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今でも時々思う。
あれは本当に私の作り出した幻覚だったのかと。
月明りに照らされた真っ白な肌。
1度見たら忘れられないその美しさ。
けれどその美しさが逆に恐怖心を駆り立てる。
逃げ出してしまいたいのに目をそらすことができない恐ろしさ。
自分は今もあの瞬間に縫い留められている。
ゆっくりと瞼を開けた。
見慣れた天井。そこに先ほどの光景はない。
ただの夢だ。
先日アリスと共に禁書庫に行ったからだろうか。
久しぶりにこの夢を見た。
彼女がその手にとった呪いの魔法について書かれた本。
呪いは昔大勢の人間を巻き込む事件が起きて禁忌とされた魔法のはずだ。
何のために彼女はそれを知りたがったのか。
その本を読むのを止めなかったのは彼女が害をなさないと信じていたからではない。
単純に興味だ。
彼女がそれを調べていたのは貴族としての責任を利用しても
叶えたい望みとやらのためだろうと思ったから。
その行く末を眺めるのは面白そうだと思った。
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「ルーカス。あなたはいつになったら決まった相手を見つけるの?」
この問いかけも何回目か。
朝食の席では顔を合わせなければならない母の言葉に内心うんざりする。
「将来の王妃を担う女性とはなかなか巡り合えません。」
表面上はにこやかに微笑む。けれどそれは自分だけではない。
目の前のこの人も笑っていても内心では何を考えているかわからない。
「この間の書庫で密会をしていた彼女はどうしたの?」
「今回も自分の求める女性ではなかったのでお別れをしました。」
「そんな風に育てた覚えはないのだけれど。・・あなたのそれは一体誰に似てしまったのかしら。」
困ったわと言わんばかりにため息をつく母に笑顔で返す。
おそらくこの前の件に関しては尋ねられるだろうと思っていた。
これで誤魔化せたとは思わない。
それにアリスと共に禁書庫へ行った日、この人は上級貴族に招かれての茶会があったはずだ。
それを切りあげてあの場に来たことは想定外だった。
同時に疑問に思った。
自分の一時の相手に興味など持たなかったこの人がなぜあの場に来たのかと。
この人は特定のこと以外に興味がないことを知っているから。
今まで自分1人で禁書庫に訪れたときにはそのようなことは無かった。
ならば思いつくのはあの場に興味を引かれるもの
あるいは王族以外に見られたくないものがあったかだ。
「私はね、あなたにも愛を知ってほしいの。
生涯の伴侶となる人を愛することのすばらしさを。
その人と共に在ることの尊さを。」
まだ話が続いていたらしい。
思案にふけっていた思考を戻して目の前の人物の対処に集中する。
「あなたはまだ知らないだけよ。本当の愛というものを。」
(何が本当の愛だ。)
思わず鼻で笑ってしまいそうになる。
この人の持つそれが本当の愛だというのなら自分はそんな醜いものはいらない。
「気づいたときには後戻りなんてできないの。
その時がきたらきっとあなたにもわかるわ。」
まるで予言のように言われた言葉を内心で笑い飛ばした。
読んでいただきありがとうございます。