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「今日は来てくれてありがとう。君とこうして気兼ねなく話をすることができてとても嬉しいよ。」
「あの・・・今日はどんなご用件なのでしょう。」
会ってすぐにこの話題を切り出すのは失礼だとわかっている。
けれどそう言わずにはいられなかった。
「私たちは友人なのだから会うことに理由などいらないだろう?」
「・・・・。」
警戒しながら目の前の人を見つめる。
にこにことした表情を崩さない彼、ルーカスに私は呼び出されていた。
手紙で直接会って話したいことがあると呼び出された場所は城下町のカフェだ。
禁書庫関連で何かあったのだろうかと思った。
けれどそうではなかったらしい。
それならばすぐにでも帰りたいと逃げ出しそうになる心を縛り付けてなんとか座っている状態だ。
「まぁそうは言っても君を警戒させてしまうだけだからね。
正直に答えるよ。私は君と良いビジネスパートナーになりたいんだ。
だから君には私のことを知ってほしいんだ。
君にも私のことを知ってほしい。」
「・・・まだ婚約者の件は諦めていなかったのね・・。」
「もちろん。君のような人は貴重だからね。簡単に諦めるわけにはいかない。」
ニコニコしている彼はこちらの様子などお構いなしだ。
「そう思うのであれば私個人の意見など無視して周囲を固めてしまった方が早いのでは?」
「そんな非情なことはしたくないんだ。これから生涯を共にするパートナーになるだろう?
君には自分から望んでほしい。協力して国を支える関係になりたいからね。」
(この人は配慮があるのかないのかわからないな・・。)
道理で手紙がヘレン経由で届いたわけだ。
王家の印章の入った手紙が家に直接届いてしまえば両親は好機とばかりに周囲に騒ぎ立てるだろう。
そうなれば私が逃れるすべはない。
あくまでも私の意志を尊重してくれるところはありがたいが
こうして個人的に呼び出されるのは正直困る。
お互いお忍びの姿で城下町にいるとはいえ誰の目があるかもわからないのだ。
ただでさえ目立つこの人の隣に並ぶのは必要な時以外遠慮したかった。
「私たちはお互いをよく知る必要があると思うんだ。
私は君がいいと思っているけれど君はそうではないだろう?
私の婚約者となるメリットを君に示す機会を与えてほしいんだ。」
「殿下に申し上げたいことがあります。」
改まった強い口調で言うとルーカスは一瞬驚いた様子で目を見開いたがすぐに笑顔に戻る。
「私にはすでに心に決めた人がいるのです。だから殿下の婚約者になることはできません。」
「君はそれが障害になると思っているのかもしれないけれど私としては問題ないよ。
たとえ婚約者になったとしても愛人を作ることを止めるつもりはない。」
「愛人の許可の問題ではないのです。私が隣に立っていたいと望むのは1人だけ。
たとえそこに思いがなかったとしてもその人以外の誰かの隣に立つのは嫌なのです。」
「・・・ヘレンもそうだけれどどうして君たちは自分から縛られるような愛し方をするのかな。」
急に変わった声色に思わず顔を上げると彼はもう笑っていなかった。
ただただ純粋に疑問に思っているような不思議そうな顔でこちらを見つめている。
まるで自分には理解できないものを眺めるような視線だ。
そこにあるのは怒りでも苛立ちでもない。ただただ純粋な疑問だ。
「始めはお互い同じように愛することができるのかもしれない。
けれど愛なんてものは不確かで永遠の保証はない。
一方の愛がなくなってしまえばどうなると思う?
その2人の立場が逃げられないものだった場合、残された愛は益々大きくなるんだ。
まるで相手の分を補うかのように。
まるで相手を逃すまいとするかのようにね。
そうなってしまえばもうそれは愛なんて崇高なものじゃない。
お互いを縛り付けるだけの呪いのようなものだ。」
呪い、という彼の言葉に心臓がはねた。
「君だってそうだ。今はその恋や愛の魅力に魅せられて追いかけていられるのかもしれない。
けれどいつかそれが永遠に続かないものだと気づくんだよ。
現実を知るのは早い方がいい。後戻りをすることができなくなってしまっては大変だから。」
ルーカスはまるで大人が夢物語を語る子供に優しく現実を諭すかのようにそう言った。
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