52 side:マティアス
「すまない、アリス。帰りに行かなければならない所があるんだ。
お前は先に魔塔に戻って土産を渡してきてくれるか?」
「そうなの?わかったわ。」
アリスが魔塔へと向かったことを確認してから踵を返す。
これから自分が向かうところにはアリスを連れていくわけにはいかないから。
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「お帰りなさいませ。マティアス様。
旦那様は書斎にてお待ちです。」
アリスと別れて向かった先は侯爵邸だ。
出迎えた執事に促されて書斎へと向かう。
アリスは俺が侯爵邸に帰ってきたことはないと思っているが実際には違う。
何度も帰ってきていたのだ。
アリスに会うことがないようにと注意して。
「父上。お久しぶりです。ただいま戻りました。」
「マティアスか。ここに足を運ぶのは久しぶりだな。何の用だ。」
こちらを一瞥することもなく書類に目を通し続ける。
機嫌が悪いわけでも忙しいわけでもない。
この人にとってはこれが普通の対応なのだ。
ここには確かめたいことがあって来た。
十中八九自分の予想が正しいとわかっている。
それでも直接ここに確認しに来たのは自分の予想が違っていてほしいと思ったからだ。
「アリスのことです。」
「どういう意味だ?」
「父上はおっしゃいましたよね。アリスは・・・俺を恨んでいると。
今一度確認したかったのです。」
「そうだと言っているだろう?私の言葉を疑うのか?」
「・・・・アリスは私が贈った誕生日のプレゼントは受け取ってくれたのでしょうか。」
「あれか。前にも言っただろう?
渡しはしたがすぐに捨ててしまったようだ。手紙だってそうだ。
お前も無駄なことはするな。」
「・・・・・。」
自分の中に落胆の気持ちが広がっていく。
初めに感じていたのは違和感だった。
自分の聞いていたこととは違う自分に対するアリスの様子。
それはたった一滴の水滴によって水面に波紋が広がるかのように
これまで信じていたものを揺るがしていった。
それが確信に変わるのはあっという間だった。
その揺らぐはずのないものが嘘で築き上げられたものだと気づいてしまった。
「お前が侯爵家の跡継ぎとしての役割を放棄したのだ。それくらいされても文句は言えないだろう。」
「父上。私の意志は変わりありません。
侯爵家の嫡男としての身分を捨てたつもりはないと。」
「ならなぜお前は今だに魔塔の魔法使いという立場にしがみついている。
お前が好き勝手に生きているせいでお前が果たすべき役割は全てアリスが果たしているのだぞ。
お前のせいで侯爵家の子女として選べるはずだった結婚すら自由に選ぶことができない。
恨まれて当然だろう?すべてはお前のしてきたことが悪いのだから。」
苛立ったようにこちらをにらみつける。
その苛立つ気持ちは果たして誰のためのものなのか。
ずっと言われてきたその言葉はまるでインクのように心に染みこんで消えてくれない。
それが事実であることは自分が1番よくわかっているからだ。
妹を1人残してしまったことでその小さな背中に自分の分の責任まで押し付けてしまったことも。
自分が侯爵家を出て魔法使いとして生きていくことを決めたことも。
たとえ恨まれていなかったとしても自分のしたことは変えようのない事実だ。
けれど自分はまだこの場所に戻るわけにはいかない。
あの場所でやらなければならないことがあるから。
やるべきことと申し訳なさで押しつぶされそうな自分がいる。
けれどそんなことで弱音を吐く資格すら自分にはないのだ。
(惑わされるな。今は後悔に浸っている場合じゃない。)
後悔に囚われそうになる自分を叱咤して意識を現実へと引き戻す。
自分の信じるべきものを見極めるためにしっかりと前を見据える。
「父上はアリスと私のためを思ってくださっているんですよね。」
自分にとってこの言葉は確認ではない。
信じられないと思いながらも信じさせてほしいと願う言葉だった。
「もちろんだ。私はいつでもお前たち2人の幸せを願っているからな。
お前もアリスのためを思うならアリスに近づくな。
アリスは今も変わらずお前を恨んでいる。
それがあの子のためでありお前のためだ。」
信じていたかった。
両親は自分たちの幸せを願ってくれているのだと。
そのために自分たちの仲がこれ以上悪化することがないように取り持ってくれているのだと。
たとえその言葉がどんなに疑わしかったとしても。
自分にとっては血のつながりのある家族だから。
けれどその言葉が嘘であったとしたら自分が今までしてきたことは何だったのか。
アリスに恨まれているからと距離をとっていた自分はただ両親の思惑通りに動いていただけではないか。
(どうしてそんなことを・・。)
落胆する一方でまだ幻想にすがりつくように何か誤解があったのだと叫ぶ自分もいる。
言葉を交わせば家族として分かり合えると。
けれどここでそうすることはできない。
ここで下手に自分が動いてしまえば自分とアリスが会っていることに気づかれてしまう。
そうなれば嘘を重ねてまで自分たちを遠ざけた両親がどんな手段にでるかわからない。
「わかりました。父上のおっしゃるとおりにいたします。」
ならば自分も一時の嘘を重ねよう。これは守るためのものだから。
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