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「私、シェーファー公爵家のヘレンと申します。覚えていらっしゃいますか?
この度は助けていただいてありがとうございました。
颯爽と現れてあの無礼な男を一喝するその姿は本当に素敵でした。
同じ女性ながら惚れ惚れしてしまいましたわ。」
そう言った彼女はうっとりとした表情で私を見つめている。
(まさかヘレン嬢だったなんて・・。)
まさか公爵令嬢がここにいるとは思わなかった。
自分が助けた相手が知っている人物であったことにも驚く。
「どうしてこんなところにいるのですか?
いくら王城とはいえ先ほどのような人がいないとも限らないでしょう?」
周囲を見渡すが彼女1人しかいない。
夜の庭園は人目を忍んで隠れるような場所だ。
恋人同士の逢引きの場として使われることも多いという。
彼女が自分と同じように逃げてきたようには見えない。
「実は今夜の舞踏会で一目会いたい人がいたのですが
その前にあの無礼者に絡まれてしまったのです。本当に腹立たしいですわ。」
彼女の言葉にますます疑問が深まる。
ほとんどの貴族が会場の中にいるはずだ。
待ち合わせをしていたわけではないのなら一目会いたい人というのは
舞踏会の会場の外にいる人物なのだろうか。
「ご無事で何よりです。ここにいてはまた誰と出くわすかもわかりません。
会場に戻りましょう。」
そう言って歩き出そうとすると手を引かれた。
振り返ると真剣な表情で私を見つめている。
(どうしたのかしら。)
何か言われるのかと思ったが言いにくそうに口を引き結んでいる。
少しの沈黙が落ちるがやがて意を決したように口を開いた。
「・・・あの!私、あなたとお友達になりたかったのです!」
紡がれた言葉は私にとって懐かしいものだった。
そして自分の意志を見つめるきっかけにもなった言葉。
少し頬を染めて気恥ずかしそうにしているけれどその紫色の瞳はまっすぐにこちらを見つめている。
その様子も未来での出来事を思い出させる。
「突然こんなことを言われても困らせてしまうと思うのですが
私はずっとあなたがどんな人か知りたかったのです。
お互いの立場を通してではなくあなた個人のことを知りたかった。
今日の姿を見てやっぱり確信しました。
ルードベルト嬢。私とお友達になってくださいな。」
そう言って握手のために差し出された手に胸が切なくなる。
彼女の言葉に、真摯な姿にざわついていた気持ちの正体が今やっとわかった。
私は彼女の気持ちに応えたかったのだ。
侯爵令嬢としてではなく、アリスという1人の人間を見て
そう言ってくれる彼女の言葉がうれしかった。
同時にその気持ちを踏みにじるような真似をしたくなかった。
自分のように彼女が両親に利用されるようなことがあってほしくなかった。
だからその手を取れなかったんだ。
「・・・私も、あなたと友達になりたいと思っていたんです。
私と友達になってください。」
私はやっと自分の意志であなたの手を取ることができる。
彼女の差し出された手を握り返した。
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