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ルーカスはまるで大人が夢物語を語る子供に優しく現実を諭すかのようだ。
つらい現実を知る前に教えてあげていると言わんばかりの言い方。
私は未来でも婚約者になったとはいえルーカスのことをよく知らない。
私が見ていたのは彼の王子という立場だけだったから。
だからこそ私は今のように彼自身に選ばれることがなかった。
噂で聞いた彼の姿は誰かに固執することのない遊び人。
それは間違っていないと思う。
けれど1人の人から向けられる愛に応えようとしないその姿は逃げているように見えた。
「・・・・ルーカス様は、怖いのですか?」
「・・・怖い?何が?」
声音が変わった。
今まで余裕の態度を崩さなかった彼がはっきりとした苛立ちをあらわにしている。
けれどここで及び腰になってしまえば彼の思うつぼだ。
今度は私の番だとばかりに微笑む。
「誰かを愛することが、です。
私から見るあなたは誰かを愛することにも誰かに愛されることにも
怯えているように見えます。」
「そんなわけがない。私はそれがただ悲劇しか生まないことを知っているから言っている。
君はまだそれすらわかっていないからそんなことが言えるんだ。」
「そんなことはありません。
少なくとも私のなかにある愛の感情は相手を燃やし尽くそうとするようなものじゃない。
相手の幸せを願うものです。」
「そんなの綺麗ごとだよ。それなら君はその思う彼が別の女性を選んでも同じことが言えるのかい?」
ルーカスの言葉は私の心に突き刺さった。
考えなかったわけではない。
今のヒースクリフは私のことをしらない。
再び顔を合わせて恋に落ちるだろうと期待していた自分は裏切られた。
でも、そうじゃない。
たとえ彼が私のことを知らなくても
たとえ彼が私のことを愛していなくても
たとえその隣を歩くことができなかったとしても
私は彼の幸せを願うことができる。
その愛はヒースクリフがその身をもって証明してくれた。
今度は自分が証明してみせる。
「・・・かまいません。それが彼にとっての幸せなら。
私はどんなことでもできるんです。」
「・・・本当に、綺麗事だ。」
皮肉めいた口調でルーカスは呟いた。
「君がそこまで言うのならば私に見せてほしい。
証明してくれないか?君のその愛とやらが綺麗事ではないかどうか。
万が一君が証明できたならもう君に婚約者としての立場を強いるような真似はしない。
けれど、もしそれができなかった場合には婚約者として私の隣に立ってもらおう。」
「・・・・わかりました。綺麗事ではないことを証明してみせます。」
「うん。楽しみだ。」
まるではなからそんなことができるはずがないと思っているような余裕の表情。
けれど私は負けることなんてない。
たとえヒースクリフの隣に私が立つことができなかったとしても
私が必ず彼を救ってみせるから。
「・・・・ところで禁書庫に入る許可が取れたのだけれど3日後はどうだろう?」
「・・・・・・・。」
なんてことないように言うルーカスの言葉に思わず頭を抱えそうになる。
この人のこういうところが嫌いなのだ。
読んでいただきありがとうございます。