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「・・・なに?それは本当か?」
その報告を受けたのは執務室で部下から報告を聞いていたときだ。
「はい。闇市場を根城とした人身売買が行われていると匿名の通報がありました。
なんでも主犯と思われる男は銀髪に碧眼の青年だそうで
その調査のため闇市場に騎士を数名派遣させるとのことです。」
「・・・。」
騎士団と聖騎士団は本来であればその役割が異なる存在だ。
騎士団は主に王宮の警備、それと城下を含めた王国の治安警備。
一方で聖騎士団はドラゴンと聖女の警備を主とする。
けれど今は聖女が不在であるだけでなくドラゴンも自ら作り出した結界に
閉じこもってしまっているため、警備と言っても名ばかりのものとなってしまっている。
そのため現在聖騎士団は騎士団の仕事も兼任している。
この報告も騎士団と聖騎士団の仕事内容をお互いが把握するためのものだった。
(あの方なのか?しかも人身売買だと?)
ふと自分の思い当たる人物ではないかと不安がよぎる。
目立つ行動をされる方ではないが、目的のためなら手段を選ばないところがある。
匿名の通報という点も気がかりであるがなによりも何よりも懸念なのは騎士団の介入だ。
おそらく匿名の通報というのも何かの間違いだろう。
だが万が一にもあの方が騎士団に捕縛されるなんてことがあってはならない。
「私が行こう。」
「団長自らですか?ならば我々もご同行いたします。」
「いや、副団長以下は全員待機だ。」
普段の自分であれば絶対に出すことのない指示に部下は困惑した表情を浮かべる。
「しかし・・いくら団長といえどあの場所へおひとりで向かうのは危険では。」
「何かあったとき私1人の方が動きやすい。
あの場所にはあの場所のルールがある。
慣れない者が大勢で赴けばそれこそ現場を混乱させるだけだ。
騎士団にも伝達を。」
「かしこまりました。」
団長の命令であればと指示を受けた部下が退室した後
目立たぬようにと外套に身を包み、目的の場所へと向かった。
**********
「報告にあったのはこの辺りのはずだが・・。」
周囲を注意深く見渡す。
(なにかがおかしい。)
その場所は闇市場のなかでも端に位置している。
かつて大きな建物があったのであろうが今は骨組みしか残されていない。
たしかにここに近寄る人物は多くない。
けれど、闇市場の端であっても息をひそめるようにして生活している者は多くいる。
この辺りは特に子供が生活の基盤としていることが多かったはずだ。
だがその場所には人の気配がまるで感じられない。
(あまりに静かすぎる。あの方はいらっしゃるのだろうか)
違和感を感じながらもさらに奥へと足を踏み入れたとき
静電気が走ったようなバチンッという音とともに地面が一瞬光を放った。
「かかったな。」
とっさに剣に手を伸ばし身を引こうとする。
しかし自分の意志に反してまるで足裏が地面に縫い留められたかのように動かない。
周囲を警戒していたはずだったが音を合図に外套をまとった二人組が現れる。
フードを目深にかぶっているため顔を見ることはできないが背恰好からしておそらく男女だ。
そして男の方は杖を手にしている。
(魔法使いか。)
たとえ動いていなかったとしても人は気配を完全に消すことはできない。
人間が長時間息を止めていることができないことと同じだ。
生きているものならば潜んでいたとしても少なからず気配がある。
ましてや自分のような剣を握る相手ならばなおさらだ。
だが警戒していたにもかかわらずそれに気づかなかった。
相手はかなり精密に気配を消すことのできる魔法使い。
ならばその所属は限られている。とても独断で練り上げられる技量ではない。
(魔塔の人間か。騎士団の人間が狙いなのか?
それともあの人の差し金なのか?)
さらに周囲の気配を探るがこの2人以外の気配は感じられない。
そっと柄を握る力を強めた。
足は相変わらず縫い留められたように動かない。
(命が目的ではないのか?)
仮に殺すことが目的であれば罠にかけられた時点で死んでいるはずだ。
なにより足を拘束する以外にこれといった魔法を使用してこないことがその証拠だ。
「やはり、こちらが動いていなければ何とかなったな。合図を。」
男が女へ声をかけると、女は無言でうなずいて懐から何かをとりだした。
掌にのっていたのは石だったが、一瞬の後にそれが黄色い蝶へと変化した。
蝶は掌で数度羽ばたきを繰り返したあとひらひらと空へと飛んで行った。
「お前たちの目的はなんだ。」
問いかけると女の方が一歩前に出た。
フードをとってあらわになった顔を見て目を見張った。
とてもこんな場所にいるような人物ではなかったからだ。
「あなた様は・・・ルードベルト侯爵令嬢?」
「ミラー卿。度重なるご無礼をお許しください。」
ルードベルト嬢はその場に似合わない淑やかなお辞儀をする。
想いもしない人物の登場に戸惑うが、それでも警戒を緩めることはしない。
「なぜあなた様がこのようなことを?」
「聖騎士団長としてのあなたではなく、ミラー卿個人にお話しがあったのです。
このようなことをしておいて信じられないかもしれませんが
私たちはあなた方に危害を加えるつもりはありません。」
「あなた方、とは一体?・・・まさか!」
「すべてはお2人がそろってからお話させていただきます。」
自分がここに誘導された意味、2人という言葉の意味に気づいたとき遠くからドンッという爆発音が聞こえた。
**********
「合図だ。いくぞ。」
ふわふわと飛んできた黄色い蝶が肩に乗ったのを確認すると
同行していたユーインへと声をかける。
目的の人物とは気配を悟られることがないぎりぎりの距離をとって尾行している。
今のところこちらに気づいた様子はない。
ユーインは黙って頷くと姿を隠す魔法を解いた。
その瞬間にこちらの姿を認識した青色の瞳と目が合う。
彼は突然姿を現した来訪者に驚いた様子はなく剣を抜いた。
火魔法で矢を作り出し、相手の足元を狙って打ち込む。
「おいおい嘘だろ。」
冗談めかして呟いたが冗談ではない。
先制したのはこちらのはずだった。
剣を抜いたヒースクリフは足元に放たれた火魔法の矢を軽々とかわすと
一気にこちらへと距離を詰めてきた。
とっさに氷の盾を展開して剣をはじくがその衝撃で盾は粉々に砕け散る。
続けて攻撃を仕掛けてこようとするヒースクリフに自分たちの周囲に炎の壁を形成して距離を取る。
剣士相手に接近戦は命取りだ。中距離から遠距離攻撃を己の射程とする魔法使いならなおのことだ。
ヒースクリフについてガリオスから聞いていた時点である程度の警戒はしていた。
(だがこれほどとは予想外だ。)
自分自身が闇市場の出身だから人を傷つけることにためらいのない人間なんて腐るほど見てきた。
だが目の前にいる人物はそんな人間とはまったくの別物だ。
これは人を殺し慣れてる人間の戦い方じゃない。
人を人と思っていない人間の戦い方だ。振り下ろす剣に躊躇がまったくない。
ただ目の前にある障害物を排除するだけの作業。
そしてそんな彼が姿を現して仕掛けてきた格好の獲物を逃すはずがない。
「ユーイン。先行して道をひらけ。彼は俺が引き受ける。」
「かしこまりました。」
戦闘を得意としないユーインを先行させる。
この人物を相手にしながらユーインを無傷で守り切る自信がない。
しかも命を奪うことを目的としていないならなおさらだ。
「悪いが少し俺と遊んでもらうぞ。」
威嚇のために少し威力のある火魔法を彼の足元に放つ。
ドンっという爆発音とともに周囲が煙と舞い上げられた土埃に包まれた。
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