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「しばらくヒースクリフについての情報収集は我々が主になって行うことにする。」
エゼキエルにそう言われたのは闇市場でガリオスと会った翌日だった。
十中八九ガリオスの言っていたことが原因だろう。
『魔法使いでもなけりゃ普通の人間にできる芸当じゃない。
相当な修練を積んだ人間だ。あるいは実戦で何人も殺ってるかもな。
長いことここでいろんな人間を見てきたがありゃ相当な訳ありだな。』
彼が強いことは知っていた。
けれど闇市場に居を構えるガリオスですら警戒するほどの腕前を持っているとは思わなかった。
おそらく彼の懸念していることは正しいのだろう。
ヒースクリフが理由もなく人を殺すわけがないと思う反面
私を救うために両親を含めた10名の人を殺害することができたことに納得してしまう自分もいる。
「アリス。ひとまず彼の身辺の情報を探るところは我々に任せてほしい。」
ヒースクリフに接触しなくても呪いの魔法使いを見つけ出せば彼を救うことができる。
自分の安全を思っての決断なのだろう。
エゼキエルの判断に私は黙って頷いた。
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ヒースクリフを救うためには自分にできることをしたいが
時戻りの聖女としてもできることが少ないことがもどかしい。
けれど今は自分の無力さを嘆くよりもやらなければならないことがあった。
それは貴族令嬢としての努めだ。
両親の目をかいくぐるためにも私は定期的なお茶会に参加しなくてはならなかった。
いつまでも両親の目をごまかしていられるとは思わない。
いずれ向き合わなくてはならないときがくる。
けれど侯爵家としての貴族の力はこれからもきっと役立つ。
ヒースクリフを救うためにも今は耐えなくてはならない。
「・・・・・アリス!アリスってば聞いているのかしら。」
自分を呼ぶ声にハッとして顔を上げた。
今日はヘレンに招かれて公爵家を訪れていたのだ。
「ごめんなさい。少しぼんやりしてしまって。何の話だったかしら。」
「もうあなたってば最近忙しそうにしていて全然私と会ってくれないんですもの。
一体どこで何をしているのかしら。」
ずいぶん考えこんでしまったらしい。
ヘレンが気分を害したようにむくれた顔になっている。
「まぁまぁ寂しいからってそんなに責めることではないだろう?
彼女にも何か理由があるんだよ。」
ヘレンをなだめるような声が横からかけられる。
「・・・・・どうしてあなたがここにいるのよ。
私はあなたを招待したつもりはなかったのだけれど。」
同じテーブルについて優雅に紅茶を飲んでいるルーカスをヘレンが睨みつける。
しかしその視線を受けてもまるで気にしている様子はない。
「君がアリスとお茶会をするのだと言っていたからね。
私もぜひ参加させてほしいと思ったんだ。」
「それを言ったのは自慢するためであってあなたに参加してほしいという意味ではないの。
それに公の場で私に関わらないでって言ったはずよね。」
「仕方ないだろう?まさかルードベルト家に直接赴くわけにもいかない。
君の屋敷であれば気兼ねなくお邪魔できる。
それに私も気になっていたんだ。君が忙しくしている理由をね。」
私を見るルーカスの瞳が細められた。
彼は私が呪いに関して調べていたことを知っている。
何をしているのか気になるのは当然だろう。
「気兼ねなくお邪魔しないでちょうだい。あなたは昔の方がまだかわいげがあったわね・・。」
「2人は幼馴染なのよね。2人の昔の話を聞いてみたいわ。」
ルーカスの追求から逃れるために話をそらす。
ルーカスは何か言いたげな目をしていたが私は無視をすることにした。
「昔私が王城に遊びに行ったことがあったの。
年近いこともあって遊び相手になっていたのだけれどね、
城の中でかくれんぼをしていたときに幽霊を見たって泣いて大騒ぎしたこともあったのよ。
あのときは本当に情けなくて可愛げがあったわ。」
ヘレンはその時のことを思いだして可笑しそうにくすくすと笑った。
しかしそれを聞いたルーカスはヘレンと対照的にとてもこわばった顔をした。
(・・・え?)
しかしそれも一瞬のことですぐに普段の笑顔に戻る。
「昔の話はやめてくれないか。
それに君だって王城で運命の人を見つけたって騒いだことがあっただろう?」
笑っていたヘレンも気づかなかったらしい。
ルーカスは何もなかったことのように話を進めた。
「あら、運命の人なら今でも私の運命のままよ。
ねぇ、アリス。あなたも好いている方がいるんじゃないかしら?」
「え!」
突然振られた話に驚き、考えていたことが霧散してしまう。
こんなに態度に出てしまえばもはや誤魔化すことはできないだろう。
「・・・いるわ。私にとってとても大切な人。」
「やっぱりね!そうだと思ったの。」
私が素直に肯定するとヘレンは嬉しそうに笑った。
「ねぇ、もしかしてだけれど禁書庫に入りたいと望んだのはその人のためなんじゃないかしら。
あなたはその好きな人を助けたいのではなくて?」
どうしてわかったのだろうか。
私は彼女にヒースクリフの話をしたことはない。
「わかるわ。だってその人を思い浮かべているときのあなたの顔、
助けたい人がいるって言っていたときと同じだもの。
大切な人のことを思っている眼差しだわ。
好きな人を助けようとするあなたはとても素敵ね。」
心に浮かんだ疑問に答えるようにヘレンは言った。
「きっとあなたもままならない恋をしているのね。
私たちは同じだわ。いつか果たさなければならない役割にからめとられる運命だとわかっている。
けれど自分の心はとても正直で愛することを止められないの。
私たちは貴族令嬢という身分の前に1人の女性なんだもの。
私はあなたの恋を応援しているわ。」
そう言って微笑んだ彼女の顔はとてもまぶしかった。
ヘレンは出会ったときからずっとそうだ。
貴族として多くのしがらみにとらわれているのは同じだけれど
彼女はいつだって1人の人であろうとして、相手のことも1人の人として対等に見ている。
それがどれほど尊いものか。
きっと彼女にはわからない。
読んでいただきありがとうございます。