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あっという間に建国祭の3日目になった。
1、2日目は例年通り建国祭のためにと地方から集まった貴族たちと
お茶会を通しての交流の場となった。
それとなく王宮の禁書庫について尋ねてみたりもしたがそこに入ったという人物は1人もいなかった。
すぐに情報が集まるとは思っていなったが、少なからず落胆してしまう。
(今日こそ何かしらの情報が得られればいいのだけれど・・。)
そう考えて到着した舞踏会の会場を見渡す。
今日は緑と黄色を基調としたドレスに身を包んでいた。
ドレスにも合うようにとマティアスとエゼキエルが用意してくれたのは
ゴールドのブレスレットだった。
これをつけていることで手袋をつけているときと同じ効果が得られるらしい。
舞踏会では見知らぬ人と接触する機会も多い。
探知の魔法のように気づかれずに魔法を使われる怖さを思うと2人の気遣いは心強かった。
考え事をしていると王族の入場を知らせる声が会場に響いた。
国王、王妃、王子がそろって会場に現れる。
未来での出来事が昨日のことのように思いだされる。
過去の自分は王子の隣に並ぶことが自分にとっての幸せになると思っていた。
けれど現実は違った。
はやし立てられるようにして立ったあの場所から見た景色はすべてが色をなくしたように見えた。
今度はそんな未来にはさせない。
私には隣に立って共に生きていきたい人ができたから。
そのために今できることをしなくては。
**********
「ルードベルト嬢。私と一曲踊っていただけますか?」
そう声を掛けられたのはファーストダンスも終わった後だった。
声をかけてきたのはルーカス・エルドレッド・ティアレイン王子殿下だった。
王子には決まった婚約者がいない。
そのため王子は婚約者候補の中の高位の貴族令嬢からダンスの相手を誘っていた。
過去の私も同じようにダンスに誘われて喜んだものだ。
しかし今はそんな感情はわかない。
むしろ彼との距離が近すぎてしまうと早々に婚約者という立場に
縛り付けられて身動きがとれなくなってしまう。
「この子ってば王子の前で恥ずかしがってしまっているみたいです。
さぁ、楽しみにしていたのですから行ってきなさい。」
私がためらっていると隣にいた母が答えた。
肩に置かれた手には力が込められていて早く行けという圧を感じる。
初めから自分より高位の相手からの誘いを断るすべなどないのだ。
ならば何事もなく終わらせようとその手をとった。
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「ルードベルト嬢は私の婚約者の立場を望んでいると思っていましたが違いましたか?」
ダンスが始まってすぐ、お互いの声しか聞こえない距離でそう尋ねられた。
(どういう意味で聞いているの?)
言葉の真意がわからずに見上げると王妃と同じオレンジ色の瞳と目が合った。
「悪くとらえないでいただきたいのです。
王子としての立場ではなく私が個人的に聞きたいことなのです。
そしてご両親ではなくあなた個人の意見が聞きたい。
もちろん今この場での発言での不敬は問いません。」
そう言って笑う顔は綺麗ではあるがやはり真意は読めない。
しかし答えるまでは逃がさないという雰囲気は感じ取れる。
「・・・恐れながら私個人の望みではありません。」
「正直に答えていただけることも意外でした。
私の間違いでなければあなたは最近まで私の婚約者という立場を強く望んでいたはずです。
何か心境の変化があったのですか?」
尋ねられる言葉は決して責められているようなニュアンスではない。
けれどどこか試されているように聞こえるのは気のせいだろうか。
それでもお互いがミスをすることなく音楽に合わせて優雅にステップを踏んでいる。
周囲からみれば和やかにダンスを楽しんでいるように見えるだろう。
「恐れながら殿下の婚約者という立場は侯爵家としての願いです。
私は今までそれが自分の幸せであると信じてきました。
しかしそうではないことに気づいたのです。」
「貴族としての責任を放棄する、という意味ですか?」
その場くるりとターンをした後に腰をつかまれて引き寄せられた。
王子の顔がぐっと近づく。
王妃とよく似た美しい顔のせいだろうか、処刑の日に笑っていた彼女の笑顔と恐怖を思い出す。
私は飲み込まれないようにその目を見つめ返した。
「今までのようにただその責任を背負わされるだけの自分でいるつもりはありません。
私は私の望みのためにその責任ですら利用するつもりです。」
「へぇ・・。」
(・・・怖い。)
何を考えているのかわからないところに言いようのない恐怖を感じた。
腰をつかまれていた手が離れてやっと距離を取ることができる。
「ご令嬢とはとても気が合いそうだ。私たちはきっといい関係を築くことができますよ。」
王子はそう言って美しい所作で一礼しダンスの時間の終わりを告げた。
読んでいただきありがとうございます。