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「泣いているんですか?」
男性の声だ。
反射的に顔を上げて声のする方を見る。
(・・・・綺麗な人。)
考えるよりもまず先に目を奪われた。
夕日に照らされた銀髪はきらきらと光を反射している。
晴れ渡った空のような青い瞳は戸惑うようにこちらをうかがっている。
恐らく平民なのだろう彼は簡素な服を着ているが
その首から下げているシルバーのネックレスはシンプルで品の良さが感じられる。
ちぐはぐなのに、不思議と違和感を感じない。
「よかった。泣いているわけではないんですね。」
顔を上げても何も言わない私に、彼はふわりと微笑んだ。
いつの間にこんなに近くに人が来ていたのだろうか。
現実に引き戻された私はすぐに立ち上がって青年から距離をとる。
「あ、あなた誰?私に何か用なの?」
警戒心をあらわにする私とはは対照的に今度は青年が地面に座る。
「初対面の人間にこんなこと言われても信用できないと思いますけど
俺はあなたに危害を加えるために声をかけたわけじゃないので安心してください。」
「ここからの眺めは綺麗でしょう。俺も時々景色を身に来るんです。
人が来ることはほとんどないので穴場なんですよ。」
景色を眺めていた彼は再び私を見て穏やかに微笑んだ。
(物語にでてくる精霊みたい。)
そう思ったのは目の前にいるこの青年の美しさと
知らない場所で知らない人と2人きりという非日常のせいだろう。
「あなたもここに座りませんか?何か考えたいことがあってここに来たんでしょう?」
「ど、どうしてわかるの?」
「簡単です。あなたの表情を見れば誰だってわかります。」
彼は私に向けていた視線を再び目の前の景色に向ける。
(私に危害を加えるつもりなら、初めから声なんてかけずに襲っていたわよね。)
警戒心が完全に緩むことはないが、少なくとも今すぐ危険ではなようだ。
驚きで取り乱した心が少しずつ落ち着いて考えることができるようになってくる。
自分の立場を考えればすぐに立ち去るべきだとわかっているが
もう少しだけこの非日常を味わっていたかった。
青年から少し距離をとって再び地面に座る。
自分のことを知らない平民で、他人だからだろうか。
令嬢らしからぬ行動でも許される気がした。
「ご令嬢は寂しいのですか?」
少しの沈黙の後、青年は私に尋ねた。
「なぜそう思うの?」
「まるで迷子になった子供のような顔をしていますから。」
私の警戒心をあらわにしたそっけない態度を気にする様子もなく彼は笑っている。
それこそ、拗ねた子供を相手にしているかのようだ。
「人が1人になりたいとき、本当は誰かにそばにいてほしいときなのかもしれません。
俺もここで1人考えごとをしていると本当に1人ぼっちになった気がして余計に寂しくなりました。」
膝を抱えながら気づかれないように景色を眺める青年の顔を盗み見る。
「だから、俺が今ここにいることでご令嬢の寂しさが
少しでもなくなることを願っています。」
その言葉でなぜか涙が滲みそうになるのを唇を噛んでこらえた。
(初めて会った私にこんなことを言うなんて変な人。)
この青年がどんな意図をもっているのかはわからない。
でも、不思議と嫌な気持ちになることはなかった。
いつの間にかオレンジに染まっていた空が藍色に染まってきていた。
少し離れた場所に座っている青年の顔も見づらくなっている。
「お嬢さまー。どこにいらっしゃいますかー。」
少し遠くから自分を呼ぶ侍女の声が聞こえた。
立ち上がって振り向くと明かりを持っているのか小さな光がこちらへ
近づいてくるのが見える。
「お迎えがきたようですね。」
青年もまた立ち上がってこちらを向いた。
「また会えるといいですね。」
「・・・もうあなたと会うことはないわ。ここに来ることもないもの。さようなら。」
青年の返事を待たずに明かりの見える方へと歩き出す。
自分の家へと帰らなければならないのに、こんなに足取りが重く感じるのは初めてだ。
「私はここよ。」
侍女のいる方へ声をかける。
「お嬢様!こちらにいらっしゃったんですね。
迎えの馬車が来ましたのでお屋敷へ帰りましょう。」
私を見つけた侍女はホッとしたように笑い、自分が歩いてきた道を
私が帰らなければならない道を照らす。
なんとなく後ろ髪をひかれて振り返るが木のそばに立っていたはずの青年の姿は
夜の闇に紛れて見えなくなっていた。
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