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「すまなかった。大丈夫かい?」
私の様子をうかがうように声がかけられたのは書庫を出てしばらく歩いてからだった。
抱き寄せられていた腕が離れて自分の頭に被さっていた上着を外される。
ルーカスは顔をのぞき込むようにして私の様子を確かめる。
「大丈夫。ありがとう。」
あの絡みつくような視線から逃れることができてやっと息をつくことができる。
「説明している暇がなかったとはいえ君に許可もとらずにすまなかった。」
息をついた私の様子にルーカスの行動が不快だったと勘違いしたらしい。
終始態度の変わらない彼にしては珍しく申し訳なさそうな決まりの悪そうな顔をした。
「そうじゃないわ。あの場での行動は私を守るためだったってわかってる。
だからありがとう。」
驚いたけれど彼が私の姿を見られないようにしたことだったとわかっている。
私自身あの場で王妃に顔を見られてしまうことは避けたかった。
だからこそ彼の配慮はありがたいものだった。
けれど私の言葉で彼の表情は明るくなることはない。
「あの場は誤魔化すことができたけれど、どこで君だと感づかれてしまうかわからない。
君の知りたいことを調べることはできなかったかもしれないが
今日はもう帰った方がいい。」
「わかったわ。」
彼の言うことはもっともだ。
それにすべてではなくとも知りたい情報を得ることができた。
それだけでも十分な収穫だ。
「見送りもできなくてすまない。帰り道は気を付けて。」
「えぇ。今日はありがとう。」
「・・・アリス。」
帰ろうとしたところで声をかけられて振り返る。
「あの人にはなるべく近づかないで。」
やけに真剣な表情の彼がまっすぐに私を見つめていた。
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「フフフ。こんなところで逢引き、ね。」
取り残された部屋で1人微笑む。
コツコツという靴音を響かせて先ほどまで彼らいた場所まで歩みを進める。
「いったい何をしようとしていたのかしら。」
長い爪で背表紙をなぞっていく。
その指が一冊の本で止まり本棚からそっと抜き出した。
背表紙には聖女の文字が書かれている。
手に取った本をペラペラとめくっていく。
「私を楽しませてくれるのなら何でもいいわ。」
めくったページの隙間から枯れた黒い薔薇の花びらが落ちた。
読んでいただきありがとうございます。