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翌日も私は魔塔を訪れていた。
魔塔の扉は基本的に所属している魔法使いにしか開けることが出来ないらしい。
けれど私は特例としてエゼキエルから扉を開けるための鍵をもらっていた。
鍵と言っても錠を開けるような形のものではない。
エゼキエルの魔力を込めたブレスレットだ。
これをつけていることで自由に出入りすることが可能らしい。
金の腕輪に赤い宝石のついたそれは決して気軽に他者に与えられるようなものではないのだろう
魔塔の最上階に位置するエゼキエルの部屋の扉をノックする。しかしいくら待っても返事がなかった。
聞こえなかったのだろうかともう1度ノックするがやはり返事はない。
(寝ているのかしら。
約束しているのだし不在ということはないと思うのだけれど・・・。)
「失礼。アリス・ルードベルト様でしょうか?」
扉の前で悩んでいると声をかけられた。
大人しそうな印象の青年だ。私と同じくらいか、それより若いくらいの年齢に見える。
肩まである灰色の髪。右側のひと房だけ三つ編みされた髪に
真っ赤な髪留めが付いているのが目についた。
「私はユーインと申します。魔塔主より案内を仰せつかりました。
今お2人とも食堂にいらっしゃるのです。
こちらへどうぞ。」
ユーインの案内に続いて私も歩き出す。
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「来たね。待っていたよアリス。」
食堂に入った途端片手を挙げて私を出迎えたのはエゼキエルだった。
マティアスもここにいると聞いていたがその姿は見えない。
「お招きいただきありがとうございます。」
「こちらこそ昨日に引き続きすまないね。こちらに座ってくれ。」
そう言ってエゼキエルは自分の隣の席に促す。
私は案内してくれたユーインにお礼を言うと彼は無言で一礼をした。
「案内ありがとう。ユーイン。」
「またご用があればなんなりとおっしゃってください。」
エゼキエルにそう言ってユーインは食堂を後にした。
「ところでお腹は空いているか?」
ユーインの背中を見送っているとエゼキエルから問われる。
時間はそろそろお昼に差し掛かる頃だ。
朝食からも時間が空いていてちょうどお腹が空腹を訴えているところだった。
「その・・・少しだけ。」
「お腹がすくのはいいことだ。遠慮することじゃない。」
はしたないだろうか。少し遠慮がちに言うとエゼキエルは破顔して笑い私の頭を撫でた。
しかし、それも一瞬のことですぐに手が離れる。
「おっと。」
カンっと金属がぶつかる音がした。
音のした方を見ると壁にフォークが刺さっている。
「え・・・?」
何故壁にフォークが刺さっているのだろうか。
「おいおい、いくらフォークといえど硬質強化と加速つけたら手がなくなるだろ。」
そう言って笑い飛ばしたエゼキエルが見た方向を見ると少し奥にマティアスの姿が見えた。
厨房であろうそこから鋭い視線でこちらを見つめている。
「少しでも変な真似をしたら吹き飛ばしますからね。」
「怖い怖い。」
マティアスの低い声にもエゼキエルは気にせず楽しそうに笑っている。
「君は甘いものが好きなんだってね。
今、マティアスがパンケーキを作っているから楽しみに待っていよう。」
「お兄様は料理ができるのですね。」
魔塔にいるうちに覚えたのだろうか。
テーブルに肘をついて厨房を見ているエゼキエルは料理を心待ちにする子供のようだ。
「そうみたい。俺もマティアスの料理は初めて食べるよ。」
「え?」
言われた言葉に思わず聞き返すと赤い瞳がこちらを見た。
「マティアスは人嫌いでね。魔塔でも俺とさっき案内をしてくれた
ユーイン以外とはほとんどコミュニケーションをとらない。
話しかけても無愛想か不機嫌のどちらかだ。
そのせいで周囲の魔法使いは怖がってなかなか声をかけることもできないんだ。
食事も自分では作っていることは知っていたけれど
誰かに振舞おうとすることなんてなかった。
それこそ俺やユーインであってもね。」
彼の言葉で昨日案内をしてくれた少年の言動を思いだした。
マティアスの名前をだした途端に変わった顔色と態度。
「マティアスはよほど君と話しができたのがうれしかったみたいだ。
周囲を拒絶していた彼が自分から歩み寄る日がくるとは。
君が来てくれたおかげだ。ありがとう、アリス。
そして昨日はすまなかった。君を疑って怖い思いをさせてしまった。」
「魔塔主として魔塔や魔法使いを守るための行動だったことは理解しています。」
エゼキエルは安心したように笑った。
「ありがとう。マティアスは俺にとって家族同然の存在なんだ。
改めて魔塔主という立場としてだけでなく俺個人としても君に協力すると誓うよ。」
昨日の行動も魔塔主としてだけでない、
マティアスを心配しての行動だったのだろう。
だからこそマティアスのそばにエゼキエルのような人がいてくれるのはうれしかった。
読んでいただきありがとうございます。