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ガリオスの店を出てから私たちの間に言葉はなかった。
彼らの会話からしてエゼキエルは闇市場にも深く関わっているのだろう。
けれど何も言わない彼の背中に尋ねていいものかわからず
何て声をかけていいのかわからないまま前を歩くエゼキエルの背中を見つめながら追いかけた。
しばらく歩みを進めたところでエゼキエルが振り返った。
「気になっているんだろう?聞かないのかい?」
振り返った彼の表情と声は思っていたよりも穏やかなものだった。
けれどそこから彼の思いを読み取ることはできない。
聞かれることを受け入れているようにも拒絶しているようにも見える。
「・・・正直に言えばすごく気になります。
けれどエゼキエルが知られたくないことなら聞きません。
私もさっきのことは聞かなかったことにします。」
エゼキエルの赤い瞳を見つめ返して言うと
彼は一瞬驚いたように目を見開いた。
「いいよ。どちらにしろ君にはいつか話しておかなければならないことだ。
長い話になるからね。場所を変えようか。」
エゼキエルはそう言うと指で空に円を描くような仕草をした。
それと同時に身体がふわりと浮く。
初めての感覚に戸惑っていると彼が私の手を取った。
「大丈夫。力を抜いて。」
そう言って導くように私の手を引いて空を飛んだ。
**********
向かった先は城下町を一望できる時計塔だった。
人の立ち入りが出来ない場所なのかそこに私たち以外の姿はない。
「さて、どこから話そうかな。」
城下町の景色を眺めながらエゼキエルは
自らの過去を語り出した。
-何となく想像がついていると思うけど俺の生まれは闇市場の外れなんだ。
闇市場を見た君ならわかると思うけどあの場所で
年端もいかない子供が生きていくなんて簡単なことじゃない。
俺は盗みが上手かったから何とか生きていけた。
盗んだものを取引するためにあの店主と知り合ったんだ。
あの店主は子供に対しても取引をしてくれたから。
それから・・・うーんまぁいろいろあってね。
俺は人買いに捕まって商品として売りに出された。
そこで俺を買い取ったのが前魔塔主、俺の魔法の師匠だ。
師匠はきっと君が想像していたような人だったと思うよ。
白い髭の穏やかな爺さんだった。
あの場所で育って人から奪うことしか知らなかった俺に多くのものを与えてくれた。
魔法が使えるようになるのもそう時間はかからなかった。
師匠は優しい人でね誰かを傷つける魔法を良しとしなかったんだ。
魔法は誰かを守るためのものだとよく言っていたよ。
師匠のもとで魔法を学んで、鍛錬して・・・楽しい日々だった。
けれど俺が15の時にある事件が起きた。
師匠の使った呪いの魔法が原因で魔塔のほとんどの魔法使いが犠牲になった。
あの頃は呪いの魔法は禁忌とされてはいなかった。
けど趣味のいい魔法じゃなかったからね。好き好んで研究するような魔法使いはいなかった。
呪いの魔法で多くの犠牲者を出したとして師匠は極刑になった。
俺が任務でいない間にすべてが終わっていたんだ。
すぐにわかったよ。誰かに嵌められたんだってね。
魔法で誰かを傷つけることを1番嫌っていたのは師匠だから。
呪いの魔法なんて師匠が使うわけがない。
けれどその汚名をそそぐことはできなかった。
俺に残されたのは魔塔主だけじゃなく年かさの実力のある魔法使いという支柱を失った魔塔と
数少ない年の若い魔法使いたち。
残されたものを放っておくわけにいかなかった。
でも魔塔を立て直すのは楽じゃなかった。結局何年もかかってしまったよ。
でもようやく師匠を陥れた犯人を捜すことに力を入れることができるようになった。
私は彼の話してくれた過去を最後まで黙って聞いていた。
「失望した?」
「何に対してですか?」
「いろいろ。俺が卑しい生まれだったことも。
俺が魔塔主を名乗っているのだって前魔塔主の弟子だったからだ。
あの時代は先導者を失って皆が散り散りになってしまいそうだったから
たまたま俺が適任だったってだけ。」
首をかしげてこちらをみる彼は私の反応をうかがっている。
「呪いの魔法使いのことだってそうだ。
俺がすぐに見つけ出していれば君の大事な人が呪いにかけられることもなかった。
君がその寿命を削るようなこともなかったはずだ。」
淡々と語る過去には語りきれない憎悪や悲嘆の思いが込められているのだろう。
恩師や仲間たちを失ってもなお皆の支柱であろうとした彼の努力や苦悩は計り知れない。
本当であれば自分が1番その魔法使いを探し出して復讐したかっただろう。
けれど彼は自分の気持ちよりも師匠の残したものを守ろうとしたのだ。
私がそれを責める権利などない。
どうしてそんな言い方をするのだろうか。
まるで自分は責められるべきだとでも言っているみだいだ。
「あなたのせいではありません。
呪いのことだってその魔法使いのせいであってあなたのせいじゃない。
あなたの過去を知ったからといって私の見てきたあなたの姿は変わりません。
私が失望することなんて1つもありません。」
「・・・・そうか。」
私の言葉を噛みしめるように少し悲しげに彼は頷いた。
「・・・ずっと不思議だったことがあるんです。
私よりも前から呪いの手がかりを追っていたはずなのに
私よりも呪いの危険性について理解していたはずなのに
どうして解呪の手がかりを捜そうとしていなかったんですか。」
初めて解呪の方法を話し合ったときから気になっていた。
彼らが解呪の方法を探すのは私が情報提供をしてからのようだったから。
自分の予想が段々と現実味を帯びていって怖かった。
『俺の知っている限り1番確実な方法は呪いをかけた魔法使い本人を見つけ出すことだ。
説得なり脅すなりして解呪できればいい方だがそんな生易しい方法で
言うことを聞いてくれるような人物ではないだろう。
できなければその魔法使いを殺すしかない。けれどそれは簡単なことじゃない。』
そう言っていたのは他でもないエゼキエルだ。
ならば・・・呪いをかけられることもいとわなかったとしたら、
相打ちすら覚悟していたとしたら。
「・・・。」
彼は私の言葉を肯定するかのように穏やかに笑った。
私は思わずエゼキエルの服の裾を掴んだ。
そうしなくては彼がどこかに行ってしまいそうだったから。
今にも消えてしまいそうな彼をつなぎとめておきたかった。
やがて泣きそうな顔で服の裾を掴んだ私をなだめるように頭を撫でた。
「大丈夫。そう簡単には死なないさ。」
その言葉は私の懸念を完全に否定するものではなかった。
エゼキエルはそう言うと空に輝き始めた星を見上げた。
髪が風になびいて彼のつけているイヤーカフが落ちかけた夕陽に照らされて輝いた。
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