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「やぁ待っていたよ。」
そう言って出迎えてくれたのはルーカスだ。
彼は普段通りの笑顔で私を迎えてくれた。
3日後、私は王城を訪れていた。
禁書庫が位置するのは王城の書庫の中らしい。
高位貴族のなかでも爵位を持つ者が王城を訪れることは珍しくない。
けれど舞踏会のとき以外で私が王城を訪れたことはなかった。
そのため彼が案内をしてくれる。
「今日は君が来るからね。あらかじめ人払いをしてあるから安心してくれ。」
そう言って先を歩くルーカスが肩越しに振り返って教えてくれる。
たしかにここに来るまで誰かとすれ違うことはなかった。
王城ともなれば誰の目があるかもわからない場所だ。
ここで見聞きしたものはあっという間に社交界に広がっていく。
そうなれば私が次の王子のお相手だという噂は瞬く間に周知の事実となっていただろう。
彼は本当に私の周囲を固める気はないらしい。
あくまでも私の意志を尊重してくれる。
複雑な気持ちでルーカスの背中を見つめた。
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「目的の書庫はここだよ。さぁ中へどうぞ。」
案内された先にあったのは大きな扉だった。
促すようにしてルーカスがその扉を開けてくれる。
「わぁ・・。」
思わず感嘆の声が漏れた。
扉の先にあったのは壁一面に整然と並べられた数えきれないほどの本だ。
整然と並べられたそれらに圧倒される。
(こんなにも本があるなんて。)
王城の蔵書量ともなれば国1番だ。
理解はしていたけれど現実は自分の予想をはるかに超えていた。
息をのんで見上げているとその様子を見たルーカスが声をあげて笑った。
「君は時々子供のような反応をするね。」
褒められている気がしないのは私の気のせいだろうか。
自然と眉間にしわがよってしまう。
「褒めているんだよ。そんなにかわいらしい反応をされるとは思わなかった。
さぁ目的の場所はこっちだ。」
口に出さなかった私の思いに答えるように言うと彼は書庫の奥へと進んでいく。
私も置いて行かれまいとその背中を追いかける。
立ち止まったのは書庫の壁の前。
そこにはただ壁があるだけで何もない。
どうしたのだろうかと彼の背中越しから見る。
ルーカスが壁に手を当てるとそれに合わせて何もなかった壁紙に何かの文様が浮かびあがった。
文様はまるで木の枝が伸びていくように徐々に壁に広がっていく。
やがて描かれたのは複雑な文様の描かれた扉だった。
壁に描かれた絵のようなそれは一瞬の光を放つと
まるで初めからそこにあったかのように立体的な扉になった。
「これは登録した王家の者のみを認識して浮かび上がる扉なんだ。」
「・・・こんなにも厳重なのね。」
目の前で起きた不思議な光景に呆けてしまい一瞬反応が遅れた。
「まぁ中に納められているものの重要性を考えればね。
それでも数年前まではこれほど厳重ではなかったらしい。
何者かの侵入を許してしまったことで警備を見直したそうだよ。」
「・・・。」
その何者かに思い当たる節があり何も言えなくなる。
「これを君に。」
そう言って手渡されたのは金の装飾のブローチだ。
「許可証のようなものだ。王族はそのまま入ることができるのだけれど
登録されていない者は部屋に入ると侵入者をとらえる罠が発動するそうだ。」
ひやりとした。
マティアスの話で警備が強化されたことは知っていた。
けれど侵入者をとらえる罠まであったとは。
やはり多少の取引をしても正攻法で入ることを決めて正解だったらしい。
「それじゃあ入ろうか。」
ブローチを胸につけたことを確認したルーカスが扉を開けた。
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