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「皆様、本日はお越しいただいてありがとう。

お茶とお菓子を交えてゆったりと会話を楽しんでくださいな。」


お茶会の主催者の声にワッっと歓声とともに拍手が上がる。

私もそれに倣って表情を取り繕ったが内では緊張していた。

王妃が主催するお茶会に参加すること自体は難しいことではなかった。

すでに侯爵家に宛てて招待状が届いていたからだ。

それよりも問題なのは王妃の自室に侵入することだ。

いかに侯爵令嬢といえど無断で王妃の自室に忍び込んだことが露見すれば処罰は免れない。

それに王妃の目を逸らして侵入しなくてはならない。

お茶会の主催であればその場を離れる機会はほとんどないはずだ。

だからこそ今しかチャンスはないのだろう。

自分も心してかからなくては。

そう意気込んだとき


「お飲み物はいかがですか?」


近くにいた給仕にそっと果実水の入ったグラスを差し出された。


「ありがとう。」


お礼を言って受け取ろうとしたとき

バランスを崩してこぼれた果実水がドレスを汚してしまった。


「あら、嫌だわ。」


「何をしている?これから王妃様への挨拶だというのに。みっともない。」


傍にいた父と母は私の失態に気づくと顔をしかめて私を咎めた。

普段であれば侍従に大声で失態を責め立てるが、ここは王宮だ。

王族の顔に泥を塗ってはいけないからと、両親は騒ぎ立てることはしなかった。


「申し訳ございません。お父様。お母様。

挨拶の前に少し席を外させていただきます。」


「そうね。そんなはしたない姿を晒すわけにはいかないわ。

王宮の侍女に言ってドレスを綺麗にして来なさい。」


「はい。少しの間失礼いたします。」


会釈をして侍従の案内で別室へと移動する。

私は内心ドキドキしながらも私を案内してくれた侍従へと問いかけた。


「まさか、ユーイン?」


「はい。打合せの通りとはいえ、申し訳ありません。」


申し訳なさそうに侍従、もといユーインは私に頭を下げた。

普段の彼とは全くの別人の姿だ。

今日の潜入にユーインが同行してくれることはエゼキエルからすでに聞いていた。

ユーインは戦闘は不得意であるが潜入や尾行において魔塔で彼を上回る魔法使いはいないらしい。

下手に魔法で変装をしたところで手練れであればすぐにその違和感に気づいてしまうらしい。

だからこそ今回の潜入はユーインと私の2人で行うこととなった。

現に彼が潜入することを知っている私であっても気づかなかった。

黒い燕尾服をさらっと着こなして慣れた様子で給仕をする姿は

どう見ても王宮の侍従にしか見えない。


ユーインが撫でるようにしてドレスの汚れに手をかざすと

ドレスは何事もなかったかのように綺麗になる。


「私が王妃の自室まで先導いたします。本来であれば認識阻害の魔法を使用したいのですが

相手のことを考えると少しの痕跡を残すわけにもまいりません。

ですので身を隠しつつ進むことになりますのでご了承ください。

それから、マティアス様よりアリス様にこちらを。」


そう言ってユーインが差し出したのは今つけているものよりも宝石が追加されている。


「印を隠す効果に加えて身を守るための魔石を付け加えているそうです。

自分が側で守れない間、この腕輪がアリス様をお守りできるようにと。」


マティアスは今日の茶会に参加することはできなかった。

侯爵家から疎遠になっている身としては当然だろう。


腕輪を受け取ると今までつけていたものと付け替える。

それを見届けたユーインが穏やかながらもどこか緊張した面持ちで私を見た。


「それでは行きましょう。」


潜入できる時間はお茶会開催直後から主催者である王妃に挨拶する列が絶えない限られた時間のみだ。

私は先導して歩くユーインの後に続いた。


************


「アリス様。こちらへ。」


先導して急ぎ足で歩いていたユーインが壁に隠れるようにして前方を伺っている。

王家主催のお茶会という大規模なイベントのためかここまで城内の使用人と出くわすことはなかった。

しかしユーインのうかがう先を見ると扉を守るようにして警備の騎士が配置されている。


「事前の調査によるとあちらが王妃の自室のはずです。

私が扉の前の騎士を移動させますので、アリス様はその隙に潜入を。

魔法使いであることを隠しているため

自室に魔法が仕掛けられている可能性はかなり低いはずです。

どうかお気をつけて。深追いすることは何よりの命取りとなります。」


ユーインはそう言うと堂々とした足取りで扉の前の騎士たちのもとへ向かった。

今いる距離ではユーインが何を話しているのかはわからないが

予定通りユーインは騎士を引き連れてその場を後にした。


周囲に人影がないことを確認してから

物音を立てないようにとそっと扉を開ける。

とたんにふわっと室内から濃厚な薔薇の匂いが漂った。

その匂いに一瞬たじろいだがすぐに室内へと足を踏み入れた。

整頓された部屋には豪奢な細工の執務机がある。

次に目についたのは室内に飾られている薔薇だ。

よほど好きなのだろうか、大きな花瓶に薔薇の花束が生けられている。

執務机に近づくと引き出しを開けて中を確認していく。

しかしあるのは王家の主催する催しの予算の書類や公務の手紙などで

めぼしいものは見当たらない。

他に手がかりになるものはないかと壁の本棚を見まわしたが

そこにあるのはどれも関係のないようなものばかり。

とても証拠になりそうなものなどない。


(どうしよう。早く何か見つけないと・・。)


焦りながらも周囲を見回したとき

ふとガラス棚に飾られている箱が目についた。

薔薇が装飾された美しい箱だ。

そっと中を開けるとそこには古びた表紙の一冊の本が入っていた。


「これは、日記?」


そっと手に取って中を見る。


〇月〇日

今日は初めてあの方とお会いした。

すごく好意的に接してくれるけれどなんだか怖いような。

いえ、そんなこと考えるのは失礼ね。早くなじめるようにならなくては。


〇月✕日

私に結婚の話が持ち上がっているらしい。

いつかは、と思っていたけれどこんなにも早いなんて。

しかもお相手は国王陛下。

あの方はどう思うのかしら。


✕月△日

とうとう明日が結婚式。もう覚悟は決まっている。

政略結婚だとしても自分の役割を果たすためには必要なこと。


△月✕日

陛下の子供を身ごもったみたい。

たとえこの結婚に愛がなくてもこの生まれてくる命がとても愛しい。

でもあの方は許してくださるだろうか。少し怖い。


「どういうこと?」


この日記には愛のない政略結婚のもとに子供を身ごもった女性の日常がつづられている。

今の王妃の姿からはとても想像がつかない。

表紙を見返してみるが保存状態がいいのだろう少し色あせているものの劣化は見られない。

少なくとも何十年も昔のものということはないようだ。

背表紙には小さなユリが刻印がされている。

日記には子供を産んだ後のことが続けてつづられている。


▢月△日

今日はあの子が初めて1人で立った。

生まれたばかりの小さな手が私の指を握ったのが昨日のことのようなのに。

成長がうれしくて思っていたよりもずっとたくましくてなんだか泣いてしまった。


△月〇日

今日は愛しい我が子と花畑に言った。

私の話を興味深そうに頷く様子が微笑ましい。

どうかこんな日常がずっと続きますように。


〇月▢日

とうとうあの方が身ごもったらしい。

これであの方の執着から逃れられるだろうかと思っていた。

懐妊のお祝いに伺おうとしていたところ、あの方が私を訪ねてきた。

私の子を冷たく見下ろしていたのに

どこか楽しそうにも見えるあの方の姿に不安が拭えない。

どうか第一王子という身分をもって生まれたこの子の未来に

暗雲が立ち込めることがありませんように。



「ここで何をしているんだ。」


日記に集中していた私は突然の低い声にハッとした。

一気に現実に引き戻されてさあっと血の気が引いていくのに

心臓がドクドクと脈打つ音が耳元で聞こえた。

恐る恐る顔を上げるとそこにいたのは王妃でも

王宮の騎士でもなく第一王子であるルーカスだった。

読んでいただきありがとうございます。

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