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「お初にお目にかかります。聖騎士団、団長のトリスタン・ミラーと申します。」
私たちの前に跪いた彼は平民区でヒースクリフと話をしていた聖騎士だった。
聖女の紋章がある右手の甲に突然痛みが走りとっさに右手をかばう。
今日は手袋をつけてきているため何が起きたのか肌を確認することはできない。
「アリス?どうかしたのかい?」
私の様子に声をかけたのはルーカスだった。
ヘレンとトリスタンもどうしたのかとこちらを見ている。
「・・いえ、何でもありません。聖騎士団長にお会いできて幸栄です。
ルードベルト侯爵家のアリス・ルードベルトと申します。」
異変を気取られまいととっさに誤魔化してトリスタンへと挨拶を返した。
「侯爵家のご息女にお会いできて幸栄です。」
そう言って彼は精悍な顔を少し和らげて微笑む。
黙っていると近寄りがたい雰囲気であるが話をしているとそうではない。
屈強な見た目に反して穏やかな人物のようだ。
私の記憶違いでなければ聖騎士団長は未来でヒースクリフに殺害されたはずだ。
あの時は聖騎士団長が彼だと知らなかった。
それに聖騎士団長が平民区にいたこともおかしなことではないか。
平静を装わなければと思う一方で様々な考えが頭の中をめぐっていく。
「ミラー団長は歴代の聖騎士団長の中でも凄腕の騎士なのよ。」
「ありがたいお言葉です。聖騎士は剣技を継承していくものですから
私の強さは歴代の聖騎士の積み重ねによるものです。
次代の騎士団長は私を超えていく人物となるでしょう。」
ヘレンは自分のことのように嬉しそうに語る。
彼女の言葉におごることなく、彼の返答は騎士の鏡のような謙虚なものだ。
「・・・あの聖騎士を以前平民区でお見かけしたことがある気がしたのです。
たしか人身売買の事件を追っていると言っていたのですが
聖騎士もそのような事件に関わることがあるのでしょうか。」
自分の中の疑念を払拭するために思い切って尋ねてみることにした。
私の唐突な質問にも彼は嫌な顔をすることはなかった。
「いえ、城下町の治安に関する事件は騎士団の仕事のため我々が関与することはありません。」
トリスタンはきっぱりと否定した。
その言葉で確信する。
人身売買の件で話を聞かれていたと言っていたヒースクリフの言葉は嘘だったのだ。
彼はヒースクリフと何かしら関係のある人物なのだろう。
左手で右手の甲をぎゅっと握りしめた。
思いがけないところで彼につながる手がかりがあってうれしい一方で
殺された聖騎士団長とヒースクリフの間に何があったのか疑問が沸き上がる。
けれどここでこれ以上それを気取られるわけにはいかない。
嬉しそうにトリスタンと話をしているヘレンを複雑な心境で見守った。
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