39
「それからもう1つ聞いておきたいことがある。
君はその力を使うために一体どれだけの代償を支払った?」
エゼキエルの言葉に私はすぐに答えることができなかった。
「代償、ですか?聖女の力はドラゴンも力を貸しているはずです。
それなのに代償が必要なのですか?」
そう尋ねたのはマティアスだ。
「力と代償は比例する。
力の代償がドラゴンの眠り、というだけではないだろう。
時を巻き戻すという理を変えるほどの力だ。君も何かしらの代償を支払ったはずだ。
もしくは、これからそうなるかだな。」
確信をつかれて思わずうつむいた。
「・・・・・私の力の代償は、寿命です。」
「っ!」
私の言葉にマティアスが息をのむのが分かった。
「巻き戻した時間の分だけでなくおそらくそれ以上に自分の時間を失うことに
なるだろうと言われています。」
「どうして・・・・。どうしてそこまで・・。」
マティアスは顔をしかめていた。
「私にとっては自分の命を削ることよりも
彼がいない人生を生きていく方がよほどつらいことだったから。
後悔はしていないわ。
むしろ嬉しいのよ。もう2度と会えないかもしれなかった。
でも彼を救うことができるチャンスを手に入れることができたんだもの。」
そう言って私は笑った。
その顔をみてマティアスはさらに泣きそうな顔をする。
「もう2度とその力は使うな。お前は自分の身を第一に考えろ。
お前の望むことは俺が必ずかなえてやるから。俺が何とかしてやるから。」
その言葉は未来で言われたことと同じだった。
(お兄様はいつでも私のことを思ってくれるのね。)
自分が気づこうとしなかった、知ろうとしなかっただけでこんなにも
自分のことを大切にしてくれる人が近くにいたのだ。
それを思うとやはり戻ってきたことに後悔はない。
「ありがとう、お兄様。でも2度と使わないことはできないかもしれない。
彼がいなくなってしまうことを考えたら、私は何度だってきっと同じ選択をするから。
・・・でもそれ以外に方法がない時にしか使わない。それは約束するわ。」
2度と使わないと約束はできなかった。
マティアスの思ってくれる気持ちがうれしくてもヒースクリフを助けることができないのなら
自分の命も意味がないものだから。
「それなら俺はお前がその力を使うことがないようにできることをするよ。
だからどんな些細なことでも俺を頼ってくれ。」
「俺も魔塔主として力になろう。
君と協力することは呪いを扱う魔法使いを追う手がかりになるしね。」
マティアスだけでなくエゼキエルも自分の味方になってくれる。
過去に戻ってきてからは1人で頑張らなくてはと思っていてどこか心細かった。
「ありがとうございます。」
この2人がいてくれることが心強かった。
「もうそろそろ日も暮れる。続きは明日話そうか。
ご令嬢があまり遅くまで外出していると外聞も悪いだろう。」
エゼキエルは窓を見て言った。
気が付けば空はオレンジがかっていた。
「俺が送っていくよ。アリス。」
そう言ってくれたのはマティアスだった。
エゼキエルに明日訪問することを伝えて私は魔塔を後にした。
**********
「アリス、今日は来てくれてありがとう。
お前と話しができてうれしかった。」
マティアスがそう言って立ち止まったのは
侯爵家までほんの少しという距離だった。
「お兄様は家に顔を出さないの?」
私がそう言うとマティアスはどこか悲しげに微笑んだ。
「あぁ、今はまだ帰る資格がないからな。」
頑なに顔を出さないことには自分の知らない理由があるのだろうか。
そう考えていると頭に手を置かれた。
「また明日な。お前が帰るところはちゃんと見送っているから
早く家に戻りなさい。」
そう言って帰り路を促される。
「私、また昔みたいにお兄様と話ができてうれしかった。
お兄様の居場所は魔塔にあるのかもしれないけれど
私はいつでもお兄様の帰りを待っているわ。
だから、帰りたくなったらいつでも帰ってきてね。」
相手を傷つけないようにと聞かないことで後悔したことはたくさんある。
だからこそ自分の気持ちを相手に伝えることが大切なんだ。
そう言って家に向かって歩き出した。
振り返るとマティアスは最後まで私が帰る姿を見守っていた。
読んでいただきありがとうございます。