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65 side:エゼキエル

自分の耳につけているイヤーカフにそっと触れた。

金属の冷たい感触に思いをはせる。

これをもらった日のことは今でも鮮明に思いだせる。

自分が1人前の魔法使いとして認められた日。

魔塔主である師匠が筆頭になって魔塔の魔法使い皆がお祝いをしてくれた。

1人前の魔法使いの証だと言って渡されたイヤーカフは自分に不釣り合いなほど綺麗で

それに込められた思いが嬉しくてなんだか照れ臭かった。

感謝の気持ちとかちゃんと伝えれば良かったのに若さ特有の恥ずかしさの方が勝ってしまい

それを言葉にすることはできなかった。

いつか伝えればいいと思っていたんだ。

けれどそのいつかがある日突然、永遠にこなくなってしまうなんて思いもしなかった。


「やっと捕まえたぞ。」


そう言われたのは師匠が俺を闇市場で買い取ったときだ。

人の良さそうな顔で笑う白い髭の身なりのいい爺さん。

俺はこの人を知っていた。スリのカモにしていた爺さんだった。

決まって同じ通りを歩き付き添いの1人も連れていない。

毎回盗むけれど捕まえようとするわけでもなければスリに怯えて歩くわけでもない変わり者の爺さん。

それが俺を捕まえるための罠だったってことに気づいたのはずっと後のことだ。

盗んだものには追跡の魔法がかかっていた。


師匠は俺を買い取ると魔塔に連れていった。

正直とても恐ろしかったよ。

その時は魔法使いという存在は妙な力を使う怪しい奴らっていうイメージを抱いていたからね。

盗んだ仕返しに一体どんな拷問を受けるのかって。

けど俺の予想に反してそんなことはなかった。

安全な寝床においしい食事も用意された。

でも同時に怖かった。この見返りに自分は何をさせられるのかって。

逃げ出したこともあった。

その度にあの人は俺を見つけて言ったんだ。心配しただろうって。

人から心配されるなんてことなかったから初めはよくわからなかった。

だから何か盗んでほしいものがあるのか?

それなら俺が盗ってきてやるっていったこともある。

けれどそんな俺の言葉をあの人は笑って否定した。

お前には誰かから奪うことなく奪われることなく健やかに生きてほしいって。

何を見返りに求められることもない。

それが家族のような愛情だということに気づけたのはあの人のおかげだ。


魔法が使えることは俺にとって思いがけない幸運だった。

この力があれば暴力に怯えることも奪われるようなこともないから。

でもそんな俺の言葉にあの人はめずらしく激しく怒った。

魔法は誰かを傷つけるようなものじゃない。誰かを守るためのものだってね。

俺には守るものなんてないってかわいげもないことを言ったこともあった。

けれどあの人は優しく言うんだ。

いつかお前にも守りたいと思えるような大切なものができるはずだって。

そう言ったあの人や魔塔の仲間たちが守りたいものなんだって気づいたのは全てを失った後だ。

あの日、事件が起こった日。

俺は珍しく遠方の任務を命じられていたんだ。

師匠は俺1人で遠方の任務に就かせることなんて今までなかったから誇らしかった。

自分も1人前の魔法使いとして頼られているんだってね。

けれどやはり1人だとなかなか上手くいかなくて少し手こずってしまったんだ。

遅くなったけれど誇らしい気持ちで魔塔の扉をくぐった。

そこでやっと何があったかを知らされたんだ。

魔塔はめちゃくちゃだった。

わずかに残っていた若い魔法使いたちは口々に

黒い茨と黒薔薇の模様が浮かんだ魔法使いが死んでいったと

魔塔主がその主犯とされて王城へと連行されたと言った。

犠牲になった魔法使いの遺体だけじゃない、呪いが記述されている書物のすべてを

持っていかれて魔塔は踏み荒らされていた。

急いで王城に向かったよ。前魔塔主の弟子として謁見を求めた。

あの人に、師匠に会わせてほしいって。

何かの間違いだって自分が必ず真実を突き止めるからって。

けれど師匠はすでに処刑された後だった。

国王の判断は前魔塔主にすべての責任をなすりつけてその事件を終わらせるものだった。

残された魔塔と魔法使いのためにもこの醜聞を公にするなと言われたよ。

その時の俺の気持ちはとても言葉で表せるものじゃなかったよ。

残された若い魔法使いたち、崩れかけの魔塔。

師匠が作り上げた荒らされてしまった俺の居場所。

今にも崩れかけてしまいそうなそれを放っておくわけにはいかなかったから。

悔しさと悲しみと怒りの負の感情を煮詰めてドロドロになったそれを無理やり飲み込んだ。


あれから何年も経った。

若い魔法使いたちを育成し、新たな魔法使いを見つけ出すことで以前ほどではないが

魔塔はその活気を取り戻してきた。

仮の魔塔主となった自分が次代の魔法使いにタスキをつないでいけるほどに。

魔塔を立て直すことができてからようやく自分の本懐を果たすときがきた。

呪いの魔法使い。

あの時残された手がかりは亡くなった魔法使いに刻まれていたという黒い茨と黒薔薇の印。

いくら探知の魔法を使っても見つけることができなかった。

呪いに関する書物を読むために王城に忍び込んでも。

時間の経過とともに魔法使いも老いて死んだのではないかとも思うようになった。

しかし時間を巻き戻したという少女のおかげでやっと手がかりを見つけることができたんだ。


『どうして解呪の手がかりを捜そうとしていなかったんですか。』


アリスの言っていた言葉を思い出す。

実際呪いなんて受けてしまっても関係なかった。

たとえ呪いを受けてしまっても一矢報いることが自分の望みだったから。

俺がいなくなったとしてもこの魔塔はもう大丈夫だから。

けれどアリスを巻き込む形になってそうはいかなくなった。

自分以外を犠牲にすることはできない。

これは自分が果たすべきことだから。


亡くなった人は星になって大切な人を見守っているという。

ならば俺のことも見守ってくれているのだろうか。

彼らは今のしようとしていることを見て喜んでくれるだろうか。


「もうすぐだ。」


この言葉も彼らに届いているのだろうか。

そう思いながらポツリとつぶやいた。

読んでいただきありがとうございます。

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