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王子とダンスを終えた私は王宮の庭園に逃げ込んでいた。
ダンスを終えた後すぐにその場を離れようとしたがどういうわけか王子に引き留められた。
舞踏会という公衆の場で王子の誘いを断るわけにもいかずに困っていると
次に踊るのは自分たちだとはやる令嬢たちが押し寄せたため
それに紛れて逃げることができた。
しかし禁書庫に入るための有力な手掛かりすらつかめていない。
少ししたらまた戻らなくてはならない。
ため息をつきながら庭園を散歩していると人気のないはずのその場所で
誰かが言い争う声がした。
(こんな場所でどうしたんだろう。)
そう思って音を立てないようにと静かに声のする場所へと近づいた。
物陰からそっとうかがうとどうやら男女が言い争っているようだった。
暗くて顔までは見えないが男性の方は酔っているのだろう。
手にはワインのボトルを持っているようだ。
足元はふらついているし粗野な言動が目立つ。
「・・・だから私に近づかないでと言っているでしょう。
あなたになど欠片ほどの興味もありません。
さっさと会場に戻った方があなたの身のためですわよ。」
「人が親切で声をかけているってのにその態度はなんだ?
いくら美人だからってお高くとまりやがって。
俺を誰だと思ってるんだ。」
女性の物言いが気に食わなかったのか男性は女性に近づくと乱暴にその手をつかんで
自分の方へと引き寄せた。
「何をするの無礼者!お前の方こそ私を誰だと思っているの!」
女性の方も抵抗しているが酔った男性の力にはかなわずに引っ張られてしまう。
(助けないと!)
居ても立っても居られずに飛び出すと男性がその手に持っていたワインボトルを奪い取り
頭から中身を浴びせかけた。
突然の出来事に男性はあっけにとられた顔でこちらを見ていたが
酔って赤くなっていた顔をさらに赤くさせて怒りの形相を浮かべている。
「何するんだ!」
その顔には見覚えがある。
建国祭のお茶会の席にいた。
遠方に居を構える伯爵家の令息だ。たしかペレス家だったはずだ。
「それはこちらのセリフです。ペレス伯爵令息。
この場所をどこだとお思いなのですか。」
彼は自分の家名を言われるとは思わなかった様子で目を見開いた。
「あ、あなたは侯爵令嬢の・・・。」
一気に現実に引き戻されたようだ。
彼は茫然としながらつぶやいた。
「ここはあなたの父上が納める伯爵領ではございません。
自らの身分をかさに着て女性に乱暴なふるまいをするとは何事ですか。
とても貴族の令息がなさる行いとは思えません。
あなたが王都に来るのはまだ早かったようだとお父上にお伝えする必要がありそうですね。」
そう言うと今度は真っ青な顔をして私に頭を下げた。
「申し訳ありませんでした!
どうか、このことは父上には内密にしてください!」
「私に謝られても困ります。謝罪なら彼女に・・・ってどこに行くのですか!」
あろうことか彼は私の言葉を聞かずに走って逃げて行ってしまった。
(まさか謝罪もせずに逃げるなんて。なんて無礼な人なのかしら。)
彼の逃げ出した方を見つめながらあっけにとられてしまう。
私自身も止めるためとはいえ出会いがしらに頭からワインをかけてしまったし
お互い様だろうか。
「あの・・・。」
残されたワインボトルを見つめていると後ろから声をかけられた。
「ルートベルト侯爵家のご令嬢ですよね。」
振り返ってその女性を見て初めて誰なのか気が付いた。
「私、シェーファー公爵家のヘレンと申します。覚えていらっしゃいますか?
この度は助けていただいてありがとうございました。
颯爽と現れてあの無礼な男を一喝するその姿は本当に素敵でした。
同じ女性ながら惚れ惚れしてしまいましたわ。」
夜空の下でも輝く金色の髪に紫色の瞳。
うっとりとした表情でこちらを見つめる美しい人。
そこにいたのは間違いなくヘレン・シェーファーだった。
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「へぇ・・・。」
舞踏会場のバルコニーからその様子を眺める人物がいた。
「どうしたのですか?なんだかとても楽しそうなお顔をしていますね。」
ドレスで着飾った女性がその人物に寄り添うようにして身体を預ける。
「うん。とてもおもしろいものを見つけたよ。やっぱり私の予想は正しかったみたい。
これから楽しくなりそうだ。」
女性を振り切るようにして会場へと足を進める。
「お待ちください。ルーカス王子。」
その場に取り残されまいと女性は王子の後を追いかけた。
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