通りの買い物を済ませる。
母の宝飾品も無事に受け取ることができたし、満足のいく買い物ができた。
普段ならあまり出歩くこともできない城下町に直接足を運ぶことはいい気分転換になる。
付き添いの侍女に荷物を預け、少し浮かれた気持ちで店を出て馬車を待っていた。
城下町のなかでも貴族が利用する店が多く立ち並ぶこの大通りはとても賑わっている
馬車だけでなく行き交う人を眺めているだけでも楽しい気持ちになった。
馬車を待っていると視界の端に素早く動く影が見えた。
それが子供だと気づいたのはその子供が侍女とぶつかってからだ。
「ごめんよっ!急いでるんだ!」
かなりの勢いでぶつかったらしく荷物を持っていた侍女は尻餅をついてしまい
抱えていた荷物が地面に散らばる。
ぶつかってきたその少年は止まることなく様子もなく走り去ってしまう。
「大丈夫?怪我はないかしら。」
慌てて侍女に駆け寄る。
「ありがとうございます、お嬢様。私は大丈夫です。
しかし、大事な荷物が。申し訳ありません。」
侍女は散らばった荷物を集め始める。
私もそれを手伝いながら荷物を確認していくとそこで大変なことに気が付いた。
(あれ、1つ足りない・・・。)
それも、母が特注で注文した品。
今日はこのために来たといっても過言ではない大切なものだ。
慌てて辺りを探すがそれらしきものは見当たらない。
(まさか、さっきの子?)
少年の走っていった方向を見るが
既にその姿は見えない。
侍女もその可能性に気が付いたらしく私よりも
顔を真っ青にしている。
それは当然だろう。このことを母が知ればどうなるか。
ただの侍女である彼女が職を失うよりも重い罰を受けることは想像に難くない。
「取り戻してまいります!お嬢様は馬車でおまちください!」
言うが早いか侍女は少年が消えていった方向へと走り出す。
「ちょっと待って!!」
慌てて声をかけるが私の声に振り返ることなく人込みに紛れていってしまった。
あろうことか荷物を置いたまま、侍女は私を置いていってしまったのだ。
「ど、どうしよう・・・・!。」
1人取り残された私は茫然と立ち尽くす。
ただでさえ土地勘のない私は警備の兵士がいる場所もわからないから誰かに助けを求めることもできない。
このまま迎えの馬車がきたところで母が注文した品を持たずに帰るわけにはいかない。
御者に経緯を説明したとして、どこで母の耳に入ってしまうかわからない。
かといってこの荷物をもったまま彼女を追いかけることもできないのだ。
(どうにかしないと。)
気持ちばかりが焦っていく。
どうにか解決策がないかとうつむいて考えていると突然誰かに肩をたたかれた。
「こんにちは、ご令嬢。またお会いしましたね。もしかして今度は本当に迷子ですか?」
この場にそぐわない笑顔を浮かべている青年は
いつかの丘で出会ったその人だった。
読んでいただきありがとうございます。