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「さて、あらかじめヘレンから話は聞いているけれど念のため確認するね。
君は王宮の禁書庫に入る方法を探している、ということで間違いないかい?」
穏やかだけれどどこか底知れない目でこちらを見る。
「アリス、安心して頂戴。この男は王子だけれど融通の利かない男ではないわ。
手は速いけれど口の軽い男でもない。
信用ならない態度をしているけれど条件次第できちんと仕事をするわ。」
「・・・ヘレン。けなすか褒めるかどちらかにしてくれ。恰好がつかないだろう。」
ヘレンの物言いにがっくりと肩を落とす様子は無害そうに見える。
「はい。間違いありません。
けれどそこで得た情報を使って誰かを害そうとしているわけではありません。
詳しく話すことはできないのですが助けたい人がいるのです。」
「うーん。たとえ君にそのつもりがなくても禁書庫の情報は国家機密だ。
それを持ち出すことは私にとってもかなりのリスクを伴うことなんだよね。
最悪の場合は立場を追われることもあるかもしれないし。
だから君にもそれ相応の対価を支払ってもらわないといけない。」
彼は考えこむようにして顎に手を当てて視線を下に向ける。
自分が無理なことを言っていることはわかっていたがやはり厳しいようだ。
「殿下は私にどんな対価を求めるのですか。」
待ってましたと言わんばかりにその目が私を見る。
「俺が君に求める対価はね、君が俺の婚約者になってくれることだよ。」
にやりと笑った彼が求めた対価は私にとって最も避けたいものだった。
「あなたは何て条件を出すのよ!」
私が反応するよりも早くヘレンがルーカスにつかみかかる。
「まぁまぁそう怒らないで。君にとってもそう悪い話じゃないはずだ。
君は俺に言っただろう。自分の望みのためなら自分の責任すら利用するつもりだと。
それが本気なら容易いことじゃないかな。」
つかみかかられてもへらへらとしているのに
こちらを見る視線は相手の出方をうかがうように逸らされることがない。
「・・・なぜ、私なのでしょうか。その立場を望む人は大勢います。
その立場がふさわしい人も。そこで私を選ぶことが殿下にとっての利益になるとは思えません。」
未来でも彼が自分から接触してくることはなかった。
それなのになぜ今回は違ったのだろうか。
前回は追いかけても上手くかわされていた。誰に対してもそうだったはずだ。
今回は関わらないようにと距離を取っているのに追いかけてくる。
彼にとって価値を見出したものがわからなかった。
「君は、私に興味がないだろう?」
一瞬言われたことの意味がわからなかった。
「ついでに言えば私の王子としての立場にすら興味がない。
私はね、そういう相手を探していたんだよ。
お互いが干渉せず愛し愛されることのない関係。
それが俺が求める婚約者の条件だ。」
あっけにとられる私を気にすることなく彼はつらつらと話し続ける。
まるで理解されるとは初めから思っていないようだ。
「さっきも言ったけれど私は特定の相手から愛されたくない。
相手を縛りたくないし自分も縛られたくないからだ。
けれど現実は難しくてね。自惚れているわけではないが
関係を持った女性たちからは愛を向けられてしまうんだ。」
それはそうだろうと思う。
この美しく高貴な人が自分を特別扱いしてくれるのだ。
その夢に溺れて深く追い求めてしまうのは不思議ではない。
「婚約者という揺るぎない立場になってしまえばそれから逃げることはできないだろう?
だからはじめから自分に興味のない、自分を愛することのない人を
見つけてしまえばいいと思ったんだ。」
「・・・・あなた、真っ当なことを言ってるつもりなのかもしれないけれど内容は最低よ。」
引き気味に言うヘレンの言葉に心の中で激しく同意する。
今まで彼の理想に当てはまる人を探すために一体何人の女性たちが涙をのんだのだろう。
本人はそれを気にする様子は見られない。
「そう言わないでくれ。これでお互いに利益があることがわかっただろう?」
再び提案を持ちかけられる。
たしかに私は望む情報を確実に手に入れることができる。
だが代わりに王子の婚約者となってしまえば今までのように
魔塔に行くことやヒースクリフに会うことは極めて困難になってしまう。
おそらく未来でそうであったように大事な王子の婚約者として侯爵家に
閉じ込められてしまうだろう。
ここで素直に頷いてしまうわけにはいかない。
それに気になることがあった。
「・・・婚約者になるのであればいずれ王子妃として王家に連なる者になります。
そうなれば禁書庫にも自由に出入りできるようになるはずでは?
お互いの利益を謳うのであれば私の利益となるものが少ないと思うのですが。」
「ふむ・・。やっぱり君に決めてよかったよ。」
にやりとルーカスが笑う。
自分が隠していたものをよく見つけたと言わんばかりの満足そうな笑み。
「あなたね・・・・。アリスがここで丸め込まれていたらどうするのよ。」
「その時はその程度だったなって思うよ。どっちにしろ俺に損はない。
でもやっぱり私の見込んだ通り君は面白い。
その立場だけじゃない、器量もいずれ王妃となる者にふさわしいよ。
私たちはいいビジネスパートナーになれると思うんだけどな。」
「あなたのそういうところが嫌いなのよ・・。」
あきれ顔から一転してヘレンはうんざりした顔で頭を抱えた。
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