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「まさか席を外している間に王子の親睦を深めるとはさすが私の娘だな。
このままいけば王子の婚約者として選ばれるのは我が侯爵家で間違いないな。」
王妃の茶会から帰宅後、両親はいつにもまして上機嫌だった。
それもそうだろう。
高位貴族でありながらも王子と公の場でしか関わりのなかった娘が
茶会を抜けたと思ったら王子の身につけていた薔薇を身に着け
王子とともに戻ってきたのだから。
「えぇ、本当に。当然のことだけれど誇らしいわね。
王子殿下からの招待はないのかしら。
ここでさらに親睦を深めておかないと。
どこかの中級や下級貴族の令嬢とお会いになっているみたいだけれど
最後に婚約者に選ばれるのはあなたなのですからね。」
母は上機嫌のまま黙って聞いている私の隣に腰を下ろした。
「わかっているでしょうけど王子殿下の火遊びも結婚までは寛容にね。
あなたが王妃になってしまえば、それまでの女性関係など意味がないのですから。
あぁ、けれど側妃などつけさせてはだめよ。
あなたの地位を脅かす者は決して許してはいけないわ。
これはあなたのために言っているのよ。」
あなたのため、そんなわけがない。
これは侯爵家のため、ひいては自分たちのための言葉なのだから。
「えぇ。もちろんです、お父様、お母様。
ご期待に添えるように努力いたします。」
不愉快な気分になりながらも取り繕って微笑んだ。
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両親と話し終えたあと、私は1人で自室へと戻ってきた。
お茶会と潜入の緊張感から解放されて
ようやく一息つける
それまでの緊張感から解放されてふーっと息を吐いたとき
「ずいぶんと貴族らしい親だな。」
ここにいるはずのない人物の声にハッとして振り返る。
室内の明かりを避けるようにしてヒースクリフが壁に背を預けて佇んでいる。
「ど、どうしてここに?」
「協力者として引き入れた者が信用ならなければ
監視するのは当たり前のことだろう。」
平然として言い切る彼の様子と
その言い方からして少なくとも今日の茶会の後から尾行しているのだろう。
いや、侯爵家の場所を調べて誰にも見つかることなく侵入できるくらいには
探っていたのだろう。
思いがけない再会に戸惑いつつも、心の中ではやはり嬉しい。
「首尾はどうだった。」
「王妃の自室に入ることはできたわ。
・・・けれど、証拠になりそうなものは見つからなかった。ごめんなさい。」
初めから証拠をつかむことができるとは思っていなかったが
少なからず手がかりとなるものは見つかるのでは、と期待していた。
彼に失望されてしまうのだろうか。
期待に添えなかったことに後ろめたさを感じる。
「だろうな。」
「え?」
予想に反して彼の反応はあっけらかんとしたものだった。
想定外の反応に思わず茫然としてしまう。
「あいつがそう簡単に尻尾を掴ませるようなことをするとは思えない。
ましてや自室なんてわかりやすいところに置いてあるはずがない。
あいつがそんな間抜けなら俺の復讐も1人で成し遂げられてた。」
「・・・それじゃあ、なんで潜入なんて?」
「お前の覚悟を試した。」
ヒースクリフはじっと私の目を見た。
まるで私の反応を確かめているように。
「あの中で俺たちに協力する明確な理由がなかったのはお前だけだったからだ。
理由もなく命をかけるようなことに力を貸すなんてこと信用できるわけがない。
だから覚悟を試した。」
「・・・それじゃあ、一応は信用してもらえたってこと?」
「勘違いするな。口だけの奴じゃないことを確かめただけだ。
信用したわけじゃない。」
そうよね、と納得するとともに心のどこかで落胆する自分もいた。
そんな私にヒースクリフはポツリと問いかけた。
「・・・お前は魔塔主の恋人なのか?」
「え?!どうしてそうなるの?」
どんな勘違いをしたらそうなってしまうのか。
驚く私とは裏腹にヒースクリフはある程度確信を持っていたのだろう。
それが外れた彼は少し戸惑ったようだ。
「いや・・・あの場に明確な理由を言わずに若い女が来るなんて相場が決まっているだろ。
だからそうなのかと思ったが、違ったのか?」
「違うわ。エゼキエルは私の仲間で、私にとっては友人のような人だから。
自分の部下の妹だから目をかけてくれているの。」
「マティアス・ルードベルトか。」
私の話ですぐにマティアスの名前が浮かぶあたり
すでに私たちの関係性などの情報は調べ上げているのだろう。
私はふと、気になっていたことをヒースクリフはに問いかける。
「・・・あの、1つ気になることが。」
「なんだ。」
「第一王子は王妃の息子ではないのかしら。」
私の問いにヒースクリフは目を見張った。
「なぜだ。」
「王妃の私室に忍び込んだときに見つけた日記を読んだの。
けれど王妃の日記ではないみたいで
そこには・・・。」
自分の伝えたい言葉のすべてを声にすることはできなかった。
見上げたヒースクリフの表情が、雰囲気があまりに張りつめていたからだ。
「・・・・この話は口外するな。」
ヒースクリフはそれだけ言う窓から部屋を去っていった。
私は何も言葉をかけることができず、ただその背中を見送った。
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「ごきげんよう。王子殿下。シェーファー侯爵令嬢。
私は魔塔の主をしております。エゼキエル・ウィンフリードと申します。
以後お見知りおきを。」
そう言って丁寧にお辞儀をしたのはの小鳥の姿になったエゼキエルだった。
思いもよらない来訪者とその姿にさすがの2人も目を丸くしている。
「魔塔の魔法使いは優秀であると聞いているが、まさか鳥の姿になることもできるのか。」
傍から見ても私の肩に留まっているのはかわいらしい小鳥だ。
私が2人の話をしたときに自分も同席すると言ったエゼキエルが
目立つことがないようにと魔法で姿を変えたのだ。
ユーインほど変装や変化の魔法は得意ではないようだが
エゼキエルも変化の魔法を使いこなすことはできるようだ。
全身を変化させる魔法は髪の一筋や指先まで神経を使う繊細な魔法だと言っていた
エゼキエルは窮屈そうに身じろぎをしていた。
「アリスから話を伺いました。
事情があり人の姿で出入りするわけにはいかず
このような姿で申し訳ございません。」
「いや、構わない。少し驚いただけだ。
それより、魔塔主殿が魔法を使って姿を変えてまで来たんだ。
何か重要な話があるんだろう?」
「アリスがあなた方にお話しすることができなかった行動の理由です。
これから私がお2人にお伝えすることは
興味本位で聞いて後悔しても聞かなかったことにはできませんし
命の危険すらあるかもしれません。
それでもお聞きになる覚悟はおありですか?」
「あぁ。」
「もちろん。」
エゼキエルは私が聖女であることを除いて
自分たちが追っている魔法使いとその正体について語り始めた。
2人は驚いた様子も見せながらもエゼキエルの言葉を最後まで黙って聞いた。
「これがアリスがあなた方に隠していた真実です。」
「なんてこと・・。それは、確かなことなの?」
「はい。実際に呪いをその身に受けた者からの情報です。」
「王妃様がまさか・・・。」
ヘレンは絶句して黙り込む。
代わりにそれまで黙って話を聞いていたルーカスが声をあげた。
「1つ聞きたい。」
「なんでしょう。」
「なぜ、私に話した。君の話が事実だとするなら最も危惧するべきなのは
呪いを扱うという魔法使い、つまり母上に露見することのはずだ。
それなのになぜ、息子である私に話した?
普通であれば私も母上の味方であると考えるはずだ。」
「理由は2つあります。
1つはあなたが王妃から守るようにしてアリスを手助けしていることです。
これはアリス本人からだけではなく私の部下からも
あなたの行動の報告を受けています。
そしてもう1つ。
これが最たるものですが外部から集められる証拠がない、ということです。」
エゼキエルは私の肩からテーブルへと飛び移り、ルーカスを見上げた。
「我々はもう10年以上手がかりを追ってきました。
けれどその月日をかけて得たものは敵の正体のみ。
これ以上時間をかけたところで、外部からできることはありません。
この状況を打破するには内部からの協力者が必要なのです。」
「それが私だと?
君たちは私の行動次第で命の危険にさらされる。
私はその信用に値すると?」
ルーカスの発言にエゼキエルはフッと笑った。
「ご謙遜を。女性関係でその名を耳にすることの多い殿下ですが
王族としての資質は未来の王足るものです。」
「それに殿下は私の話を聞いても頭から否定することはなされなかった。
初めて聞けばシェーファー嬢のような反応になるのが当然のはずです。
それが自分の身内であればなおのこと。
けれどそれをしなかったのは何か心当たりがあったからではないのですか。」
「・・・。」
鳥の姿のエゼキエルはじっとルーカスを見つめた。
対するルーカスは少し険しい顔をした。
「今は、答えることができない。
自分でも確証のないことだからだ。
だが、君たちの言い分はわかった。
私も協力しよう。
誰であれ国民を脅かす存在を看過することはできない。
それに私自身この話を聞いて調べたいことがある。
何か分かったことがあれば伝えよう。」
「ご協力感謝いたします。
シェーファー嬢も、アリスにご助力をいただくことがあるかもしれません。
何かあればアリスからお伝えさせていただきます。」
「えぇ。もちろん。私はあなた方への協力を惜しまない。
ヘレン・シェーファーの名において約束するわ。」
「感謝いたします。」
エゼキエルは小鳥の姿のままペコリとお辞儀をする。
2人の協力を得られることにほっとしつつも私自身エゼキエルが
この2人に協力を乞うことは意外だった。
けれど、エゼキエルの言葉も最もだった。
どうかこの決断が未来を好転させてくれまうようにと密かに祈った。
読んでいただきありがとうございます。




